その18「なかみ」





「え? 中身?」


 ちょっと待ってよ。『フード』の『中身』って事は、もしかして。 


「それってまさか、『彼女』の『顔』を見たって事なの?」


 私の耳元から顔を離したゆかりちゃんが『コクリ』と頷いた。


 ああ、成る程。そう言う事か。

 だからそんなに色々と気になっているわけね。


「この間ね、ちょっとした出来事があってさ」

「うん」

「私の目の前でね。あの子、転んだのよ」

「おおう」

「そりゃあもう、盛大に。コケッ、ズシャーッとね」


 うわあ。

 何か『彼女』がそんな事になっている光景が全く想像できないんですけど。


「駆け寄って手を差し伸べたんだけど、震える声で『大丈夫』って言われてさ」

「なにそれ、尊い」

「その時、少しだけ『彼女』のフードが脱げそうになってたワケ」

「ふむ。その時に、一瞬だけ見えちゃったと」

「イエース」


 まったく。なんて運の良い子なのでしょう、ゆかりちゃんは。

 でも、『彼女』の身を襲った災難を考えると、素直に凄いとは言えないけれど。


「『彼女』もすぐに気が付いて、そそくさと被り直していたんだけどさ」


 そこで、慌ててフードを被り直そうとするって事はさ。

 やっぱり『中身』を見られたら困るって事だよね。


「それでゆかりちゃんは、そのフードの奥に何を見たの?」


 探っちゃ駄目だと思いつつも、ここまで聞いてしまったら後には引けなかった。

 私だって、人間です。身体の底から溢れだす知的好奇心には逆らえない。

 アダムとイブがそうだった様に。人間とは元来そう言う生き物なのですから。


「気になる? やっぱり気になるでしょ?」

「……うん」


 私がそう答えると『にへらー』っと、いやらしい笑みを浮かべるゆかりちゃん。


 なんだろう。そこはかとなくイラッとするのは気のせいかな。


「――外国人、だったのよ」

「kwsk」


 外国人――その単語に私の身体は一瞬で反応してしまった。


 それこそ条件反射のように。

 昨日の電動ドリルの空打ちに反応したメモリの様に。

 

「フードの中にはね、とびっきりの外国人美少女のご尊顔が隠れていたのよ!」

「な、なんだってー!?」


 イヤッホウ! 美少女! 外国人美少女キマシタワー!


 その言葉の響きだけで既に私の好みドストライクです!

 わーい! 私、外国人美少女大好き!


「すっごい美少女だったわ。それはもう別次元なレベルで」

「ふむ。そのまま続けたまへ」

「まるで西洋のお人形みたいに精巧に整った美しさって言うの?」

「ホホゥ。良いですなァ、人形系美少女」

「でしょう? アンタ好きそうだもんね、可愛い系」

「ええ。勿論、大好物ですとも」


 くっそう。そうやって露骨に私の興味を誘おうとするなんて。

 いやらしい。ゆかりちゃん、いやらしい。


「あれ? でも待って」


 浮かれに浮かれていた私だったが、そこで一つの『疑問』が生じた。

『彼女』が『外国人』だったと言う事。

 でも、それには少しだけ、ちない事があったのだ。


 そもそも今まで散々あの人の事を『彼女』なんて言ってきたけれどさ。

 何故顔も見ていないのに『彼女』を女性だと判別できたのかと言うとね。

 それは勿論『彼女』の名前が女性のモノだったからだ。


 私の疑問は、『彼女』の『名前』についてのモノであった。


「確か、『彼女』の名前って『吉田よしだ 直子なおこ』さん、だったよね?」

「そう。そうなのよ! なのよ!」


『吉田 直子』――とても、外国人の女性が持つ名前だとは思えない。


「何であんな西洋じみた風貌ふうぼうで、純日本人な名前なのかって話なのよ!」


 ゆかりちゃんも全く同じ事を考えていた様だ。

 外国人の風貌を持つ『彼女』が、何故日本人の名前を持っているのか。

 もしかして、実はハーフってだけなんじゃあ。

 

「ハーフなんじゃねって言う、ありふれた答えじゃあ、収まりがつかないわ」 


 うっはあ。

 流石ゆかりちゃん。それ位じゃあ、ビクともしないぜ。


「気にならない? そんな『彼女』の正体が」


 ゆかりちゃん曰く、絶世の美少女が、何故そこまで他人との関わりを避けるのか。

 あまつさえ、自分の顔を隠して誰にも見せようとしないのは何故なのか。


 まあ。確かに『全くない』と言えば嘘になるけどさ。


「きっとフードで隠さなきゃいけない程の何かが、あの中には眠っているんだわ」


 ゆかりちゃんがますます熱を上げていく。

 その目はギラギラと輝いていた。


 あ、駄目だ。これはこの辺りで止めてあげないと。


「ゆかりちゃん、やっぱりダメだよ。それ以上いけない」


 たまにこの子もこんな感じで暴走しちゃう一面があるんだよね。

 だから私は、ゆかりちゃんがそうなった時にはしっかり止めてあげる事にしている。

 それこそ孤独な食通グルメのオジサンがアームロックをかけるように。


「……ま、そうなんだけどね。あくまでただの好奇心って事で」

「うんうん」


 一瞬でクールダウンしたゆかりちゃん。

 何という変わり身の速さでしょう。私も見習いたいモノです。


 自分でも必要以上に熱くなっていた事に気が付いたのだろう。

 若干、恥ずかしそうに頬を染めていた。

 カワイイ。


 やっぱりさ。本人が嫌がっている事を、無理に追求するものじゃあないよ。

 ゆかりちゃんだって本当はそれを解っている筈だ。


 ただ、ゆかりちゃんは優しいからさ。

 大学で孤立している彼女の事が、何となく放っておけないんだろうね。

 そう言う子なんだ、ゆかりちゃんって。


 そして私達は再び、『彼女』――吉田さんの『タイピング』を眺め始める。


「ところでさ。あんな勢いで何を打ち込んでいるんだろうね」


 未だ収まらぬ激流げきりゅうを見つめながら、私はポツリと呟いた。

 明らかに講師が語る講義の内容よりも多い打ち込み量であるのは私にも解る。


「さあ? 案外小説でも書いてるんじゃないの」

「小説かぁ」


 それなら確かにあの量も納得だ。

 まあ、真実は『神のみぞ知る』ってところかな。


(そう言えばメモリ、一人で退屈してないかなあ)


 何となく、キャンパスで私の帰りを待っている妖精さんの姿を思い浮かべる。


 今頃メモリは何をしているんだろうか。

 あの子ちっちゃいから、カラスなんかにさらわれてなきゃいいけど。


 考えていたら何だか心配になってきた。

 講義が終わったら急いで待ち合わせ場所に向かう事にしよう。 


 そんなこんなで私の昼下がりの時間は、実にぼんやりと過ぎていったのでした。



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