第29話 片想いはスピード狂のごとく 6


「傀儡師!」



 ゼナリは声の抑揚をおさえて、「彼」を睨みつけるように声をあげた。傀儡師はあいも変わらず、妖艶に舞を踊るような動きをみせている。その姿はゼナリたちを死地に誘惑でもするかのようだ。ゼナリは一度、獅子若をクルリと一回転させて、傀儡師の誘いに乗らないようにする。千沙と椎奈も、警戒気味に声を合わせて口にする。



「現れたわね! 厄介司令塔!」


「そろそろ聞かせてもらうわよ! 『いろいろ』とね!」



 「いろいろ」。それは傀儡師が単にブレインであるだけではなく、天徒の中で特別な立ち位置にあり、この戦いの全容をある程度知っていると椎奈、千紗ともに踏んでいることを指す。傀儡師がふわりと地面に降り立つと、彼を守るように、死霊系が周りに群がる。傀儡師は、椎奈や千紗の気持ちに応えるのにやぶさかではない様子だ。彼はこれまで仄めかされてきた、キーワードの謎解きを躊躇なく始める。むしろ話すのを歓迎している向きさえある。



「『殿上人』『パクスロマーナ』。この二つの言葉の意味するところを知りたくはないか?」



 それは椎奈、千紗はもちろん、ゼナリも、弥生も知りたいところだ。翔もここに来て、校長、東機から聞いたほど、この戦いの理由が、シンプルではないことに気づき始めている。だが表向きは突っ張ってみせる。それが、せめてこの戦いまでは、ゼナリたちの気持ちをつなぎとめる、最適な選択だと知っていたからだ。翔は口を静かに開く。



「もちろん知りたいさ。『洗脳』なんてのはゴメンだけどね」



 ゼナリたちほかの覚醒者も、翔の声色から、校長、東機の説明だけが、すべてではないと感じ取っているようだ。だがここは東機に疑いの目を向ける時ではない。とりあえずは傀儡師が「話す」と言っている。ならば彼の言い分を聞くのも悪くはない。マシンガンを構える弥生が、翔の言葉を引き継ぐ。



「『殿上人』『パクスロマーナ』。パクスロマーナは洗脳から来る、満たされた状態を指すのでは? 殿上人はいわば、洗脳された人間といったところだろう。違うのか?」



 表向きは、東機の話にそった解釈をした翔と弥生を、傀儡師は哀れむようだ。やはりこの戦いにはもう少し根深い理由があるらしい。傀儡師は同情するように首を横に振る。その様子を目にしっかりと留めるのは翔だ。翔は、手で魔法陣を作るような仕草を見せる傀儡師に、耳を傾ける。



「カワイソウに。東機の嘘。東機に植え込まれた嘘を信じ込んでいるんだね。それでは自由などありえないだろう」


「じゃあ、本当のことを聞きたいね。『殿上人』と『パクスロマーナ』について」



 落ち着いて核心を突こうとする翔に、ゼナリたちは穏やかならざる気配を感じる。自分たちが一面、信じ込んできた東機の話に、嘘があるとの余地を翔が残したからだ。ゼナリは「翔」と声をかけたきり、次の句が告げない。翔に問われて、傀儡師は嬉しそうに、不敵な笑みを浮かべる。その振る舞いは悪徳へ誘う堕天使にも似ている。



「知れたこと。殿上人は、東機の目的を知った人間のことを指す。そしてパクスロマーナとはこの争いの理由を知り、最早誰とも戦わない状態のことだよ」


「何度も舞坂学園を襲ったのはあなた達、天徒の方よ! それなのに東機校長のせいにするのね」



 ゼナリは反論はしてみる。だが彼女の心も揺れている。本当のことがどこにあるのか、今の時点では判断がつかないからだ。凍てつき、冷徹な瞳を見せる傀儡師は心底楽しそうだ。それは東機にもてあそばれた、ゼナリたち覚醒者を嘲笑っているようにも映る。ただ確実に傀儡師は、「事実」を話すことに喜びを感じている。



「残念だよ。ゼナリとやら。お前はあの東機に、欲に溺れた東機に! 忠誠を誓っているのだね。悲しいことだ。だが! じきにわかるさ! 本当のことが!」



 傀儡師は大声をあげるとともに、一気にカタをつけようとしたのだろう。死霊系に「結合」の指示を出す。これは、椎奈と千紗にとっては願ったり叶ったりの展開だが、傀儡師が早めに結合を選んだからには、何か彼なりの計算もあるのかもしれない。群がりながら体を重ね合わせ、徐々に巨大化していく死霊系を見ても、千紗と椎奈は慎重だ。アイコンタクトをしながら言葉を交わす。



