君を愛しているから

なみき・みお

君を愛しているから

 僕はカメラのシャッターを何度も、何度も切った。レンズの向こうには僕が愛して止まないジョゼフィーンがいる。今日も美しいブロンドの髪を揺らしながら、同僚達と笑い声を上げていた。

 ジョゼフィーンが微笑んだ。急いで僕だけの彼女を写真に収める。

「なんてキレイなんだ、ジョゼフィーン。やっぱり君が一番輝いているよ」

 僕は夢中でシャッターを押した。今や僕の部屋はジョゼフィーン・コレクションで埋め尽くされているけど、あれだけじゃあ足りない。もっと、もっとジョゼフィーンは輝けるんだ。そう、僕は彼女の美しさを最大限に引き出すためにここにいるんだ。彼女だってきっと喜んでくれるさ。僕のコレクションを見たら、あまりの感激に涙を流して喜ぶに決まってる。

「君、ここで何をしているんだ」

 後ろから声を掛けられ、しかめっ面で振り返ると、そこには体躯のよさそうな男が僕を汚物でも見るような目で見つめていた。出っ歯でニキビ面のコンプレックスの塊みたいな僕とは対照的な、少し色黒で凛々しい、世の中の女性が持てはやしそうなルックスの男だ。

「ここは社員しか立ち入れない場所だ。君はここで何をしている?」

 男はすぐに、僕から、僕の持っているカメラへと視線を落とした。

「ちょっと野鳥の観察をね」

 僕の言葉を、男は訝しげに繰り返す。

「野鳥の観察……?」

「そうだ。それもただの野鳥じゃない。この世で一番美しい鳥さ。その鳥が一番輝いている姿をこのカメラに収めてただけだ」

 僕は笑って、自慢のカメラを男の目の前にチラつかせた。男の訝しげな表情はまだ消えない。

「どこにそんな鳥がいるんだ。種類は? 名前は? 今はどこにいる?」

「どうしてお前みたいなヤツにそんなことを教えなくちゃいけないんだ。彼女は僕だけの鳥だ」

 くるりと男に背を向けて、僕は再びカメラのレンズを覗き込んだ。相変わらずジョゼフィーンは透き通った美しい声で笑っている。

「「彼女は」?」

 男の突っ掛かるような言葉に、僕はレンズを覗いたままの姿勢でイライラと答える。

「鳥の愛好家は彼らを「彼女」と呼ぶんだ」

 このひと言が効いたのか、男は荒い砂埃を立てて来た道を引き返して行ったようだった。これで誰にも邪魔されずジョゼフィーンを見ていられる。あぁ、愛してるよ僕のジョゼフィーン。

 今日手に入れた新しい写真も含めると、僕のジョゼフィーン・コレクションは1435個になる。もちろんコレクションは写真やビデオだけじゃない。彼女の住所、電話番号、友達の人数、両親を含めた家族の名前、趣味、特技、毎日つけてる日記の内容も、電話の内容も何でも知ってる。まぁ、一番のお気に入りは彼女のつけてた友達との交換日記だけどね。

 知ってるよ、彼氏に振られて一週間泣きながら過ごしていたこと。だから早く元気になるように手紙と、花束を贈ったのに、どうして返事をくれないの? ああそうか、君は恥ずかしがり屋さんだね。僕と同じだ。


 しばらくジョゼフィーンを見つめていると、彼女は急に誰かに手を振り始めた。それはそれは満面の笑みで。しかし、次の瞬間僕の体全体に衝撃が走った。ジョゼフィーンが手を振っていたのは、さっきまで僕と一緒にいたあの男だったからだ。心の中に怒りの炎が上がった。

 会話はまったく聞こえない。でも、ジョゼフィーンは今まで見せたことのない笑みを浮かべて男の胸へと駆けて行く。男も、何のためらいもなくそれを受け入れ、ジョゼフィーンを堅く抱きしめる。終いにはお互いの腰に腕を回し合い、熱烈な口付けを交わしていた。

 許せない……許せない! 僕のジョゼフィーンに、よくも。

「殺してやる」

 口の中で乱暴に呟いて、僕は武器になりそうな物はないかと辺りを見渡した。すると偶然にも、錆びてはいるが、手ごろな鉄パイプが不法投棄のゴミと一緒に捨てられていた。

 これだ、これであの男を殴り殺してやる。

 僕はその鉄パイプを力強く握り締め、ジョゼフィーンをあの男から救い出すべく裏口へと向かった。

 木々が並び、草がぼうぼうと生えた小道を突き進んでゆくと、ジョゼフィーンの甘美な声が聞こえてくる。

「まだ行かないでディラー。もっと、もっとあなたの側にいたいのよ」

 見ると、甘い声を出したジョゼフィーンが、男の腰に片腕を回し、もう片方の手で男の頬を撫でていた。男は再びジョゼフィーンと唇を重ねる。

 ああ、君は騙されてるよジョゼフィーン。ほら、現実を見て。君に相応しいのはそんな男じゃなく僕だよ。待っていてね、今僕がそいつの呪縛から君を解放してあげるから。

 僕は鉄パイプを握りなおし、フェンスの奥――2人の目の前に躍り出た。

「ジョゼフィーン……僕のジョゼフィーン。大丈夫だったかい? 今助けるよ」

 男は僕の持つ凶器に気付いたのか、とっさにジョゼフィーンを背に庇うようにして、数歩前に進み出た。

「あなた何なの!」

 ジョゼフィーンはいつもの美しい笑みを崩して、睨みつけるように僕を見つめている。せっかくの美人が台無しだ。

「ずっと、ずっと会いたかった。僕は君を愛してるんだよ、だから、君をその猛獣から守りに来たんだ!」

 ジョゼフィーンの口元が歪むのも気にせず、僕は男に向けて鉄パイプを左右上下に振り回した。彼女は、悲鳴を上げて逃げようとするが、つまずいてその場に倒れこんだ。男はパイプをギリギリで避けて、彼女の元へ駆け寄ってゆく。

 鉄パイプを砂の上でずるずると引きずりながら、ゆっくりと2人に歩み寄る。男は彼女を解放していて何も気付いていない。

 僕は渾身の力を込めて、パイプを大きく振り下ろした。


 死ね……死ね……死ね……! 僕のジョゼフィーンを汚した罰だ。


 何度も何度も、我を忘れて殴り続けた。飛び散る赤色も、叫び声も、何も気にならない。ただひたすら、狂ったように殴り続ける。



***



 気が付くと、そこには見るも無残な姿になった、2人の遺体があった。男の屍よりも、彼女の遺体の方が損傷が激しく見えるのは僕だけだろうか。

 全てがぐちゃぐちゃで、もう見る影もない。目、鼻、口がどこにあったのかすら分からないし、2人の服も、地面も、赤茶色の液体で染まっている。

 僕は血まみれの鉄パイプを見つめ、静かに笑った。

 君が悪いんだよ、ジョゼフィーン。僕を裏切るから。僕はこんなにも君を愛してたって言うのに。でも、嬉しいでしょ、願いが叶って。

 僕は君の事を何でも知っているよ、ジョゼフィーン。


 子供の頃の将来の夢は、《天使》――ってね。

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