我が家のパソコンさん

漆茶碗

第1話「ぱそこんと ようせいさん」

「であい」

その01「ぱそこん」





『パソコンの中に水をこぼしたら、どうなるのだろう?』



 つい最近まで『パソコン』なんて物を所有していなかった私。

 パソコンを購入する前の私ならば、きっと、そんな事は考えもしなかっただろう。


 だけど今日、この日。

 私は意外な形で、そんな『経験』をする事になるのです。


 現在私は、一人暮らしのアパートの自室にいる。

 自分の所有する、無駄に大きな『デスクトップパソコン』の本体と対面していた。


 とは言え、パソコンその物は利用していない。

 私は本体の前で、呆然ぼうぜんとたたずんでいた。


 両手でにぎった『ケータイ』を、つたない手つきで操作している。

 不慣れなトークアプリを使い、従兄弟いとこの『たくちゃん』と会話していたところだ。


―――――――――――――――――――――


わたし:たくちゃん、たくちゃん。


たくちゃん:どうしたの、ねーちゃん。早くインしなよ。


わたし:ごめんね。今ちょっとトラブっててね。


たくちゃん:今日こそは、外郭がいかくの攻略を終わらせようって言ってたのに。


わたし:あのね、パソコンがね。


たくちゃん:うん。また動かなくなった?


わたし:違うの。


たくちゃん:うん? どうしたのさ。


わたし:なんかね、後ろからね。


たくちゃん:うんうん。


わたし:煙が出ているの。


たくちゃん:ファッ!?


―――――――――――――――――――――


 私の、小憎らしいパソコンさん。

 こやつは現在、絶賛ぜっさん異常事態いじょうじたいの真っ最中だったのです。


 けむりき出るパソコンを前にして、私は茫然自失ぼうぜんじしつ状態だった。

 ふるえる指をなんとか動かしながら、たくちゃんとケータイで会話を続けている。


―――――――――――――――――――――


たくちゃん:ね、ねーちゃん! と、とりあえずパソコンの電源消して!


わたし:電源、つけてないの。


たくちゃん:じゃ、じゃあ、コンセントからプラグ抜いて!

 

わたし:コンセント、いつも終わったら抜いてるの。


たくちゃん:マザーボードのリチウム電池の寿命じゅみょうが、ストレスでマッハだな……。


わたし:たくちゃんが何を言っているのか、私、わからないよ。


たくちゃん:ああ、ごめんごめん。


たくちゃん:パソコンくさくない? 熱くない?


わたし:全然。


わたし:むしろ、なんだかフローラルなかほりがするの。


たくちゃん:Why。


わたし:まるで、お風呂の入浴剤のようなかほりが。


たくちゃん:どういう状況なの、それ。


―――――――――――――――――――――


 そういう状況だった。


 とにかく現在、私のパソコン本体の後ろから、もくもくと煙が上がっている。


 煙というかさ、コレ。なんだか『湯気』みたいな感じ?

 なんとなく、室内の湿気が凄いことになっている様な気がするんだよね。


 すごいなー。

 普段から、熱い熱いと思っていた私のパソコンだけれどさ。


 パソコンって暖房だけじゃなくて、加湿器にもなるんだね。


―――――――――――――――――――――


たくちゃん:ねーちゃん。とりあえず、本体のフタを開けるんだ。


わたし:どうすればいいの?


たくちゃん:今見えている本体の後ろの方に、ネジがついているんだ。


―――――――――――――――――――――


 私はたくちゃんに言われた通り、パソコンの裏側をのぞきこんだ。

 フローラルなかほりをまとった煙が、私の顔にかかる。


 うーん。ヴィダルサスーン。


―――――――――――――――――――――


たくちゃん:左側のフタに、ファンの通気口つうきこうがあるでしょう?


わたし:よくわからないけれど、穴は開いてるよ。


たくちゃん:そのフタの方に付いているネジを取って。


―――――――――――――――――――――


 ネジって――ああ、これか。


 ん。なんだ、このネジ。

 ドライバーが無くても、指で回して取れるようになっている。

 指でも簡単に回せるように、『でっぱり』が付いているのである。


 最近のネジって、便利なんだなあ。


―――――――――――――――――――――


わたし:取った。


たくちゃん:あとはそのフタを、横にスライドさせれば開くから。


―――――――――――――――――――――


 たくちゃんに言われた通りに、私はフタをスライドさせる。


――あれ?


―――――――――――――――――――――


わたし:たくちゃん、たくちゃん。


たくちゃん:なになに。どうしたの。


わたし:なんかね、パソコンの中から音が聞こえるの。


たくちゃん:音? 電源もついていないのに?


たくちゃん:どんな音?


わたし:鼻歌。


たくちゃん:お前は何を言っているんだ。


わたし:ふんふーんふふーんって。


たくちゃん:ねーちゃん。


たくちゃん:大学でなんか、嫌なことでもあった?


わたし:ジュ◯シック・パークのテーマが聴こえる。


たくちゃん:オーウ。ダイナソー。


わたし:オーウ。ダイナソー。


―――――――――――――――――――――


 いやさ。私だって、自分の耳をうたがうよ。

 なんでパソコンの中から、あんな壮大で感動的なテーマが聴こえてくるの?


 しかも、エラくノリノリだし。抑揚よくようついてて、表現力豊かだし。

 声、すごく可愛いし。


 なにこれ、うらやま。


 と言うか、コレって……女の子の、声?


 私は、恐る恐る、未知への扉を開いていく。


 パソコンのフタがゆっくりとスライドしていき、その先に開けた空間――


「ふんふーんふふーん ふふふーんふふんふんふーん」



――パソコンのフタを開けると、そこはお風呂場バスルームだった。



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