episode5  aki&rud&shoo

「ほーら、子供たち!今日もお疲れ。寝るじかんだよー!」

 今日は客が多く、いくら見かけ以上の部屋の多さがあると言っても、子供部屋を明け渡し、大人たちも部屋を明け渡さねばならない日だってある。

 家畜小屋にまで止まるような客もいるとき、一家がどこで眠るのかというと、そう。

 リズの大きな声が響いたのは、地下。薬草や食料、長い時間を経て色の変わった本や、血と汗の染みた武器独特のにおいの充満した暗い倉庫を、リズの魔力の赤い光が照らす。

「…そこの勉強家二人は、適当なところで切り上げなさいよ」

 少年二人にそう言い、しょうがないという優しい苦笑を見せ、リズもマリィもそれぞれ必要な道具を棚から適当に選んでいた。

「イング、ほんっとうにごめん!!」

「ううん。わたしこそごめんね、アキちゃん」

 薬草棚の下で一枚の毛布の中、仲良く笑いあい、眠そうな目をしたアキとイングを見ながら、ラドは本をぱらぱらとめくっていた。隣では、絵本を抱えたシュウが、もうとっくに眠りについている。

 反対側、左隣でから、いつもなら本を覗き込む顔が、今日はなかった。

 親たちは、あともう一仕事あるために上に戻ってしまい、今ここにいるのは子供だけだ。薄暗く、リズから引き継いだウィンの光が照らす本を閉じ、ラドはこつんと何か考えているウィンの肩にもたれかかった。

「ウィン。悩み?」

「悩み…とは違うな、うん」

 深く息を吐きだしたウィンも、ラドに体をもたれさせる。

「つらいこと?」

「いや。でも、めんどくさい」

 まあいいや、といつものように寝る態勢に入ったラドだったが、いつもなら消える魔力の炎が消えず、閉じた目をしかめた。

「ウィン…」

「ん…あ、ああ、わりぃ」

 すっと、目を閉じた暗闇の向こうで、明かりが遠のいた気配はあった。しかし、消える気配はない。

「ちょっとウィン!寝れないじゃない!」

 アキのかしましい声に、適当な生返事すらウィンは返さない。イングは何も言わないが、薄く開いたラドの目には、彼女の困った顔が見えた。

「にーにぃ?」

 ついに、眠そうなシュウがラドの服の裾を引き、眠っているのか起きているのか判別のつかない表情の(しかし明かりが消えていないことから起きているとわかる)ウィンに対して、ラドは強硬手段をとることにした。

「ふんっ!!」

「ぐえぁ!?」

 ラドはウィンに体を持たれかけており、そこからさらにウィンもラドに体重を預けて寄りかかっていた。

 つまり、頭突きを決めるにはきついが、全力で体重をかければ簡単に石の床に押し倒してダメージを与えられる。そのうえ、寝ぼけてよじ登ってきたシュウと合わせて二人分の体重で押しつぶすこともできるため、結果。

「ウィン!?」

 思わず上がったイングのか細い悲鳴に、眠い目でウィンの状態を確認すると、白目をむいて死にかけの魚のように口をパクパクと開閉させていた。体の端々がピクピクと痙攣しているようだが、深く息を吐きだして体を起こしたラドはそんなことは見ていない。

 同時に、地下室を照らしていた光が消え、自分の手のひらすら見えない暗闇が落ちる。

「じゃあ、おやすみー…」

 大きな欠伸を一つして、ほとんど眠ってしまっているシュウを抱きかかえたラドは、そのまま冷たい床に薄い布を引いただけの寝床に倒れ伏す。

 日常の範囲内とはいえ、今日はアキがスライム(?)に襲われて、大人たちにさんざん怒られて、掃除もたくさんして。一言でまとめるとすれば、疲れた。ウィンが何を考え込んでいるのかは知らないが、早く寝てしまいたい。

(それに、眠ってすっきりしてからの方が考えもまとまるよー………)

