第2話
この汚らしい老女が自分の母親だと、私は認めたくなかった。母はまだ五十になったばかりだ。本来ならこんなにも老け込んでいるはずはないし、この日本で暮らす人間の標準程度の文化的な生活を送っているならば、こんなにも汚らしくなりはしないのだ。
しかし、何度見直してもそれは自分を産み育てた他ならぬ私の母で、だからこそ私は悲しくなった。
「久しぶり、母さん」
「あ、あぁ、本当に久しぶりね。今日は何しに?」
「娘が年末に帰ってきちゃ悪い? 大掃除、手伝おうと思って」
私がそう言うと母は少し目を虚ろにしながら今しがた出てきた家の中に目をやった。こんな家に住んで、こんな姿をしている母にだって、きっとこの家は汚く映っているだろう。そして母はそれを恥じているに違いない。ただ、母はこれを自分自身の手でどうにかする術を持っていないのだ。
だから、私が母を助けなければならない。母が異常者として、晒し者にされてしまうその前に。
「そう、ありがとう……」
母は私を一瞬見つめて、そしてまた俯きそう言った。その母の姿はなぜだか私の目には物悲しげに映ったが、母のこの垢にまみれ、ぼろを纏い、老け込んでしまった姿がそう見せているのだと、私は思い直した。
「じゃあ、早速始めようか。手っ取り早く捨てられるものは捨てていくね」
言いながら私は持ってきたゴミ袋のパックを開き、そこから一枚ゴミ袋を取り出し広げると、玄関先に積み上がったゴミのひとつを手にとった。それが何であるかなど、私はひとかけら程度も考えていなかったが、私がそれを手にした瞬間に、母の血相が変わった。
「やめて!」
母はゴミを持つ私の手を掴む。その手は皺だらけで、手の甲にはいくつもの染みが浮いていて、落ちそうにない垢がこびりついているせいで、汚らしい土気色をしていた。その手に掴まれてしまったことが、妙に悍ましかった。これは実の母の手だというのに。
私は思わず握っていたゴミを取り落としてしまった。それを私が認識した頃には、母は地べたに這いつくばってそのゴミを拾いあげ、とても大切そうにそのゴミを胸に抱いていた。
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