「ふたりめ」

その19「あおきりゅうせい」





 今日の講義が全て終わると、時刻は十五時を回っていた。

 ゆかりちゃんと別れた私は、急ぎ足でキャンパスの端へと訪れる。

 人気の少ない、木が植えられたこの場所で、メモリと落ち合う事になっていた。

 念の為、周囲に誰もいない事を確認しておく。


「メモリ、いる?」


 そして私は、妖精少女の名を呼んだ。

 誰かに見られたらマズいと思い、なるべく声を潜めて。


「あ、おおやさん!」


 小さな声だったにも関わらず、私の声はちゃんと届いていたのだろう。

 すぐに明るい少女の声が返ってくる。

 だが、メモリの姿は私の視界の中には見当たらない。


「こっちー! こっちですー!」


 再び、メモリの元気な声が周囲に響いた。

 私は首を左右に動かし、少女の姿を探すが、やはり見付けられない。

 大きさからして、距離はそこまで離れていないハズなのだけれど。

 それに何だか、『上』の方から声が聞こえている様な気がするんだよね。


 もしかしてと、私は視線を頭上へと向けてみる。

 目の前に植えられた、そこそこの大きさを持つけやきの木。

 冬も間近で葉もほとんど落ちたその上に、メモリの姿が浮かんでいるのが見えた。


 ああ、なるへそ。どうりで見つからない訳だよ。

 ピンク色の髪を持つ小さな少女が、ゆるやかに私のそばへと降りて来る。


「姿が見えないから、ドコにいるのかと思ったよ」

「木の上でひなたぼっこをしていたのですよ」


 エヘヘと、指でほおをかくメモリ。


 仕草がいちいち可愛らしいな、チクショー。

 うむ。やはり、妖精少女はいいぞ。すごく、和みますわ。

 お昼から私の中を渦巻いていた葛藤かっとうやらが、一瞬で何処どこかへと吹っ飛んでいった。


 おちついた。すごくおちついた^^


「おつかれさまなのです!」


 メモリが、ねぎらいの言葉をかけてくれる。


 両手を前で組み、笑顔と言う、私だけを悩殺するスペシャルコンボ。

 脳髄のうずいにそんなモンを叩き込まれた日にゃあ、私のハートは昇天寸前です。


 相変わらず、良い仕事してますねぇ。

 この笑顔、プライスレスです。


「ありがと。ごめん、待たせちゃったね」


 脳内でめくるめくピンク色の思考を繰り広げながらも、それを表情には出さない。

 つとめて自然な笑顔で、私はメモリに微笑みを返した。

 我ながら、恐ろしい程の裏表っぷりである。


「いえいえ。ちょうど、お友達とお話をしていたのですよ」

「お友達?」

「はい! おおやさんにもご紹介しますね」


 そう言うとメモリは、両手を自身の左側へと指し示した。


「わたしのお友達の、シーピュちゃんなのです!」


 メモリが手で示した先――には、何の姿も存在しない。

 一体何処どこにお友達が、と思ったその時である。

 そろりと、『何か』が彼女の後ろから姿を見せた。


 それは、実に可愛らしい少女の顔であった。


(オウフ。こ、これはまた、何とも)


 ピンク色の妖精少女と、同じ位に小さな顔である。

 身体は見せずに、顔だけを覗かせていた。


 どうやら、メモリとは別の妖精少女らしい。

 この子が多分、メモリの言う『お友達』なのだろう。

 まず印象に残ったのは、腰のたけ程ある、澄み渡る空の様に青い髪である。

 後ろで左右対称、二房にまとめられた長い髪が、風に身を任せて揺れていた。

 青髪が風で遊ぶその姿は、さながら、蒼き流星の様である。


「……シーピュ。よろしく」


 明るいメモリの声とは違い、静かな響きを持つ、落ち着いた声色。

 同じく、少女自身もどこか無表情で、感情表現がとぼしそうな印象を受ける。

 いや、これはこれで可愛らしいと言うか。

 うん。クール系妖精、たまらんです。


「うん、よろしくね。私の名前は――」


 名乗ろうとした所で、青い妖精少女の様子がおかしい事に気が付く。

 そう言えば、何でずっと、メモリの後ろに隠れているんだろう。

 よく観察すると、少女の顔は、どこか怯えている様に見えた。

 身体もどうやら小刻みに震えているらしい。

 メモリの身体を巻き込んで、プルプルと震えているのが判る。


「ねえ、メモリ」

「はい?」

「どうしたの、その子」


 緊張と不安で彩られた青い子の顔を見ながら、メモリに問う。


「あー。シーピュちゃんは、少し『たいじんきょうふしょう』でして」

「そうなの?」

「はい。知らない人間さんとお話するのが、苦手なのです」


 なるほど。対人恐怖症と来ましたか。

 ふむ。そりゃあ仕方ないよね。

 私みたいな大女が、目の前にドンッと立っていたら、尚更怖いだろうし。


「メモリ。もうそろそろ行くね」


 シーピュがメモリの顔を見上げながら、述べる。


「そうなのですか? おおやさんと一緒にお話を、と思っていたのですが」

「マスターも講義が終わった頃だし、ボク、迎えに行かないと」


 んん!? ち、ちょっと待って。

 今、この子『ボク』って言ったよね?


