その03「かちかち」





 カチカチカチカチ。



 前々から、いつか壊れて、煙が出てくるんじゃあないかなって思っていた。


 私のパソコンは、とても


 たくちゃんが入れてくれた『計測ソフト』って言うのを使って温度を見るとさ。

 時々『何か』の温度が、七十度ぐらいまで上がっている事もあるんだよね。

 普段、お風呂の温度計ぐらいしか見ない私には、少し理解に苦しむ温度だ。


 電子レンジとかでもないのに、七十度まで温度が上がるなんてさ。

 怖すぎるよ。


 後ろに手を当ててみると、すごい熱風ねっぷうき出しているし。

 何なの、この暖房器具。

 今年からストーブいらないじゃん、って思ったりもしたしさ。

 


 カチカチカチカチ。



 だから今日、煙が出ているのを見た時、「ああ、ついにか」と私は思った。

 でも、結果的にそれはパソコンの煙じゃあなくて。


 小さな手のひらサイズの少女が、パソコン内でお風呂に入っていたからであって。

 私はお風呂から立ち上がる湯気を、パソコンの煙と勘違かんちがいしてしまったわけで。

 中をのぞいた結果、彼女のバスタイムを邪魔する結果になってしまったわけで。



 カチカチカチカチ。



 その結果が、この惨状さんじょうなわけで。

 自業自得じごうじとくと言うには、なんだか割り切れない想いなわけで。

 

「そ、その。ごめんなさい、です」

「ううん、もう良いよ。いきなりフタを開けた私も悪かったし」


 小さな少女が、パソコン本体の天板の上に座っていた。

 彼女は申し訳なさそうな表情で、私に謝っている。

 私は、そんな少女と向かい合う形で、パソコンの本体の前に座っていた。


 大きな私の身体と、小さな少女の身体。

 はたから見ればきっと、巨人と対面する人間とか、そんな光景に見えるのかも。


「よう、五年りだな……」

「え? なんです?」

「な、なんでもないよ」


 何を口走っているんだ、私は。



 カチカチカチカチ。



 ふと、私は落ち込む少女の姿を目に収めてみる。

 少女の小さな肢体したいには、これまたミニサイズのバスタオルが巻かれている。

 お風呂あがりなのもあってか、肌が桃色に染まっていた。

 ついでに、彼女の髪色も桃色だった。



 すごく、ピンクです……。



 くりくりとした長いくせっ毛が、とても可愛かわいらしい。

 髪の毛は水でシットリとしており、少女の肌に貼り付いていた。

 白い肌の至る所や、半透明な羽根に、水滴すいてきが付着している。

 したたり落ちるそれが、小さな少女に妙な色気を与えていた。

 水にれ、不思議な光彩こうさいを放つ彼女の羽根が、力なく下がっている。

 なんとなくそれを見て、悪い事をして怒られた時の、犬の尻尾しっぽを思い出した。


「なんだかわたし、すごくたいへんなことをしてしまったみたいで」

「大丈夫。大丈夫だから」

「で、でも。『おうち』の中が、たいへんなことに」



 カチカチカチカチ。



 少女が『おうち』と呼ぶ物。

 それはどうやら、パソコンの本体の事らしい。


 確かに、彼女の言う通りであった。

 私のパソコンの中では、現在二つの『大変な事』が起こっていたのだから。



 カチカチカチカチ。



 まず一つ目の大変な事。

 完全に取り外された、側面のフタの先。

 初めてパソコンの中身を見る私ではあったが、明らかに『コンピューター』の中にあるとは思えない、場違いな品の数々が設置されている。


 まず、最初に私が目にした横長の基板きばんの上に、お風呂が置かれていた。


 次に、上の方を見てみる。

 たぶん、CDとかDVDを挿入そうにゅうする為の機械らしき物のすぐ下。

 そこには、豪華ごうかにも天蓋てんがい付きのベッドや、やけにメルヘンなデザインの衣装箪笥いしょうだんす鏡台きょうだい、机などが置かれている。


 更に下の方を見てみる。

 底板そこいたの周辺には、これまたファンシーなデザインのキッチン、可愛かわいらしいレースのテーブルクロスがかれたダイニングテーブル、椅子いすなどが置かれている。


 その全てが、この少女の体長に合わせて作られたような、ミニチュアサイズであった。


 

