第2話「ぱそこんと ふぁんたじー」
「あらたなる ちょうせん」
その14「むーたんれす」
まるかいて♪
おまめがふたつ♪ おむすびひとつ♪
あっという間に♪
\むーたん/
そんなこんなで、本日五十匹目のむーたんが私のノートの中に生まれた。
何処かで聴いた事のあるような絵描き歌が、頭の中に響き渡っている。
むーたんの何処に『おむすび』があるのかは、私自身にも解らない。
でも、結果的に生まれたのはむーたんだった。
要するに、そこから生み出される結論は一つ。
万物はきっと、むーたんから始まってむーたんで終わるのだと思う。
むーたん、すげぇ!
現在私は、大学の講堂で講義を受けている。
だが正直言って、講義などそっちのけだった。
何故かって? そんなの決まっている。
今の私には、ひたすらむーたんを描き殴ると言う重大な使命があるからです。
「むーたん…………むーたん…………ぐへへ…………」
意識せずとも私の手は勝手に稼働し、ノートにペンを走らせる。
そうやって、いつの間にかむーたんを生み出していく。
技の壱むーたん、力の弐むーたん。
そしてV参むーたんは、かつおと昆布の合わせだし。
出来上がったむーたんは、みんな実に愛らしく私の顔を見つめてくる。
それだけで、私のココロの隙間が満たされていく。
逆にそうしていないと、今の私は簡単に自我崩壊してしまう事でしょう。
うおォン。私はまるで、全自動むーたん製造機だ。
うん。
まあ、何でこんな事になっているのかと言うとね。
実は今。私、『むーたんレス』なんです。
昨晩。パソコンの電源スイッチを襲った恐怖の水流。
その結果、電源スイッチがショートでもしたのか。我が家のパソコンさんは、全く電源が入らなくなってしまったのです。
パソコンが起動できないと言う事は、つまりどう言う事なのかと言うとね。
今日から私は、むーたんと戯れる事ができなくなってしまうと言う事であって。
このままでは私は、むーたん成分を補給できなくなってしまうわけで。
ぶっちゃけ、私にとっては死活問題なわけで。
父さん、私の思考回路はショート寸前、今すぐ会いたいよ状態なわけで。
「ち、ちょっと、どうしたの?」
「へ……? 何が……?」
左隣に座っていた友人の『ゆかりちゃん』が、私に話しかけてくる。
私は顔だけをゆかりちゃんの方へ向けた。
その間も私の手は止まらずに、むーたんを製造し続ける。
むーたんだけを書き続ける機械。それが、今の私なのだから。
「いや。今日はいつにも増してノートが凄い……じゃなくて。何か、すっごく落ち込んでるからさ」
ああ、そう言う事ね。
事情を知らない友人から見ても、酷く落ち込んでいる様に見える程に、今の私は落胆しているって事なのだろう。
「ちょっと、ね。昨日、色々あって……」
昨日は本当に色々な事があり過ぎた。
パソコンの異変、妖精『メモリ』との出会いに始まり、最終的に壊れていなかったパソコンが、今度は本当に壊れてしまうと言う、波乱の一日。
昨日だけで、一年分のトラブルを一気に体験した様な気さえする。
「もしかして。男にでもフられた?」
は? オトコ? オトコナンデ?
何処をどう発展させればそんな話になるの。意味が解らないよ、ゆかりちゃん。
「ゆかりちゃん。私にそんな色気付いたイベントが起こると思う?」
私と男。
さながら水と油の様に、その二つは一生交わることのないモノなのですから。
イロコイバナシ。
私の人生には、最も無縁の言葉。
そもそも、『イロコイ』って何なの?
ネイティブ・アメリカンの言葉で、『毒蛇』の事?
毒蛇話って。どんだけ爬虫類好きなの、ゆかりちゃん。
「いや。あんた、見た目は結構可愛いからさ」
またまたそんな。見え透いたお世辞なんて私には通じませんよ。
大体可愛さで言ったら、私はゆかりちゃんの足元にも及ばないし。
ゆかりちゃんはとても美人で、いかにも今時の大学生って感じの女の子だ。
スタイルも良いし、ファッションセンスも良い。
性格も良い上に、面倒見も良い。
何より身長が大きくない。凄くベリーでナイスな身長なのです。
そもそも見た目からして私とはオーラが違う。後光が差している気さえする。
パーフェクト・ザ・ジョシ。それがゆかりちゃんと言う女の子だ。
「こんなノッポな私を相手にしてくれる男の人なんていないよ」
そんなゆかりちゃんと比較すると、私なんてウドの大木もいい所。
木陰で避暑する系女子のゆかりちゃんと、木そのものな私。
どちらが目につくかなんて言うまでもない。
「……そんな事は無いと思うけどなあ」
「ん? ゆかりちゃん、何か言った?」
「うんにゃ。別に」
なんかポツリとゆかりちゃんが呟いたのが聞こえた。けれど、その内容までは私の耳に届かなかった。
「で。結局の所、何があったのよ」
ゆかりちゃんが机に頬杖をつきながら、私の顔を見ている。
その仕草一つだけで、ゆかりちゃんが深窓の令嬢の様に見えてくるから凄い。
ふ、ふつくしい……。ハッ!
ついついゆかりちゃんに見とれてしまう。もちろん、手は動かしたまま。
我ながら凄い技能だなと、自分自身に関心した。
「むーたんがね」
「は? むーたん?」
私はむーたんの錬成を続けながら、ゆかりちゃんに語る。
今やノートのむーたんは、百五十壱匹目に突入していた。
ん? そう言えば二十五匹目だけなんだか見た目が。
あれ? おかしいな。
これじゃあまるで、ピカチュ……。
「むーたんって。ああ、あのゲームの」
絶妙なタイミングで、ゆかりちゃんが言葉を挟む。
流石、空気の読めるゆかりちゃん。
私の脳内劇場の危険領域タイミングまでおさえているなんて、素敵です。
「き、聞いてよゆかりちゃん! むーたんが! むーたんがあ……!」
そんな素敵なゆかりちゃんに、私は涙まじりで抱きついた。
彼女のワガママ☆ボディに、思うままに顔をこすりつける。
いい匂いがした。
「ちょ、落ち着きなさい! 講義中! 他の人たち、すっごいこっち見てるから!」
ゆかりちゃんの言う通りだった。
今や講堂中の視線が、私達ラヴラヴカッポゥに釘付けです。
「ふふっ。良いじゃない。皆に見せつけてやりましょう……?」
「アンタ、実はそこまで落ち込んでいないでしょう!?」
ちっ。バレたか。
確かに、私はゆかりちゃんが言う通り、実はそこまで落ち込んでいない。
何故ならば、我が家のパソコンさんには――
まだ、『ふっかつのじゅもん』が残されていたのですから。
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