第2話 この世界

「ナツくんー!ナツくんってば!」

 突然の声に俺は、ハッと起き上がる。俺を揺すりながら起こす相手を見る。秋穂だった。

「まったく…。自分でパーティーのするから買い出しに行ってこいって言って何で寝てるのよ」

「秋穂?」

「え?私が何?」

「秋穂が何で起きているんだ?」

「寝てたのはナツくんでしょう」

 俺は恐る恐る手を伸ばし秋穂に触れる。そこには確実に秋穂がいた。

「ちょっと何、人のこと触って……ってきゃああああ!」

 耐えきれず秋穂を抱きしめた。ただ、よかった、よかった、と何度も嚙みしめるように秋穂を抱きしめた。

「…ナツさんとお姉ちゃん、らぶらぶ」

「これは技をかけようとしているんじゃないのか?」

「ええい離れなさいっ!」

 ドゴッと腹に鋭い痛みが走る。呼吸ができない。そのまま、足から崩れ落ちた。やばい、すごく痛い。

「ナツぅぅぅう!」

「…ボディーブロー」

 どうやらボディーブローを食らったらしい。いやゼロ距離で打たれたから寸勁かもしれない。あいつ中国武術まで体得しているのか。

「ななななな、ナツくん!いつもの蛮行と奇行を合わせても、いいいい今の行為は万死に値するわよ!」

 何やら真っ赤になりながら叫ぶ秋穂。これは怒りなのか照れなのかわからない。比率の話なら多分、怒りが9だろう。

「あれ?ここはどこだ?」

「私は誰だを忘れてるぞナツ」

「ハルくん黙りなさい」

「はいっ」

 ギロリと睨みつけるだけで黙らせられる秋穂の眼力はもはやその手のご職業の方も顔負けだろう。そんな眼力を俺に向ける。

「さぁてナツくん。突然、あんなセクハラをしてきた言い訳を聞きましょうか」

 まるで床に落ちているゴミでも見るような目で俺を踏みつけ始める。

「あぁ! らめぇっ! そんなに踏んだら餡子でるぅぅぅう!」

「ええい。変な声を上げるな!」

「ナツぅぅぅぅ!…これはさっきやったな。お前の骨は、庭に撒いてやるからな!」

「せめて…海に撒いてくれ…」

「ただじゃ死なせないわよ。自白するまで一枚ずつ剥いでいくわ」

「何を剥ぐかは聞かないでおこう。と、とりあえず落ち着くんだ秋穂……。ええっと、ちょっと変な夢を見て……それでつい……」

「ど、どういう夢を見れば人の顔をペタペタ触って、だ……抱きしめてくるのよ!」

「これは、まさか!」

「…まさか」

「べ、別に恥ずかしがっているわけじゃないわよ! ただ……その、そういうことは……じゃなくて、突然そんなことされたら…お、驚くじゃない!」

「少し変化球気味だが、これが噂のツンデレかぁああ!」

「…これが…ツンデレ」

「ハールーくーんー。冬香になんてことを教えているのかしらぁ?」

「ひぃ!」


 いつもの光景だ。いつもの仲間たちとの愉快なやりとりだった。さっきまで見ていた夢。今ならはっきりとあれが夢だと認識が出来る。しかし、それを100%そうだと信じることができない自分がいる。あれは、何だったんだ?

 考えれば考えるほど混乱をする。俺は、頭を振りゆっくりと起き上がる。

「いやー頭がぼーっとしてるからちょっくら外に行ってくるわー」

「あ、ちょっと逃げるなー!」


 誰もいない公園。俺は、砂場で右手を前にかざし、力を込める。

「灰塵と化せ、冥界の賢者。七つの鍵を持て、開け地獄の門!」

 体全体から奔流する異界の力が右手に集中する。集中した力を一気に解き放つ!

「ファイナルイルージョンサンダーブレイクゥゥううう!」

 俺の目の前にあった滑り台が消し飛びあとは、何も残らなかった。

「フハハハハハ!さすが俺の異界の能力!」

 と言うところまで妄想した。

「うわぁ…」

 背後から声がした。俺は、ハッとなり振り返ると光をなくした瞳で俺を見る秋穂が立っていた。見られた!

「呪文唱えて技名言っちゃう男の子って…」

「男の子は何歳になっても心に厨二を患っているんだ!だからやめてっ!そんな目で俺を見ないで!」

 だって誰だって考えた事あるだろう?右手に力を集中したらカメハメ波撃てるとか、教室に突然テロリストが現れてそれを華麗に撃退するとか!

