宿屋の主人は今日も今日とて旅人の世話をする
アヴィ・S
Intoroducutory chapter
episode1 save point
かやぶき屋根の、レンガ造りの一軒家の外見ながら、一通りの宿泊施設を備える宿屋『oyadoya』。風呂は、
「いってらっしゃい。またいつでも利用してね」
銀の長い髪、虹やオーロラよりも、さらに多彩な色を持つ瞳の背の高い女主人は、大剣を背中に背負った屈強な男を、にこやかな笑顔で見送った。
「おかーさーん!団体さんのご案内おわったー」
この宿に、予約の連絡が来ることはまずもってない。
百人単位の団体だろうと、たった一人のとても人間とは思えないような体格の大男だろうと、 繊細に気を使わねばならない妖精族の少女だろうと、予約なしでいつだって受け入れるのが『oyadoya』では当たり前だ。
「ありがとう、アキ。じゃあ、
父親に似た金髪を男の子のように短く切りそろえ、服装だけは女の子らしく裾の長いワンピースを着た金色の瞳の娘に、『oyadoya』の女主人マルガリータ=ドラゴネ(通称マリィ)は声を張った。
「マリィ!マーリーィーッ!!!ちょっと手伝ってちょうだい!」
医務室、と呼んでいる部屋から強く響く高い声は、『oyadoya』お抱えの医術魔導士にして、
どうやら、少し前に宿泊に来た。もとい、担ぎ込まれてきた客の治療が、どうやら難航しているようだ。担ぎ込まれていたときも、全身に裂傷を負っていながらも男十人で取り押さえられるような形だったため、確かに、女性一人と子供二人では手に余るかもしれない。いや、実際に余っているからこそ、マリィが呼ばれたのだろう。
医務室に入ると、案の定と言うべきか。石の床に溶接されたベッドの上で、手かせ足かせをつけられて拘束された男が、背筋と腹筋の力を存分に生かして暴れていた。
その近くの机の上に、大量に怪しさ満点の薬品を広げたリズは、白衣の盛り上がった胸元を揺らしながら、自らの子供たちに指示を飛ばしている。
「イング、そっちじゃないわよ!そう、そっちの曇りガラスのビンの方。ウィン!あんたちゃんと睡眠魔法かけてるんでしょうね!?」
「かあさん、これでも全力だって!この人睡眠耐性つけてるんじゃないの!?」
キッと振り向き、リズに向かって怒鳴り返すウィンは、負けん気も容姿も母親似。容姿に関しては、男であることが惜しいぐらい。一方、おたおたとビンを抱えて広くもない部屋を走ってくるイングは、灰色の髪や黄色の瞳も含めて父親似であり、男でないことが惜しい凛々しい顔立ち。双子ながら、こうも全く違うことも含め、同じ年のマリィの子供たちと共通点は多い。
「リズ、12の子供に睡眠耐性持ちの相手に術かけさせるのは酷だと思うの」
言いながら、男の心臓に向けて掌底放ったマリィは、一秒も経たないうちに、ん?と首を横に傾げる。
治療をしやすいよう確実に意識を飛ばすために、うっかりすれば心臓が止まりかねないような一撃を放った。はずだった。
「……こう、してる…………間にも………」
男は、多少はおとなしくなったものの、まだギシギシと手足の枷を軋ませる程度に動いている。
うげ、と汗をびっしょりかきながら顔をしかめるウィンは一歩下がり、リズはしかめっ面でイングから受け取ったビンの中身を乳鉢に放り入れる。
「マリィ叔母さんの全力の掌底くらって、まだ動けるとかおじさんどんな化け物だよ」
「ウィン、マリィの全力食らったら、この人今頃胸に大穴あいてるわよ」
「このぐらいなら、マルコもテオも動けるしねぇ。勇者様なら、確かに耐えても当たり前、か」
はあ、と溜息にのせわざわざ強調したマリィの勇者という言葉に、男の動きは急にピタリと止まってしまった。
その一瞬の隙を逃すことなく、リズは男の体中に走る傷口に、ベタベタと赤い軟膏を貼り付けていく。
「安心、して?わたしたち、あなたに、わるいことしないから」
高く儚いイングの声に男は驚いたようだったが、すぐにまた暴れだそうとし。す、と心臓の上に置かれたマリィの手におとなしくなる。
「世界を支配し、人々を苦しめる魔王。やつに逆らうモノに関しては、密告せよとかいう制度が存在する世界の住人かな?レベル20の勇者でも、魔王にとっては脅威だろうからねぇ」
楽しそうに、嬲るような口調のマリィのむこうずねをリズは蹴り飛ばし、
しょうがない、と肩を竦め、マリィは。
「魔王を倒すにしたって、そのレベルは低すぎ。ここに泊まっている間に、鍛えていきなよ」
「そんな悠長なことをしている暇はない!!」
間髪入れずに怒鳴り返した男の声に、びくりと震えたイングの肩を支えたウィンが、強い目で男を睨み付ける。加えて、乱暴に、一番ひどい傷に軟膏をリズが塗りたくると、男はヒッと小さな悲鳴をあげた。
哀れみの目を向けながら、マリィは嬲るような口調だった時とはちがう優しい声で、男に言う。
「時間の問題なら、この宿にいる間は関係ないよ」
手足を拘束されたまま、首を傾げた男には聞こえないよう、手伝いは終わらせたマリィは、部屋を出て行きながらつぶやく。
「ここは、savepoint。やり直しのできる、世界の特異点。
子供たちには見せられない、厳しく悲しい表情で。
次の客は、またすぐに来る。
今日も、勇者ご一行を受け入れる宿屋は忙しい。
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