その12「いっけんらくちゃく?」





「ふう」


 そんなこんなで。

 私はあの後、無事に起動したパソコンを利用し、ゲームにログインした。

 たくちゃんと、後からインしてきたゲーム内の友達に、チャットで今日は遊べない旨を伝える。

 ついでに、パソコンが無事だった事も。


 キーボードのタイピング、だっけか。

 未だに私は、キーボードに刻印された文字を見ながらじゃないと、字が打てない。

 それでも一応、字はそれなりに打てるようになった。

 パソコンについて全く知らなかった最初に比べれば、凄い進歩と言えるのかな。

 機械音痴な私が、ここまでパソコンを扱えるようになるなんてね。

 これもひとえに、むーたんへの愛があったからこそだろう。


 取り敢えず、パソコンが何ともなくて本当に良かったよ。

 メモリがパソコンにまいてくれていた「万能パウダー」の効果は凄まじかった。

 結構な量のお湯で濡れていたにも関わらず、パウダーが水や泡を弾いた事で、基板なんかには全く影響が無かったらしい。

 だけど、パソコンの電源をつけるのには、私も多少の勇気が必要だった。

 パウダーの効果の程は、実際目にしていた。


 けれど、もしこれが原因で、完全にパソコンが壊れてしまったらと思うと……。


 でも、結果は上々。

 無事にモニターには画面が映り、何事も無くパソコンは起動した。

 しばらく色々と使ってみたのだが、動きに問題は無い、と思う。

 

「人間さん。その『ぱそこん?』は、大丈夫そうなのですか?」


 机に座ってパソコンのモニターに顔を向ける私。

 そのすぐ横で、ふよふよと浮かんでいたメモリが、不安そうな表情をしていた。


「うん。何ともなさそうだよ」


 私はメモリに微笑む。


「よ、良かったのです」


 メモリが私の表情を見たことで、安堵の表情を浮かべていた。


「でもやっぱり水は怖いから、お風呂だけはこっちで入ってもらえると嬉しいな」

「勿論なのです! 人間さんが、せっかくわたしの為に作ってくれたのですから!」


 嬉しそうに空中で、バレリーナの様にクルクルと身体を回転させるメモリ。

 簡単な『工作』一つで、ここまで喜んでもらえるとは。

 このお風呂場を作った甲斐があったかも。


「う、うっぷ。喜びのあまり、回りすぎたのです……」

「ちょ、ちょっと。大丈夫?」


 しばらくそうやって、喜びを表現していたメモリさん。

 だが、あまりに回転し過ぎた為か、彼女は目を回していた。

 そのままフラフラと、少女は空中を漂う。

 彼女は、危なっかしい動きで私の肩の上へと辿り着き、そのまま腰を下ろした。


「ご、ごめんなさい、人間さん。少しだけ、肩を貸して下さいです」


 メモリの身体は重さを全く感じさせない。

 彼女の身体から伝わってくる温もりが無ければ、肩の上に身体が乗っているなんて、気が付きもしないことだろう。


「それにしても凄いのです。この動いているのが、人間さんなのですか?」


 私の肩に乗ったことで、視線の高さが私とほとんど同等になったメモリ。

 彼女はじぃっと、パソコンのモニターを眺めていた。

 モニターの中には、ゲーム内で使用している私のキャラクターが見える。

 マイキャラクターは、むーたんの側で体育座りをしていた。

 小さな私の分身が、頭を左右に揺らしている。

 見る者を虜にする、あざとい可愛らしさを画面の外へと振りまいていた。


「うん、そう。これが私の使っているキャラクター」


 私が使用している種族は、ゲーム内でもかなり小柄な種族である。


「凄く、ちっちゃくて可愛いの」


 大きさは、四頭身程しかない。

 その『小ささ』に、私は惚れこんだのだけれど。

 最初にキャラクターを作る際、真っ先にこの種族を選んだ。

 見ているだけでも癒される、私の分身キャラクター

 むーたんと並んでいると可愛さマックスで、もう色々と辛抱たまらんのですよ。


「耳がとがっていて、まるで『エルフ』の人みたいですね」


 そんな私のキャラクターを眺めていたメモリが、そんな事を口走った。

 確かにこの種族の耳は、いわゆる『エルフ耳』の様な感じで、長くとがっている。


「エルフ?」

「はいです。わたしのお知り合いのエルフさんも、こんな耳をしているのです」


 メモリの知り合いの、エルフ?

 知り合いってことは、それってつまり……。


「もしかして、妖精の他に、エルフもいたりするの?」

「はい、いますよ。この街に一人、住んでいるのです」


 メモリはさも当然ですとでもいった風に、私の問いに肯定した。

 しかもこの街に住んでいる、だって?


「マジですか」

「マジなのです」


 おいおい。どうなっているんだ、現実世界。

 私達人間からすれば、存在自体がファンタジーなメモリが言うのだ。

 エルフの存在も、彼女が言う通り、確かなモノなのだろう。

 日本で暮らしているエルフって、何だか全く想像できないなあ。


「でも、知り合いがいるのなら、最初から、そのエルフさんのトコに行けば良かったんじゃ」

「残念ながら、その人のところには、私の友達が既にご厄介になっているのですよ」

「ああ、そうなんだ」


 確かに何人も押しかけられると、そのエルフさんも大変だろうしね。

 世の中、そうそう都合良くはいかないって事か。

 エルフかあ。いつか、私も会ってみたいなあ。

 思いがけないファンタジーの香りに、私の好奇心が刺激されていく。


 私はゲーム内で、たくちゃん達に挨拶を済ませる。

 その後ゲームを終了し、パソコンの電源も落とした。

 爆音を上げていたパソコンの本体が、不意に静かになる。

 狭い部屋に、一瞬で静寂が訪れた。


「やっぱりわたし、お邪魔でしょうか……?」


 肩から飛び上がったメモリが、私の目の前に移動してくる。

 私が、エルフさんの所に行けば良かったんじゃないか、と述べたからだろう。

 少女は不安そうな顔で、そんな事を聞いてきた。


「ううん。そんな事はないよ」


 受け入れると決めたのだ。今更この少女を追い出すつもりなど、毛頭ない。

 パソコンは無事。ちっかわ欲も満たされる。

 何より――この子と一緒にいると、平凡な日常も退屈しないで済みそうだ。


「改めてこれからよろしくね。メモリ」


 だから私は、少女の名前をハッキリと呼ぶ事で、改めてメモリの『間借り』を認可した。


「は、はい!」


 初めて私に名前を呼ばれた事で、メモリも嬉しそうに顔を緩める。

 実に可愛らしい笑顔を浮かべていた。


 うむ。

 妖精少女の無邪気な笑顔。やはり、イイ……ッ!


 私は、心の中でガッツポーズを決める。

 これから毎日、この笑顔を拝む事ができると思うと……。

 うん。今から楽しみで仕方がないね!


「よろしくおねがいします、『おおやさん』!」


 メモリは元気な声で、挨拶と共に、私の事をそんな風に呼んだ。


「大家、さん?」

「はい!」

「え。それ、私のこと?」

「人間さんは、このおうちの持ち主なので、おおやさんなのです!」


 ああ。成る程ね。

 そう言う事なら、確かに私が『大家』って事になるのだろう。


「まあ、別に良いけど」


 私自身、このアパートの部屋を借りている身だと言うのに。

 そんな風に呼ばれると、何だか不思議な気分だった。

 まあ、悪い気はしないけれどね。


 そんなこんなで。

 私と妖精少女『メモリ』の共同生活は、こんな一日から始ったのです。




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