「この いかれたしょっぷへ ようこそ」
その20「ぱそこんしょっぷ」
「ついに、来てしまった」
大学から徒歩で、実に三十分。
自宅からはまるで正反対の位置にある、パソコンショップ。
「ここが、あのパソコンの、ショップね」
こうして来るのは初めてだ。
普段は、隣の建物目当てで訪れる事はある。
だけど、このパソコンショップには一度も入った事はない。
正確には、入る理由も無かったって言うのが正しいか。
面白い事に、このパソコンショップ、すぐ隣にユニ◯ロが建っているんだよね。
その存在感たるや、何と薄い事よ。
完全に隣にそびえ立つ、ユ◯クロの威圧感に飲み込まれ、喰われてしまっている。
何故、この立地。何故、この組み合わせ。
そして、何故こんなにも駐車場が広い!
こんな取って付けた感が、何とも田舎らしいと言うか。
これだけ駐車場が広くても、絶対
「おおやさん。ここが、目的地なのですか?」
私が肩から下げていたショルダーバッグ。その中から、メモリが顔を出す。
彼女を人目につかせる訳にもいかないので、こうしてバッグの中に隠れてもらっていた次第だ。
「うん、そうだよ」
「なんだか、とても重々しい雰囲気なのです」
確かにメモリが言う通り、この建物は何だか、とても重圧的な空気を発している。
一見さんお断り。
ぶぶ漬け食って、とっととカエレ。
そんな感じの何かが、発せられているのです。
「よし。入ろう」
でも、ここで引き返す訳にはいかない。
早くケースを買わないと。むーたんがどんどん遠ざかってしまう。
このままでは、むーたんに見捨てられてしまう!
それだけは、ゴメンだ!
一人だったらきっと、この異様な雰囲気に飲み込まれていた。
入る前に『回れ右』して、逃げ出していたことだろう。
「は、はいです」
メモリが一緒に来てくれていたのが幸いだった。
お陰で、孤独のプレッシャーから逃れられたのはありがたい。
身体が軽い。これならもう、何も怖くない!
私、この買い物が終わったら、むーたんと一緒に世界一周旅行するんだ。
ところで、今日の夕飯は何にしようかな。
パインサラダとか良いかも。組み合わせはステーキとかでさ。
うんうん。実にナイスな組み合わせだ。
まあ、そんなブルジョワジーな食事は、我が家には無縁なのですが。
よーし、いけるいける!
そして私は、意を決して
「あ。おおやさん、おおやさん。見てください」
しようとした所で、メモリが私を呼び止めた。
「ん? どうしたの」
「あの白い板に、わたしの名前が書いてあります!」
「あ、本当だ」
メモリが指差す白い板。入口前に立てられたホワイトボードには。
『DDR3メモリー 4GB×2 5,480円』と言う文字が記載されていた。
「これは、どう言う意味なのでしょうね」
メモリと値段以外は、何かの暗号か、これは。
いや、全く理解できないんですけど。
『DDR』って何?
一時期
『GB』って何?
……げーむ、ぼーい?
「め、メモリと、ゲームボーイと、ダンスゲームのセット販売の事かな」
「わ、わたし、5,480円なのです!? 『
メモリが顔を青ざめさせていた。まるで荷馬車でドナドナでもされているかの様な、絶望の表情を浮かべている。
「で、でもわたし、ちゃんとここにいますよ?」
「そ、そうだね」
「この場所は、わたしの『くろーんこうじょう』か何かなのですか……?」
「へ? く、クローン?」
「いつの間にわたしの『いでんし』が回収されたのでしょう。お、恐ろしいのです」
謎の言語に
てか、クローンって。
たまにこの子、難しい言葉を口走るよなあ。
ちゃんと意味を理解して使っているのだろうか。
「お、おおやさん。本当にこの場所に入るのですか? わたし、怖いのです」
たった一枚のホワイトボードが、妖精少女の心をブチ壊す。
入る前から、この理解不能なお出迎え。
やってくれるぜ、パソコンショップ!
「大丈夫。怖いのは、私も一緒だよ」
「お、おおやさん……!」
「でもね、私は――この恐怖を乗り越えないといけないんだ」
こんな状態じゃあ、中に入ったら一体どうなってしまうんだ。
調子に乗って、死亡フラグなんて立てるんじゃあなかった。
だが、える、しっているか。
死亡フラグは重ねる事で、無効になると言う事を!
「よおし、今度こそ……!」
故に、今の私は無敵! 最早、何者にも私の進撃を
何の
私の前にそびえ立つコレが、現世との
「どんと来い、パソコンショップ!」
「ふぁ、ファイトなのです! おおやさん!」
それでも私は、生きる!
むーたんと、そしてメモリと共に、生き続ける!
小さいながらも心強い、メモリの
今の私の心境。それを例えるならば、秘孔・心霊台を受けたレ○、サングラスをかけた花○院と同じ様な物だ。
自動ドアのセンサーの下に立つ。
私の存在を探知し、ドアがスライドし、開いていく。
光が
視界がくらむ。何も見えない。
だが、恐怖は感じない。そんな物は、とうに捨てている。
次第にその光も治まりを見せ始め――
私の視界に、新たな『世界』が広がった。
「う、うわあ……」
自動ドアの先に開けた空間。
そこは、文字通りの『異次元』であった。
まず私の目に飛び込んできた物は、謎の巨大な液晶テレビである。
何あれ。実家のテレビも、あそこまでは大きくないよ。
多分、四十インチはある大きさの、そのテレビに映されていた物。
それは、パソコンの画面でした。
オイオイ(笑)
あんな大きな画面を、机の上に置いて使うんですか?
いやいや、どう考えても無理があるし。
そもそも目の前で使うには、画面が広すぎる。
絶対に目を悪くしそうだし、そんな光景を想像したら酷くシュールな図が見える。
理解、できない。言葉が、出てこない。
何なんだ、この異様な不思議時空は。
売っている物の全てが、日常生活とは無縁な物ばかりだ。
しかも、ちらほらといるお客さんが、オジサンばっかり。
皆が皆、意識高い系の顔をしていた。
素人はカエレって顔で、商品を睨んでいる。
空間が歪んでいる。
ここは、駄目だ。もう、手遅れだ。
とてつもない場違い感、そして孤独感が、私のスモールハートを蝕んでいく。
「……帰ろうか、メモリ」
「……そうですね」
気が付くと私は、回れ右をして、お店に背を向けていました。
ざんねん!!
わたしの ぼうけんは ここで おわってしまった!!
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