episode4  bug point

 子供たちは、余計なことをしてくれたと、最初はそうマリィは思った。

 一口に魔物と言っても、害をなす者、なさない者。様々存在し、要はただの獣よりも力が強く、特殊性があるだけであり、対処法さえわかっていれば魔物と言えどもただの獣や人間と大差はない。ヒトを一度襲い、明確なメリットがあると判断すれば、今後も人を襲う可能性があるのは双方ともに同じ。これが、前提1。

 よって、仮に偶然倒せたとしても、明確な対処法がわからないうちは、見つけたらまず逃げて様子を窺う。これが、前提2。

 偶然倒せた際に、スライムなどの条件がそろえば簡単に復活する生物の体の一部。特に核を持って歩くなど、言語道断。一度人を襲うことが分かった魔物は、いつ復活してまた人を襲うことになるのかわからない。そのときに危険にさらされるのは自分だけでなく周囲もだ。

 テオいわく、高威力で粉砕はしたものの、あんな見たことのないスライム次も倒せるかどうかは分からず、積極的に関わりたくないと言っていた。

「ねえマリィ、この聞かん坊へのお説教はいいのかしら」

「大人の言うことを聞かないことに関して、私たちは何も言えないと思うけど」

 治療後は滾々と眠り続けている厄介な客の様子見も兼ねて、医務室で大人3人が話をしていたところに、子供たちは駆け込んできた。

 一通りマルコとの口喧嘩を終え、疲れた顔をしているリズをやんわりとたしなめたマリィは、身をすくませているアキと顔を赤くして息を弾ませたままのラドを見下ろした。

(血は争えない、かな?)

 本当は、苦笑の一つでも浮かべて笑い話にでもしてしまいたいところだが。リズはそれを許さないだろうし、ビンの中身は本当に万が一のことを考えると洒落しゃれにならない。ここはきちんと叱ってもおくべきだろう。

 ただ、どう叱ったものかは、まだ思いつかないが。

「テオ、これ間違いなくテオの言ってたやつ?」

 ビンを普段ならば投げて渡すところだが、そっと割ったり落としたりしないように手渡す。

 受け取ったテオは軽くビンを揺らすと、返事の代わりにしゃがみこんでアキと向き合った。

「アキ。これまさか素手で触ってないよね?」

 首を横に振ったアキに、ほっとテオは息を吐き、

「あーよかった。ちょっと強力なの使ってたから、万が一素手で触ってたらどうなってたか………」

 笑顔なだけに、テオの一言には妙な迫力があった。

「!?」

 固まるアキとラドの頭をポンポンと撫で、その場を収めてしまったテオだが。悪鬼羅刹のごとく怒りの形相を浮かべたリズに子供たちが怯えていることに、彼はまだ気づいていない。

「テ・オ」

 ひんやりと、冷気のような静かなリズの怒声に、テオはのんきに首をかしげて振り返る。

「ちょっときょうry」

「分解の遅い毒は使わないでって言ったじゃんテオ!!」

 一瞬、言葉を遮られたリズも、双子も理解が追いつかなかったらしく、ポカンと大声を出したマリィを見上げていた。

「え?でもさ」

 ただ一人、テオだけは彼女の言葉に対し首をかしげたまま、

「スライムとか、弱いけど条件揃えばすぐに復活するし、だったら復活しにくいように強力で分解の遅い毒を浴びせて、じわじわダメージ与え続けた方が効率的だよ?」

「それを草原とか共用の生活帯ですると、地面に染み込んだ毒で関係のないヒトが迷惑をこうむるからやめてって、前にも言ったでしょ!水場近くじゃなかったのは不幸中の幸いだけど、水源にそれが流れ込んだら、ここのお客さんだって大変なことになるのわかってるし知ってるよね!?」

