第3話
母が抱きしめているそのゴミは、厚紙だった。何度も雨に打たれ、もはやその形も色も失っていたけれど、おぼろげに残っているその表面のプリントには、昔私が好きだった魔法少女の姿が描かれていた。
その厚紙の正体が、子供向けのレトルトカレーの外箱だと気づくのに私がかかった時間は数秒程度だろうか。たかが数秒程度。とはいえ、平気で雨ざらしにしていたせいで、それが何であるかすら解らなくなってしまったものを今更大切そうに抱きしめている母の姿には悪寒が走る。
「なぜこれを捨てようとするの? あなた、好きだったじゃない」
確かに私はこの魔法少女が好きだった。パッケージに魔法少女がプリントされたこのレトルトカレーが大好物だった。ただ、それはもうただの空き箱でしかなく、私はもう大人になっていて、そしてその空き箱自体も何度も雨に打たれたせいで鑑賞する価値すら無いものに成り下がっている。これはもう、ただのゴミでしかない。
私は半ば強引に、母の抱きしめるカレーの空き箱を奪い取った。そしてそれをゴミ袋の中に入れる。母が奪い返しに来るかと思い私は身構えたが、母はゴミ袋から透けて見えるカレーの空き箱をただ悲しそうに見つめているだけだった。
そんな悲しげな母を無視して、私はそこら中に散らばっている同じデザインのカレーの空き箱たちをただひたすらゴミ袋に詰め続ける。カレーの空き箱を一通りゴミ袋に詰め終えたところでちらりと母を見やると、母はただ空虚な目で私を見ていた。
玄関先に散らばったゴミを大方詰め終えた私は、いよいよ家の中へと入る。ドアが開いたままの玄関から見えるその場所はとても人の住む場所とは思えなくて、あまりの汚さに履いていた靴を脱ぐ気にはなれず、少しばかり躊躇しながらも私は土足で家の中へと上がり込んだ。土足で家の中へと入って行く私に対し、母は何も言わずただ見ているだけだった。
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