 イングのおろおろした気配が伝わってくるが、アキは薄情にもさっさと眠ることにしたようだ。

「おやすみなさい、ラド。イングも、早く寝たら?今日、一回倒れてるでしょ?」

「う、うん。お休み、アキちゃん、ラド君」








 真夜中。ラドのふくらはぎに、柔らかな衝撃が連続して襲いかかった。

「う~ら~め~し~や~」

 低いとは言いにくい、それなりに頑張って出していることがわかるアルトに、ほんの少し逡巡し、

「うう………うちの裏は草原……」

「お前、わかっててボケただろ今!」

 言い返してきた潜めた声に背中を向け、ラドはシュウの頭を撫でる。柔らかい髪の毛が、小動物のようで触り心地がいい。

 そのまま眠りに戻ろうとしたラドの背中に、今度は息の詰まりそうな衝撃が走った。

「ぃったぁ………」

 寝息をたてている三人を起こさないよう、やはり声を潜めたラドだが、はっきりと見開いた眼に映ったモノに驚愕する。

「アキ!?」

「え!マジ!?」

 シュウを挟み、向かい合うように寝たふりをしていたアキが、ラドとウィンに向かって、口の前で人差し指をたてた。

「イングとシュウが起きちゃうよ?静かに」

 あわてて口を塞いだ二人が、息を潜めて耳を澄ますと、幸いなことに二人が起きた様子はない。

「男の子だけの秘密の相談事って、仲間外れにされてるみたいで面白くない」

 しかめっ面が、暗闇の中でも伺いしれるアキは、不機嫌そうな声で言い、

「でも、双子とはいえおにいちゃんだもんね。わかるよ、私も双子とはいえおねえちゃんだもん。イングに、自分の悩みは教えたくないのも、私に聞かせたら、女の子同士での話の中で、イングにばれちゃうんじゃないかって心配も」

 口を尖らせ、声を潜めたアキの言葉に、ほんの少しラドは悔しいような気がしたが、溜息を吐いたウィンの方が今は気になる。

 生まれたときから一緒に居る、姉弟と同じだけの時間を過ごしている間柄。悩み、嘘、怒り。様々な感情や隠し事のサインは嫌でもわかる。

「………………」

 茫洋とした虚ろな目と、心ここにあらずと言った表情。これは、嫌な悩みを抱え込んでいるときのサインだ。

「大変だな、って思ったんだよ。勇者ってさ」

 投げ捨てるようにぞんざいで、適当で。

 だが、どうでもいいと思えるなら、悩みにはならなかった言葉だ。

 そっか、とラドは頷いて目を閉じる。

 アキも、ゆっくりとシュウを起こさないように布団から這い出て、自分の寝ていた場所へと戻っていく。

 それ以上は、二人とも何も尋ねてほじくり返すようなことはしない。

「……父さんや母さんと違って、宿の外のことなんてわかんねえけど」

 話したいと思ってくれたなら、それでいい。

 静かに、囁く声で話す声が、アキまで届いているかどうかラドにはわからないけれど。きっとアキも、聞こえるならそれでいいし、聞こえなかったとしてもそれで構わないのだろうと思う。

「みんな、それぞれの世界で、『魔王』って呼ばれるやつがいて、そいつを倒すために集まって、旅をしてて」

 流れるような囁く声は、子守歌のように眠気を誘う。でも、ちゃんと最後まで聞いていようとラドは目を開いた。

「でも、周りのやつらにも、いつも言われてるじゃん、お前だけが『魔王』を倒す希望なんだって」

 それは、ラドも父や母の手伝いをしているときに聞いたことがある。宿に泊まるついでに、剣や魔法の修行レベルアップをしていく旅人たちが、仲良さげにそう言っていた光景を、見ることもあった。

 なぜか。それは、とても薄ら寒いような気がして、ラドはいつもすぐに逃げてしまい、アキやリズに怒られてしまうのだったが。

「一人って、大変だなって思ったんだよ。今日母さんとマリィ叔母さんが怒ってたけどさ、あの人、最初からここにも一人で来てたじゃん。余計に誰もいないから、自分しかいないからって、余計に自分を追い詰めて。あんなボロボロになっても自分を自分で止めきれなくなってたんじゃないかって、さ」

 深く、深く息を吐きだしたウィンは、言いたいことを言い終えたのか、ごそごそ布の中に潜っていった。

 目を閉じたラドは、布の外に転がっていこうとしたシュウを軽く抱きしめ、

「なんで、まおうを倒せるのて、ひとりなんだろうねー………」

 眠りの波に襲われた言葉は、途中で消えていく。

 今度こそラドは、何をされても朝まで起きることはなかった。

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宿屋の主人は今日も今日とて旅人の世話をする アヴィ・S @avidstrega

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