その02「おふろ」





 私のパソコンは、とにかく大きい。

 二十インチ程のテレビと一緒にパソコンの『本体』を並べたとしてさ。

 テレビの方が小さく見える位には大きい。


 大きくて真っ黒な、箱型の本体。

 同じく真っ黒で横長のテレビ――じゃなくて、モニター。

 更に、キーボード、マウス、スピーカー、エトセトラ。


 それらがセットになって、ようやく『パソコン』と呼べる物となる。


 後でたくちゃんから教えて貰ったんだけどね。

 こう言うパソコンの事を『デスクトップパソコン』と呼ぶらしい。


 机の上に乗せて使うから、デスクトップ。

 そのまんまだね。


 そんな私のパソコンの内部。

 横向き、水平に取り付けられた、何かの部品らしい横長の基板きばんの上。

 そこに設置された、ミニチュアサイズのバスタブが見える。



 ――え? 何、コレ。



 バスタブだよ、バスタブ。

 日本人的には、浴槽よくそうって言ったほうが良いのかな。


 いや、何を言っているんだお前は、って顔をしないで。

 だって、本当にお風呂なんだもん。冗談じゃないんだもん。


 あんな小っさいのに、ちゃんとシャワーまで付いてるんだもん。凄くない?


 お風呂の中には、しっかりとお湯がめぐらせられている。


 一体、どこから調達してきたのだろう。

 湯気がモクモクと上がっていた。


 ああ、なるほど。煙の正体はこれだったのか。

 ついでに、フローラルでヴィダルサスーンなかほりの正体も、判明しました。

 優雅ゆうがに、泡風呂を楽しんでいやがります。


 そこまでは良い。

 いや、良くない。


 本当に、何だコレ。


 バスタブの中では、鼻歌を発していた『何か』が。



「あー。やっぱりお風呂はいいですねぇ。身も心も洗われますぅ」



 至福の表情で、ほお朱色しゅいろめながら、入浴を楽しんでいた。



「あ、あの」


 私は、『何か』に対して、恐る恐る声をかける。


「はい? どちら様……」


『何か』が、私の声に反応して、こちらへと顔を振り向かせる。


 それは、見た感じ小さな人間だった。

 と言うか、見た目は人間その物だ。

 問題なのはそのサイズで、明らかに小さい。

 小さいというか、多分、立ち上がっても十センチ位しかない。


 まあ、こんな箱の中にいる位だし。

 それ位の大きさじゃないと、やってられないよね。

 うんうん。


 って。

 それで納得しちゃダメでしょ、私。


 まあ、百歩ゆずって大きさは置いておくとして。

 問題なのは、その小人の背中から『伸びていたモノ』だった。


 小さな『少女』らしき存在の背中からは、何やら異質な物が伸びていたのです。

 半透明で、うすい、まくのような何か。

 少し触れただけで、簡単にやぶれてしまいそうに見える。


 少女の背中に、左右対象に二つずつ備わる『ソレ』は。

 どう見ても、虫とかのたぐいが備えている『羽根』のようだった。


「き、きゃあ!? の、のぞきです!? へんたいさんがあらわれました!?」


 小さな羽根つきの少女が、私の姿を見て酷くおどろいている。


 のぞきって。

 そもそも私のパソコンの中で、何やってるんだ、この子は。


「い、いや。私は」

「だ、だめ! それ以上近付かないでください!」


 少女は酷く、狼狽ろうばいしておられました。

 小さな身体を小さな腕で隠し、必死に身を守ろうとしています。


「お、お湯……お湯かけますよ!?」


 お、お湯ですと?

 ちょ、ちょっと待って。パソコンの中で、ですか?


 ところで私は、結構な機械音痴である。


 一般的な家電を使う位であれば、かろうじてなんとかなるんだけどね。

 例えば『ケータイ』とかになるとさ。

 冗談抜きで、少し前までは簡単なメールを送るぐらいしかできなかった。

 最近になって、やっと『ぐーぐるで検索』したり、『らいんで会話する』と言うことを覚えた位だし。


 そんな機械音痴な私ではあるが、電子機器が水に弱いと言うことは心得ている。


 彼女がパソコンの中でお湯をらした結果、何が起こるのか。

 想像するまでもなく、きっと取り返しの付かない事になるに違いない。


 私の貯金から飛んでいった『諭吉さん』の結晶が、危ない。


 最愛の『むーたん』の為に購入したパソコンが、危ない。


「だ、ダメ! お湯はたぶん、凄くダメだよ!」

「そんな事言ったって無駄です! 『ふらちなやから不埒な輩』は『せいばい成敗』なのです!」


 私の説得も虚しく、少女は今にも両手ですくったお湯を、私に向かって放とうとしている。

 

「ちょ、ま! ダメだって!」

「そぉれぇえええい! しねよやあああ、へんたいいいいいいい!」

「や、やめ! あ、ああ! アッ――――――!!」


 無慈悲に放たれたお湯の塊は、少女の手の平の中から私に向かって届――かず。

 飛距離を全く伸ばさずに、そのまま辺り一面に撒き散らされた。



『パソコンの中に水をこぼしたら、どうなるのだろう?』



 ここで改めて、その疑問について私は考えてみる。


 その答えは――実に、シンプルな物であった。



 その日、私の素敵なパソコンライフが、まるで瓦礫が崩れるかの様に終わりを迎えたと言う事である。

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