「何か考えあってのことだろうけど、これはラッキーかもしれない。千紗。一体一体、心の臓を見つける手間ははぶけるわ」


「だけどぉー」



 千紗はそう間延びした声で反応した。千紗も傀儡師が間抜けな司令塔でないことを知っている。「結合」を選べば、椎奈と千紗の負担が軽くなることも、彼はわかっているはずだ。その上での指令。そこにはやはり理由があるようだ。死霊系が積み重なり、巨大な天徒へと変化していく様を見て、椎奈の足元の茶猫は毛を逆立て、千紗も一歩足を退いてみる。



「これはちょっと強敵なんじゃないのぉ! 椎奈。数がもっと減った時に結合してくれた方がありがたかったかも!」


「それはたしかに。デカいわね! これは翔の鉤爪とゼナリの愛刀にがんばってもらわないと難しいかもよ」



 話を聞き届けたゼナリは、巨大化する死霊系と、不老院を見比べて危ぶむ。これ以上戦いの規模が大きくなれば、不老院を巻き込まざるを得ないからだ。不老院は舞坂学園とは一切関係がない。初めての校外戦で、無関係な人や物を傷つけるのは避けたい。ゼナリは、両刀を大きく横に広げて、ひと際大きな声で千沙と椎奈に呼びかける。



「このままじゃ不老院まで巻き込んじゃうわよ! 椎奈! 千沙! その前に早く心の臓を見つけて!」


「言われなくても! まかせて。ゼナリ」



 指をポキポキと鳴らして応えたのは椎奈だ。椎奈は、千沙の顔を見て、彼女の様子をうかがう。千沙は相当の労力を使いながら、結合した死霊系の心の臓を見つけようとしている。これは、死霊系一体の心の臓を見つけるより、骨の折れるものらしい。衰弱の色が千紗の顔にも若干だがにじみ出る。



「困りものね! 心の臓は一つであるのには間違いないんだけど!」


「だけど!?」



 言葉を重ねた椎奈は、露波動の準備が整っている。椎奈は死霊系との戦いでは、絶好のパートナーである千紗の状態を、心底気にかけている。千紗はメンタル面での疲労を感じながらも、心の臓を見つけるのに懸命だ。彼女はこめかみに両指をあてて、ひたすらサーチを続ける。



「随分、ぶ厚く死霊系が重なってるもんだから! 見つけにくいの。一言で言ってね」


「じゃあ必要? それまでの時間稼ぎ。それならまかせてよ! 千沙!」


「その通り! 頼んだわよ! ゼナリ! 翔! 弥生姉もお願いね!」


『もちろん! 千沙!』



 翔、ゼナリ、弥生、椎奈の四人は声を揃える。すると傀儡師の指示なのか、それともウィークポイントを見つける覚醒者が、千沙だということが分かったのか、結合を果たした死霊系は、千沙目がけて襲い掛かる。傀儡師はむしろ体を逸らすように、後退し、この戦いの行くすえを見極めようとしている。

 千紗に襲いかかる死霊系。その襲撃を翔たちは何とか押し留める。翔は鉤爪を使い、ゼナリは両刀で応戦。弥生はマシンガン、椎奈は波動といった具合に。それぞれが授かった力で死霊系と戦い、千沙も場所を変えつつ、死霊系の心の臓を、今や一つとなった心の臓を探しながら叫ぶ。



「こいつ! 傀儡師がバックに来た途端! 利口になったね! 化け物はそんなに賢くないのが相場でしょ!?」



 翔は鉤爪で、無残に死霊系を切り刻みながら、何とか必死に千沙を守ろうとする。それはゼナリに弥生、そして椎奈とて同じだ。必死に死霊系に抗い、その進撃を食い止めようとする。攻防は互角。力に勝る死霊系をどう防ぐかにポイントが置かれている。

 だが無軌道に暴れ回る死霊系は、ついには不老院をメチャクチャに壊してしまう。坊主たちは「うわぁああぁああ!」と大声をあげて逃げる者、「不老院が!」と口にして立ちすくむ者など様々である。中には飄々とお茶を飲んで観戦している者もいるにはいる。とにかくも寺院、「不老院」も天徒の前ではことさらに無力であるようだ。その間も千沙の「サーチ」は依然として続いていた。



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