「あー……そうだ、考えてなかったそれ。ごめん」

 万が一が起きてしまえば、まったくもう、で終わる話ではない。

 それをまったくもうの一言で済ませてしまうのがマリィとテオであり、

「まったくもう……じゃないでしょマリィ。テオ!」

 それで済まさないのが、リズだ。

 リズの高い大声の飛ぶ中、マリィは子供たちに手招きし、少し離れたところに呼び寄せる。

「あなた達を怒るのはお父さんがやっちゃったから、お母さんから言わせてもらうのは、あなた達を怒るのとは別の心配」

 静かな温かい声色でそう前置きし、目線を合わせるためにかがみ、

「お父さんと伯父さんの仕事は知ってるね?」

 頷く子供たちの頭を、優しく撫でる。

 愛する夫と親友であるその兄の仕事は、宿の周辺の見回りと、食用家畜の世話。そしてもう一つ、この宿を特別たらしめている結界の維持。

 宿周辺の草原も含めて、数多の世界に存在する勇者一行と一部の脆弱な魔物などのその他生物、安全な旅人と行商人以外は出入りを不可能にする、特殊な結界だ。だから、この結界の中に、今は核のみを残して動くことのないこのスライムとは別種の生物がいるはずもない。また、今は自室で昼食をとっているマルコに聞いた話では、しるし付きの野竜ワイバーンの群れまで飛んでいたらしい。

 結界が正しく機能しているなら、まずふつうはありえないのだ。

(バグ。としか言いようがない)

 セーブポイントは、安全でなくてはならない。

 勇者がセーブポイントにいる限り、物語は進まず一日をループし続ける。もっとも、ループに気付ける者は勇者を含めて『oyadoya』の従業員の他には誰もいない。

 一日をループしながら、勇者を確実に成長させるための、神様の造りだした世界に優しい仕組み。

(いや、そもそも『oyadoya』ここそのものがバグみたいなものだから、正常に戻っていると言えないことはないんだけど)

「こんなスライムが入り込んで、お客さんに危害を加えたりしないようにするのが、お父さんたちの仕事。だから、なんでこんなのが入り込んでいるのか調べるためにも、襲われたときのことを詳しく教えて?」

 ピンポイントでとらわれたアキを傷つけることなく、スライムに似た生物を粉砕できる位置にテオとマルコがいたのなら、アキがとらわれる前にそもそも気付けるはずなのだ。

 そうできなかったのなら、そうできなかったなりのなにか理由がある。

 理由を解明し、早々に場を『正す』。

「アキが走ろうとしたら、地面にそれまで正しく流れてた魔力が、急にグバァってなって、アキの足をからめとってたよ。そのあと、それがスライムになったときはものすごくびっくりした」

 すぐさま答えたラドの言葉にアキが目を丸くしているところを見ると、アキは自分を襲ったモノの姿を正確には把握していなかったらしい。

 やっぱり、と。

 顔をしかめたマリィのすぐ後ろで、ギシギシと物が軋む音がした。

 診療台に縛り付けられた、患者兼客が、どうやら目を覚ましたらしい。

「そういえばかあさん、どうしてその人縛り付けてるの?」

 不思議そうに首をかしげる姿は、どこかテオに似ているラドの問いに、マリィは軽く肩を竦め、

「どーうにも、自殺志願思考だったから、頭冷やすまでって縛り付けられてるの。伯母さんリズにね」

 







「イング!?もしかして、魔法使ったのか!?」

 おろおろと叫ぶ父マリオに、ウィンは冷静に頷き、

「ちょっとな。母さんどこ?一応、応急処置はしたけど、しっかり診てもらわねえと心配」

 とりあえず、客と鉢合わせにならず、なおかつシュウに開けられる扉のある場所を選んで両親の部屋まで運んできたのはいいのだが、肝心の母がいなかった。

 しかし、父は不安と心配を表情の全面に出したまま黙ってウィンの腕から脂汗を浮かべてうずくまるイングを抱上げると、そのままベッドの上へと運んだ。

「~~~~~~~~~」

 低く、歌うようにこぼれだした音のうねりは、竜族だけが使うことのできる魔法の詠唱。自然環境を捻じ曲げることも、傷を癒やすこともできないが、身体を整えて筋力や肺活量を増減することが出来る。例えば、呼吸困難に陥っている人物の呼吸を助けたり、普段は足の遅い人が、足の筋力を上げることで一時的に走る速度が速くなったり、というように。魔法よりも使い勝手は悪く、途切れてしまえば効果の消える程度のモノでしかないが。いとこ同士の中で使えないのはウィンだけだ。

