その09「しろいこな」





「あー。でも木箱って、れちゃったら湿気しっけれちゃうかなあ……」


 道具箱に道具を片付けていた途中で、私はふと、そんな事を考えた。

 この少女がどれ程の期間、ここに住むのかは判らなかったが、長く使うと考えれば、何らかの『防水対策』はするべきだろう。

 只でさえ木製なのだ。最悪、木が腐ってくると言う事も十分考えられる。


「あ。でしたら、すごく『良い物』がありますよ!」


 パソコンの天板てんばんに座り、私を見ていたメモリが述べる。


「良い物?」

「そうです! 少々お待ち下さいね!」


 彼女は天板てんばんから飛び上がると、パソコンの内部へ『スイー』っと移動した。

 しばらくの間、本体内部からガサゴソと音がひびき渡る。

 一体、何をあさっているのだろう。


 数分後、メモリが『何か』の入ったびんを両手で抱え、戻ってくる。

 小さな身体のメモリに抱えられているから『びん』と呼べるサイズに見えている。

 だけど私から見れば、親指程の大きさの『小瓶こびん』であった。

 さて。その気になる内容物は……。


 白い粉の様な、何か?


 ……えっ。


 危ないモノじゃあ、ないよね?


「はい。どうぞ使ってください!」


 いや、はいって言われても。

 それに、『使う』ってどうすれば……。

 善良な一般市民の私には、全く『使用方法』が想像できないのですが。


「と言うかね。何なの、それ」

「ご、ご存知ないのですか!?」

「うん、ごめんね。知らない」

「これは、『妖精じるしの万能パウダー』ですよ!」

「へー」


 ごめんね。おねーさん、名前聞いても全然ピンとこないわ。ホント、ごめんね。

 パッと見ね、海外のスラム街なんかで氾濫はんらんしている様な、『小麦粉』か何かにしか見えないんだけどさ。


「ふっふっふ。このパウダーは、とても『すばらしいブツ』なのですよっ!」


 ブツ?

 今、ブツって言ったよね、この子。


 メモリが小瓶のフタをクルクルと開けながら、楽しげに語る。

 私にその白い粉のすごさを教えたくて、ウズウズしていますって顔に書いてあった。

 少女の目が、前に私が読んだロボット漫画の様に、グルグルになっていた。

 今にも『虚無きょむり』そうな勢いだった。


 これはかなり、この『小麦粉』をやっている顔ですわー。間違いないっすわー。


「ま、待って! それ、どうやって使う物なの……?」


 とりあえず、説明も無しにトントン拍子びょうしで話が進んでいるのが怖い。

 だから私は、メモリの行動を止めさせた。

 メモリがフタを開ける動作を止め、私の方へと顔を振り向かせる。

 その表情は、家政婦もビックリな程の驚愕きょうがくの色に染まっていた。


「ご、ご存知ないの――」

「それはもう良いから」

「はいです」


 この子、一瞬で顔が素に戻るから凄い。

 表情がコロコロ変わるってレベルじゃあないよ。

 実はこう見えて、意外と役者タイプだったりするのだろうか。

 だとすれば、今までのやり取りも全て計算くの演技、とか。

 ……これ以上、深くは考えないでおこう。


「えっと、これはですねー。大切なものに『かけて』使うのです!」


 良かった。吸ったりする物じゃあなかったのね。

 危うく、この物語が検閲けんえつにかけられて、公開停止になる所だったよ。


※この物語はフィクションです。実在の白い粉・小麦粉とは一切関係ありません。


 そして先程から、異様にテンションが高いメモリさん。

 このノリ、どっかで似たような光景を見た気がするんだよなあ。


「かけますよー! かけちゃいますよー! そこですか? いきますよ?」


 うん、あれだ。海外通販番組のプレゼンターみたいなんだ。

 なんだか、今のメモリの大仰おおぎょうなテンションは、それと非常によく似ている。

 今にも「ヘーイ、ボブ!」とか言い出しそうな雰囲気だった。


 メモリが木箱の周りを飛び回り、小瓶を傾け、中身の白い粉をふりかけていく。

 大量の粒子を浴びせかけられた木箱が、真っ白に染まっていった。


 と、思っていたのも束の間で。

 木箱を染め上げていた粉は、一瞬にしてその純白さを失う。

 先ほどまでのホワイト具合が嘘の様に。

 後に残っていたのは、私が加工した状態そのままの木箱の姿であった。


「ハイっ! これでOKですっ!」


 謎の作業を終えたメモリが、小瓶をフローリングにコトンと置いた。

 小瓶の中の白い粉が、怪しく輝いている様に見える。


「どう言う事なの……」

 

 メモリのテンションにも付いて行けず、状況にも全く理解が及ばない私。

 今、私は、これ以上ないほどに置いてけぼり状態であった。



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