 そんな言い訳を考えながら、秋穂を距離を取っていると、何を思ったのか、秋穂が大きくため息をついた。

「何かあったの?」

 それは見下しや侮蔑ではなく、やや困った感じの問いだった。

「何かって、異界の力を呼び出していたんだが」

 だから俺は真面目に答えた。

 そして、ゆっくり殴られた。こいつ本当にすぐ手が出るな。

「ナツくん。いい加減、付き合いも長いだから何があったかぐらいさすがにわかるわよ」

 少し怒りながらも腕を組みながらどっかりとベンチに座った。

「…そんなに俺、変か?」

「変。変というかいつものナツくんらしくない。普段からナツくんってバカなことするけど」

「おい」

「意味のないバカはしないと思っているから」

 まっすぐ俺を見ていた。そこにはいつものふざけた様子はなくただ真面目にまっすぐ俺を見る秋穂。観念したわけではないが、さすがにふざけられないと思い俺も秋穂の隣に座った。

「ちょっと混乱しててな」

「うん」

「…最近、変な夢を見るんだ」

「夢?」

「正確にはわからないんだが、今から3年ぐらい未来の夢。俺が大学生になっていてハルが喫茶店のマスターをやってて、あの喫茶店に俺たちが住んでる未来」

「へぇ。大学生、か。大学ってあの近くの?」

「そう、だと思う」

 俺は、あの夢を思い出しながら話をしていたが、途中から別の違和感を感じていた。

「喫茶店でハルと暮らしていて、大学へも行って、ただ…」

「ただ?」

 俺は、あの夢で見た最後の光景を思い出し、底知れぬ恐怖がこみ上げてきた。

「…あの場に秋穂だけが…いなかったんだ」

 そう言われた秋穂は、きょとんとするだけだった。

「私がいない?」

「冬香ちゃんは…あの喫茶店にいた。でも…お前だけいなかったんだ」

 秋穂をじっと見ていた。病室のあの光景。俺はそれを口にしたくなかった。あれは、夢だった。そうだと思いたかった。

 相変わらずきょとんとする秋穂。しばらく見つめ合っていると秋穂は、呆れた顔をして大きなため息をついてじとっと俺を見た。

「ナツくん。私がいなかったって、もしかしてそれだけで落ち込んでたの?」

「それだけって、お前」

「いい?私はここにいるよ。いつか、何かの理由でナツくんたちと離れるかもしれないけど、でも今、私は、ここにいるよ」

 一言一言いい含めるように俺に言う秋穂。まるで子供をあやすような言い方だった。それでも晴れない俺の表情を見てか、秋穂は両手で俺の頬を挟むように叩く。

「いひゃい」

「うん、痛いね。じゃあこれは現実で向こうは夢だね」

「うむ」

「全くナツくんらしくないって、さっきから。バカで周りを巻き込んで子供みたいに笑ってるのが君でしょう」

 そう言いながら子供っぽく笑う秋穂。俺は、その表情にどこか安心した。そして、俺は再び秋穂を抱きしめた。驚きと抵抗があったものの、優しく抱きしめ返してくれた。

「すまん。そうだった。だからこれでリセットだ」

「しょうがないなぁ。全く」


「えー解説の冬香ちゃん。これはどういう状況でどういうことだと読みますか?」

「…お姉ちゃんとナツさんがらぶらぶってことですね」

「おーっとこれはまさかの展開〜。しかし、あの鉄壁の生徒会長さまがチャランポランなナツと、という展開が予想外なのですが解説の冬香ちゃんはこれをどうみますか?」

「…お姉ちゃんは、頼ってくれる人とか弱っている人とかに弱い傾向にあるので、普段のナツさんから考えられない弱り具合にときめいたんではないんでしょうか」

「ま、まさかこれがショップ萌え!」

「…ハルさん、ギャップ萌えです」


「ねえ二人とも何をしているの…?」

 いつの間にか草むらに隠れているハルと冬香ちゃんの前に仁王立ちする秋穂。

「あ、秋穂!?い、いつの間に!?」

「…すやー」

「え、冬香ちゃんここで寝たふり!?無理があるよ!」

 顔を赤くしながら、ゴゴゴゴと効果音が聞こえそうな状態でハルを睨む秋穂。あーこれは照れて赤いんじゃなくて怒って赤いんだな、きっと。

「盗み聞きとは見過ごせないわね」

「…お姉ちゃん。わたしは、止めたんだけどハルさんがどうしてもって」

「あ、冬香ちゃんきたねえ!覗きに行こうって言ったら何も言わずについてきたじゃねえか!」

「…沈黙は否定と同義」

「つまりハルくんが悪いと」

「あのな秋穂。少しは妹のこと疑えよ。俺が行こうって言ったけど冬香ちゃんは…あだだだだだだ!」

 流れるような動作でハルの腕が絡みとられ、三角絞めをされていた。相変わらず秋穂何者だよ。

 俺は、そのいつもの光景を見て笑った。そうだ、これが現実だ。あれは夢だ。それでいい。秋穂は、今ここにいる。ハルも冬香ちゃんもいる。ただ、それだけでいいんだ。

 そう思いながらいつの間にか暗くなっていた空を見上げた。ここが現実であることを噛みしめながら。


 ザッザッ。

 頭に鋭い痛みが走る。たまらず頭を押さえる。視界がぼやける。目の前に銀紙がちらつく錯覚を覚える。なんだこれは…。そう思いながら三人がいた方向へ視線を向ける。ハルも冬香ちゃんも頭を押さえていた。


 ザーーーッ。


 そこで俺は、まるで砂嵐のテレビのように意識を失った。

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胡蝶の夢 @kenze

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