第3話
「うー、いちちちちィっ…」
「バカみたいにからかうからですよ、タロット? そういうモノを自業自得と言うんです、かの聖書の中でも―――」
「わーった、解ったってば! ビズはどうして毎回毎回聖句を説きたがるんだぁ? お前、元はと言えばそれの所為で死んだようなもんじゃねーか」
「それは…違いますよ。情報に疎かった私の、それこそ自業自得だったんです」
けっ、清廉潔白なご精神ですこと。
…って言ってますね、タロットの目は。それでも一時期よりは大分私に対する態度は軟化してくれたんですよねぇ、最初はなんと言いますか、『モロ』に『人間如きが』っていう態度でしか接してくれませんでしたから。
ひょい、と、教壇の上にある聖書を取り上げる。この聖書ももう百年ぐらいつかってますからね、すっかりボロになってしまっているようですが…どうにも、捨てる気になれないのは何故なんでしょう…。それを書架に仕舞い、火掻き棒によって頭に小さなヤケドをつくったタロットの手当てをするため引出しの中にある救急セットを取り出す。
タロットとヴァニラは生粋のモンスターさんらしいのですが、私だけは人間から中途半端に進化――なんでしょーかねぇ…――してしまったモノですから。だからこういう場所に無理矢理閉じ込められて、誰もやりたがらない仕事を押しつけられて―――おっと、こんな暗いことを考えていてはいけませんね。長い人生楽天主義が一番です。
「だってよ、ビズ? 見ただろ、ヴァニラの顔」
「…そうですね」
不変の日常に、代わり映えのしない仕事に、生きることにさえ退屈を覚えてしまっていた獏尉。この城の主ではあっても、けして自由を手にする事は出来ないある種の補囚者。
なるほど、慣れた女性の前ではすっかり地の硬派ぶりを見せているようでも…案外軟派なんですねぇ、タロットは。
「なに笑ってんだよビズ? 俺は野郎の笑顔に興味はナイぜ…って、あいだだだだだだっ! しょ、消毒が染みるってばっ!」
「この分なら明日には治ってるでしょうね…いいですねぇ、丈夫な身体。軟弱な私には羨ましい限りです。ところで、小さなレディとヴァニラはどうしたんです?」
「あ? ああ、クリスに城の中見せてるって。次に神さんが来た時に相談するしかないだろ? あの子自身に心当たりがないって言うんだから」
「…それを鵜呑みにして…いいものでしょうかね」
「なんだよ? 引っ掛かるじゃねーか」
「彼女には少々疑問が残りますよ。悪夢の話を聞いている時の彼女の目には…何か企んでいるような光がありましたからね。私の人を見る目は確かなつもりですよ、初恋の人の名に賭けてもいいです」
「賭けるな」
小さなパンスネを中指で上げて、タロットは考えこむような態度をを示す。…一見ただのナンパ男の様ではありますが、それでいて中々頭がいいようですね。まぁ、バカだったらこんな所に配属されないのでしょうが。
「ちょいとばかり…気をつけてみるか」
「そうですね、どうやらヴァニラは彼女の事が気に入ってしまっている様ですから」
「べ、別にあいつに気を遣うとか傷つかないようにしてやろうとか思ってるわけじゃない! 悩める未来のレディが心配なだけだ、余計な気を回すんじゃねーぞビズ!」
「あはは、そういう事ですか」
「だからっ!」
「語るに落ちていますよタロット、はい治療は終りです。ハゲが残ったらご自分の能力で片付ける事をオススメしますよ」
「ハゲハゲ言うなっつーの! お前もハゲにするぞビズ…俺様はその昔、大江戸城下の人々を恐怖に陥れた髪切り妖怪だからな」