「また今度、ゆっくりお話しよう」

「そうですか。残念です」


 そこでようやく、シーピュがメモリの後ろから姿を現した。

 今まで確認できなかった、彼女の外見的な特徴があらわになる。


 背中に、メモリとは違う、蝶の様な形の羽根が備わっていた。

 基本は薄い空色の羽根なのだが、どこか不思議な色彩を帯びている。

 角度によっては異なる色に見え、その色彩が描くグラデーションが、とても幻想的で美しい。


 上半身は首から両手にかけて、ぴっちりとした衣装を身に着けている。

 雲の様な白さを持つ衣装は、少女の髪色との相性も良い。

 その裾は、腰の部分で花びらのように四つに分かれ、足元まで伸びていた。

 露出が少ない恰好だが、両肩とおへその部分のみが露出しており、肌色が覗ける。


 それが逆にね、私の『ツボ』をいい感じに刺激するんですよ。ハイ。

 長い裾の隙間から見える、スパッツっぽい下着も好印象です。


 ナイスですねえ。

 

「あいや、待たれい!」

「ひうっ!?」


 思わず私は、どこかに飛び去ろうとしていた青髪の妖精さんを呼び止めていた。

 突然の古式めいた私の言動に、少女の身体がビクンッと反応する。


「な、何……?」


 シーピュが私の方へと振り返った。

 その表情は不安に染まっており、ひたいからは冷や汗がしたたり落ちている。


 私の中では、先ほどシーピュが口にした『ボク』と言う一人称が木霊こだましていた。


 マジか。マジですか。

 まさかの、『ボクっ娘妖精』ですと?


 メモリの『なのです口調』も、相当にイイ物ではあるけれど。

 この子の『ボク』も、それに相応する位に素晴らしい響きを持っている。


――ボクっ娘。

 古くから、二次元少女にのみ許された、最高の萌え要素。


 この子は二次元の存在では無い。

 だけど妖精と言うだけで、十分に『ボク』を使う素質があると言えるだろう。

  

「な、何でボクの事、そんなにジッと見つめているの……?」


 呼び止めた私が何も言わず、じっと見つめているだけな事が気になったのだろう。

 シーピュが得体の知れない存在を見る様な視線で、私を見つめてくる。


「アー。ドウゾ、オキニナサラズニ。スマイル、スマイル。オーケー?」


 どうしてそんな緊張した表情をしているんだい?

 ダイジョーブ、ワタシコワクナイヨ。

 サア、ワラッテワラッテ。


「お、オーケー」


 何が何だか解らないと言った風に、シーピュが困惑の表情を浮かべている。

 私の言葉をオウム返しすると、彼女はふんわりとした笑顔を形作った。


「オーキードーキー」


 少女の笑顔に満足した私も、輝かしいばかりの『にやけヅラ』を浮かべてみせる。

 もちろん、片手を前方へと突き出し、親指を上向きに立てた上で、だ。


 あどけなく、自然なメモリの笑顔とは違い、少しだけぎこちないシーピュの笑顔。

 クールな彼女が見せる笑顔は、朝にだけ花開く、朝顔の様に可憐であった。


 くっはー。もう私、このまま死んでも良い。

 ずっと、この子の笑顔を眺めていたい。

 メモリと一緒に私の両肩に乗ってもらって、色々ささやいて欲しい。

 左右から聞こえる妖精少女のステレオボイスで、昇天したい!


 ……あ、ヤバイ。ヨダレが。

 

「め、メモリ」

「はい? どうしたのです?」

「この人間、何だか、怖い」

「そんな事ないのですよ? おおやさんは、凄くお優しい方なのです」

「笑顔の奥に、狂気を感じる……」

「へ?」


 ぐへ。ぐへへへへへへ。

 脳が。私の脳内が、お花畑だぜぇ~。



   ◇



「今度、『グラフィ』と一緒に遊びにいくね」

「はい! お待ちしていますです!」


 ……ハッ!


 い、いかんいかん。もしかして私、軽くトリップしてた?


 気が付くと、シーピュは遠くの空へと飛び去っていた。

 その後姿は、なんだか相当に急いでいる様に見える。


 私、何か変な事してなきゃ良いけど。


「いろんな妖精の子がいるんだねえ」

「はい! シーピュちゃんは、とても頭が良い子なんですよ!」


 また今度、会えるかなあ。

 その時は、ちゃんと自己紹介しないとね。


「それじゃあ、行こっか」


 空の青の彼方に消えていった、シーピュの姿を見送った私達。

 思わぬ出会いがあったけれど、今日はここからがだ。


「えっと、次はドコに行くのですか?」

「あえて言うなら、月の裏側、かな」

「はい? お月さまなのです?」


 大半の人類にとって、月の裏側が未知の場所である様に。

 私にとって、『パソコンショップ』と言う場所は、得体の知れない未知の象徴。


 死地におもむくが『さだめ』かと、私は心を決める。


 鬼が出るか、蛇が出るか。

 そこは、現代のパソコン文化がつちかったパンドラの箱。

 

「おおやさん? 何でそんなに、シブいお顔をしていらっしゃるのです?」


 昨日の夜。全てをひたして、塩の雨に濡れていた。


 今日の昼。むーたんを的に、希望買う銭を追っていた。


「お、おおやさん? なんで何も言わないのです? 一体どうしたのです?」


 次回、『ぱそこんしょっぷ』


 来週も、私と地獄に付き合ってもらう。


「ま、待ってくださいー! わたしも行きますよー!?」







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