 カチカチカチカチ。



 なんだかコレと似たような物を、私は見たことがある。

 よくテレビのコマーシャルとかで見た、小さいウサギの人形とセットになっているおもちゃの家。

 イメージとしては、あんな感じ。『ドールハウス』って言うのかな。


 私のパソコンの中は、そんな感じの『居住空間』と化していたのです。


 そして、二つ目の大変な事なのだけれど。



 カチカチカチカチ。



 さっきから「カチカチ」と音が鳴っているのは何かって?


 ああ、それはね。


 私の片手が、パソコン本体の電源スイッチを押している音だよ。



 カチカチカチカチ。



 つかない。


 パソコンの電源が、つかない。


 お風呂タイムをのぞかれた事で、酷く錯乱さくらんしていた目の前の少女。

 彼女はこれでもかと言う程に、あたり一面にお湯をらしてくれた。

 その結果、パソコンの中は、いたる所が水びたしになった。

 

 とりあえず私は、すぐたくちゃんに現状を報告した。

 この子の事は、流石にせて。

 なんて説明したら良いのか判らなかったし。

 結果、どう言う状況でそんな事になったのか、めちゃくちゃ怒られました。


 まず、電源は絶対につけない事。

 すぐ目に見える場所の水分を全て除去じょきょし、二日ほど乾燥かんそうさせなさいと言われた。

 コンセントからプラグを抜いていた事が、幸いだったらしい。

 通電つうでんさえしていなければ、復活の可能性はあるかも、と言っていた。

 あくまで可能性での話、らしいけれど。


 言われた通り、私はすぐに水分を取りのぞいた。

 あとは、完全に乾燥した後に、無事に起動してくれる事を祈るばかりである。



 カチカチカチカチ。



 コンセントからプラグを抜いているので、電源がつかないのは解っている。

 でも、こうせずにはいられない。

 無意識の内に、私の指がパソコンの電源スイッチを押し続けている。

 こうしていないと、自分をたもてないような気がした。


 妖怪『でんげんつかない』誕生の瞬間である。


 パソコンを買う時に財布から飛んでいった諭吉さんが、天高く私を見下ろして微笑んでいた。


 なんという事でしょう。

 こちらに向かって、手を振っておられます。


 はは。あははは。


 何を人事みたいに手を振っているんだ、あのオジサンは。


『むーたん』が、今日も私を待っているのに。


 ああ、むーたん。

 ごめんね。不甲斐ふがいない私を、許して。

 

 瞳を閉じる。

 そうすれば、むーたんの可愛かわいらしい姿をすぐに思い出す事ができる。

 つぶらな瞳が、私の顔をのぞんでいる。

 でも、そんなむーたんの姿が、どんどん遠くへと離れていってしまう。 


 むーたん。

 なんで、どうして、そんな遠くへ行ってしまうの?


 待って、私を置いて行かないで。


 むーたん。


 むーたあああん!



 カチカチカチカチ。



「あ、あの。ほんとうに大丈夫なのですか……?」


 私の様子をながめる少女の顔が、少し青ざめている。

 まるで恐ろしい物でも見ているかの様な、不安の表情を浮かべていた。


「うん。大丈夫。ダイジョーブダヨ、ダイジョブー アハハハハ」


 そんな少女に対して私は、努めて平常へいじょうよそおい「大丈夫」とかえすだけの機械と化していた。


「目が、目が笑っていないのです!」



 カチカチカチカチ。



 ダイジョブー。


 ダイジョブー。


 イッツア モーマンターイ。


 アハハハハ。


 アハハハハハハハハハハハハハハハハ。



 カチカチカチカチ。



「ごめんなさいー! ごめんなさいなのですー! 怖いです―! その『カチカチ』を止めてくださいー!」



 カチカチカチカチ。



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