 母さんを呼んでこい、と父は手振りで示す。ならば居場所は、一か所。

 薬草もどうせ同じ場所に届けなければならないため、シュウと共に部屋を出てウィンは、さっき上ってきた階段を下りていく。

「ウィンにーに、ウィンにーに!」

「ん?」

 ウィンが籠を受けとってしまったために手すきになったシュウに袖を引かれ、見下ろしてみるとニッと笑った歯が黒い。

 だが、ウィンはそれに驚きはしない。

 なぜなら。昔、アキとさんざん同じことをして、ラドとイングを脅かしたからだ。

 少し、口元がシュウに見えないようにそっぽを向いて、カゴの中の草の中の二つを指でつぶしてその液を歯に塗り付ける。

「シュウ。ニッ」

「きゃほおぉぉ!!」

 楽しそうに笑うシュウだが、実はこれはかなり苦い。口の中に広がった苦味に、思わず顔が引きつってしまうため、こんないたずら簡単にばれてしまうのが普通だが、あのお人好し二人はそんな簡単なことに気付かず、何度も何度も騙されていた。さすがに、今はもうだまされない。と、思いたい。

 しばらくシュウと歯の見せ合いをしているうちに医務室の前まで来ており、うっかり通り過ぎそうになってウィンは、数歩下がって扉を開けた。

「かあさー……」

「まだつべこべ言うようなら、拳本気で振りぬくぞこのヤロウ」

「マリィ、本気で振りぬいたら死んじゃうから。ね?子供たちも見てるし、せめて半力ぐらいにしとこうよ、ね?」

 またか、と思わずウィンは、いとこ達やリズと同じく頭を抱えかけた。

 たしかに、あの客はけがの手当ても負えないうちから出て行こうとしており、客の目的を考えればそれは自殺行為としか思えないことではあった。

 ただ、説得するのに殴って黙らせるというのは、少し違うんじゃないかと言いたくても言えない。伯父のテオも、これは止めているのだろうか?

「まだ、アンタのレベルで『外』に出たって、なんの解決もできないって言ってるの!ケガも治ってないし、剣の刃こぼれやクセの付き方見たって、武器の扱いに慣れてないのもすぐわかる。アンタは『勇者』で、『魔王』を倒せる唯一の希望なんでしょ?」

 声色はきつく厳しいが、それは、ウィンやアキが命にかかわる大事を起こした時に、しかりつけるのとよく似ている。温かく、だからこそ余計に心が苦しくなる、そんな厳しさ。

「コンティニューできるっていっても、限度だってないわけじゃない。ここでアンタが死んで、それが限度の上限だったとしたら、『世界』は『魔王』を倒せる『希望』を失ってしまうってことまで、ちゃんと頭回ってるの?」

 母親二人は、容赦ない。自分の子供だろうと、赤の他人である勇者だろうと、オークやトロールやケットシーだろうと。

 一番、痛いところを容赦なくついてくる。

「有料だけど、レベルアップのためなら安いでしょ。ここの施設しっかり利用していきなさい」

 商魂たくましいな、と思う人もいるかもしれないが、1日500G(薬草5束の半額)で回復料込というのは、結構良心価格。

 そして。

「かあさん!イングが魔法使って倒れた!!」

 勇者も周囲も押し黙り、母二人が彼にプレッシャーを無言でかけている隙をウィンは逃さない。

「アンタそれ早く言いなさい!」

「言おうとしても言える空気なかったんだよ!二階の母さんたちの部屋!」

 甲高く怒鳴りながら、リズは木の杖を片手にウィンの方へと向かってくる。

「ウィンにーに。ばーばい」

 可愛らしく手を振るシュウに手を振り返し、母に半ば引きずられるようにして出て行ったウィンの目の端で、勇者は。

 まるで、その表情は。

 なんだかよく知っているような気がした。

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