「そうですねぇ、あの時代の日本では髪を切られた女性は恥ずかしくて外を歩けないものだったと聞きますし、お侍さんも髷を結ぶ事が出来なくて大変だったでしょう。あなたはある意味、もっとも庶民的に恐れられたんでしょうね」
「まぁな。あの時代ではこの俺のハイセンスなヘアーカットに付いていけなかったのだよ…フッ、才能とは罪なものだぜ」
「あはは、罪ですかぁ」
「…バカにしてんなビズ」
「まさか今更そんなこと」
「おい、引っ掛かるぞ今の言い方。っと…そろそろ時間か、ちょっと行ってくるぜ」
「行ってらっしゃい、お気をつけて」
「おーう」
ヒラヒラと手を振り、タロットは礼拝堂を出ていく。雷鳴にステンドグラスが色とりどりの影を落とすのを見て、私は溜息をつく。
なんというか、ですね…嵐の夜は苦手ですね、こんな日にはイヤな事を思い出してしまいますから。自分が死んだ夜を思い出してしまいますから…。
軍靴の音に、周りのあらゆるものは連れて行かれてしまった。
心も身体もほんの僅かな自由でさえも、黒く続く足音が連れて行ってしまった。
狂気としか言えないようなそれは、さながら害獣を狩る狩人の狂宴のように繰り広げられる。人が人を狩ると言う、おぞましい行動の応酬が繰り広げられたあの夜。
死んでいった多くの同胞達よ。私はここにいます。
旗を掲げては演説を繰り広げていた彼らの夢はなんだったのでしょうね。絶えず誰かを傷つけ、一日も休む事無く残虐に人を殺していた彼らは、一体どんな夢の中にどんな安らぎを持っていたのでしょう?
巡礼の旅から帰って来た私が見たのは、戦火と軍隊。逃げ惑う人々。かつての同志達はみな、暗く狭い箱の中へと詰め込まれる。
呆然と町を見る私の背中に、一発の銃弾―――…。
…迷い込んだお嬢さん。よい夢も悪い夢もあるモノです。
ここには悪い夢を閉じ込めています。たくさん、たくさん閉じ込めています。
悪夢に毒される前にお帰りなさい。生きているからには良い夢を見なさい。
ここに留まるのは、良い夢を見終ってからにしておきなさい…。
私達はもう夢を見ることも出来ないのですから。
「で、ここが礼拝堂よ。基本的に誰でもどんな宗門でも受け入れちゃう寛大な神父様の管理・運営の下で、城内でも不動の位置を築いてるってワケ。でしょー、ビズ?」
「はいはい、そうですね。それというのも私が来た時に、お優しい城主様がわざわざ立派な礼拝堂を建てて下さったお陰ですよ」
「ヴァニラちゃんが建てたの?」
何時の間にか『ヴァニラさん』から『ヴァニラちゃん』になってますね。意外にもヴァニラは子供に懐かれるタイプなんでしょうか…? 精神年齢が近いとか。
「そ、神父がくるってゆーからわざわざ建ててあげたのっ。あたしは基本的に優しい城主様だからねーっ…あり? そーいや、タロット見ないね?」
「お仕事ですよ」
「ああ、もうそんな時間か」
「お仕事? 夢を選ぶお仕事のこと?」
「うん、そうよ」
「お仕事は夢を見る夜だけで良いんじゃないの?」
「そうよ。つまり、一日中ね」
「…どうして? 一日中夜なんて…朝もお昼もちゃんとあるのに」
「地球は丸いからね。一日のどこを取っても、どこかで夜を迎えてはいるのよ…だからあたし達には、朝も昼も夜も厳密にはないの。あるのはティータイムにしかならない休憩ぐらいっか、あはは。それでも随分ヒマしちゃってるけどさ」
「 ? よく…わかんない」
「あとでビズが説明してくれるって」
「あはははは、決定ですかヴァニラ」
「あはははは、そのとおりよビズ」
青い夜が回る。時間は過ぎ行く。
眠りも目覚めもない世界で、私達は何を思っているのでしょうかね。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます