chapter1
episode2 my father
マリィの娘、アキは、この宿屋の仕事を気に入っていた。12歳にして子ども扱いせずに仕事を割り振りしてくれる両親にも、時たま無茶を言いつけられることにも不満はない。
しいて、不満があるというなら。
「ラードー!おいてっちゃうよー!」
「ま、待ってよアキ!」
双子の弟。銀髪と、母親と同じ色をした瞳の中に、父と同じ猫のような縦の瞳孔が入ったラドが、しゃんと男らしくしてくれないこと、だろうか。
はあはあと息を切らせ、ようやく追いついたラドは、剣の腕前も格闘技も、一度としてアキに勝てたためしがない。体力も6つ下の弟のシュウよりもない。いつも刺繍や読書ばかりしていて、外に出ようともしない。母マリィは、それも良しと笑っているが、アキとしてはせっかく男に生まれているのにそれを生かそうとしないラドのことは釈然としない。いや、男だとか女だとか関係なく、体を動かしたくないということが理解できない。
今日だって、せっかくのいい天気。自分たちの背丈をゆうに超える草で構成された草原に吹き渡る風は心地よく、どこかで冒険者が魔物でも倒しているのか、金切り声に似た断末魔が響いてくる。
「ラド、とうさんと叔父さんどこら辺にいると思う?」
「ええー………見当つけずにここまで走ってきたの?」
呆れ顔に疲れのにじむ、短い草の上に寝転がってしまったラドを見て、こんなことなら、いとこのウィンを誘って来ればよかったと思いかけて思い直す。彼だって、自分のまかされた仕事の最中であるのだから、邪魔してしまっては悪い。
けもの道をただ走っているだけでは効率が悪い、ということに今更ながら気づいたアキは、ある提案を疲れ切った双子の弟にする。
「空から探す?」
「だめって母さんに言われてるだろ、だめだよ」
まだ肩で息を整えながら、真面目にもそういったラドに、アキは口を尖らせた。 その背には、銀に輝く鋭い鱗に覆われた、翼が生えている。ただしそれは、対をなすものでは無く、片方だけ。ラドとアキ、二人で一対。一人ではまだ、飛ぶことは出来ない。
さらさらと光の粒になって消えた鱗の生えた翼。それを見ればわかったように、二人は純粋な人間とは言い切れない。誇り高く天を駆ける
ラドが息を整えるのを待っていると、ふっと二人の上を大きな影がよぎった。
「あれ?騎乗種の
手でひさしを作り、よく見ようと目を凝らすも。その小型の竜の群れは、すぐに視界のかなたへと飛び去ってしまう。同じ竜と呼ばれはしても、彼らとアキたちでは、チンパンジーと人間くらいの差がある。
「どっかから逃げ出してきたのかな?アキ、所有印見えた?」
「ダメ、ぜーんぜんっ、どこのかわっかんない。あ、でも、うちのじゃなかったのは確かだよ。しるし入ってるのは見えたから」
飼いならされた家畜は、竜であっても物扱いするのが人間。彼らは、生まれたときから人間の物だというしるしの入れ墨を、翼の皮膜に入れられる。そのしるしは、生涯消えることはない。そして、どこの誰の持ち物であるかを示す。
「ラド、もう動ける?息整ってるから走れるよね?走ろ!!」
「待って!待って待って待ってアキ!!またなんのアテもなく走る気!?それ僕死んじゃう!」
死んじゃう、とは言っても、少し休憩して余裕は出てきたのか、それとも自分が止めたくらいで彼女が止まるとは思って居ないのか。ラドもどこか楽しそうに、起き上がる。
「えー!大丈夫だよ、走ったぐらいで死ぬ人はいないって!」
そういって、またアキは元気よく走りだそうとした。そのとき。
「アキ!ダメ!止まって!!」
彼女を止めようとした時とはまた違う、必死な高い声が、アキの耳を打った。
「ふぇ!?きゃああぁぁ!?」
振り返ったとたん、世界は180度回転する。
真っ青な顔のラドの焦る表情が、一気に遠のく。
なにか、ぬるりとした気味の悪いものに足をからめとられ、逆さづりにされてることは混乱した頭でも分かった。
「うー!離せっ、離せー!!」
護身用の剣は持ってきていない。小さなナイフでは、身をよじっても自分のスカートで目隠しをされていることもあり。全貌の見えない相手には、かすりすらしない。
なぜ、こんな状況に陥ったのかはわからないが、とにかく。何処に向かっているのかも、何にさらわれているのかもわからない状況というのは、ただ単純に恐ろしい。
それでも果敢に、服の帯に隠し持っていたナイフを振り回す。
「はーなーせー!!」
一撃の手ごたえを求めて、見えない敵に向かって暴れる。
「アキ!~~~~~~~~!」
遠く聞こえたラドの声が、一気に近づく。
歌う旋律にも似た、独特の音のうねりが、聞きなれた声変り前の高い声で紡がれた。
同じ頃。
「どうしたの?兄さん」
金髪、そして猫のような縦の瞳孔が入った黄金色の目。どことなく、ラドとアキに似た雰囲気のある背の低い青年が、弓の手入れをしながら、隣に立つ男を見上げた。
「いや……一つ聞きたいんだけどテオ」
灰色の髪、やはり猫のような縦の瞳孔が入った金色の目。イングと瓜二つと言っても過言ではない背の高い青年は、腰に下げた使い込まれた剣に触れてテオに尋ねる。
「お前、結界を緩めたりはしてない、よな?」
「当たり前だよ!」
憤慨して即座に返ってきた答えに、マルコ=ドラコネは上空を飛び去って行った
「黒百合……
「もしくは、
マルコの呟きにつらつらと言葉を上げていくテオは、先ほどまでは影も形もなかった矢を手入れの終わったばかりの弓につがえると、軽く吐きだした吐息に乗せるがごとく、一点に向かって射る。
瞬間。
アキはその瞬間、ナイフを振り回すのをやめ、本能的に身を縮め、しっかりと目を閉じた。直後に、足をつかんでいた気持ちの悪い感触が消え、柔らかな草地の上に落とされる。
ラドはその瞬間、自分の叫び声がしっかりと届けたかった相手に届いたことを知り、アキを捕まえて逃げていくスライムを追いかけていた足を止めて、その場に倒れ込んだ。
「…テオ。お前やりすぎだ」
溜息交じりの兄の声に、そう?とテオは首をかしげる。その表情は、明るい笑顔でありながら、背筋を凍り付かせる殺気を伴っていた。
矢の軌道上であった草原の草は、きれいに10センチほどの幅で枯草道を作り出している。何処までもまっすぐに伸び、その終着点は、100メートルは先の、子供たちを襲ったスライムの居た場所だ。子供の背では見えなくても、マルコは余裕で、テオはギリギリ彼らのことが見える位置に実はいた。
ぺたん、と地面に座り込み、帯の中にナイフを戻したアキは、息を切らせて放心状態に陥ったラドに言う。
「そっか、大声でさけんでみたらよかったんだ」
「……アキ、僕、最初にそう言ったよ………」
「ああ、なんで来てるのかと思ったら、もう昼か」
「兄さん、それさっき僕言ったと思うんだけど。もう、日が高いって」
張り上げた子供たちの声を聞き、ほっと息を吐いたマルコに呆れたようにテオは笑いかける。
弓は背負い、甲高い指笛の音を響かせたテオの周りに、小型犬がわらわらと集まってきた。
「さあ、君たち。少し休憩に僕らは入るから、家畜たちを任せたよ」
キャンキャンと騒がしく吠えたてる犬たちをしり目に、マルコとテオは子供たちの元へと向かう。一体なぜ、スライムごときに襲われるようなことになったのかを聞きだすためにも。
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