第28話 片想いはスピード狂のごとく 5
「死霊系! 今度の天徒は! 気味悪いわよ! 何度倒しても復活してくるから!」
ゼナリは獅子若と蛇龍を構えると、足を大きく横に開き叫んだ。「死霊系」「復活」。聞き慣れないキーワードが二つ。適応型人間、翔と言えどもこの二つだけから、戦い方をイメージするのはむずかしい。確かな情報が必要だ。翔は風に髪をなびかせたまま、目を大きく見開かせる。
「何度も復活!? それって!?」
「死霊系はね、体の『どこか』にある心の臓を切り刻まないと、何度でも復活するのよ。ピンポイントで狙わなきゃいけないの」
「心の臓」は「どこか」にある。ヒントを与えられて、翔は安定した心持ちになる。一つ一つポイントを抑える翔に、慌てふためいていた過去の彼はいない。その間も、死霊系天徒は、灰色に焼け爛れた体を、醜くさらしながら、覚醒者たちに近づいてくる。翔は、鉤爪が現れるのを待ちながら、ゼナリに訊く。
「『切り刻む』のならば、俺の鉤爪と、ゼナリの両刀しか役に立たない!? 銃火器の弥生さんでは難しい! 心の臓の場所を確かめる方法は!?」
「これも悪いけど、千沙と椎奈頼みね。けっこう消耗するわよ。彼女たち!」
ゼナリは、十数体に及ぶ死霊系天徒を迎え撃つ。死霊系を現出させたのは椎奈の魔法だ。椎奈は、胸をおさえて息を整えている。彼女にとって十数体分の現出系魔法は、そうとうに精神力、いわばMPを使うものだったらしい。それが分かっているゼナリは、襲いくる死霊系の体を、とりあえずは一太刀していく。まずは「心の臓」、急所狙いは後回し、といったところだろうか。真っ二つに切り裂かれた死霊系は、うめき声をあげると地面に倒れ伏していく。死霊系天徒は一度、切り裂くとしばらくは動けなくなるようだ。
「これはありがたいね! 助かる! 俺も行くよ! ゼナリ!」
大声をあげた翔は、鉤爪を現出させるつもりらしい。幾度もの戦闘経験から、翔は徐々にだが、鉤爪をコントロールする術を会得しつつある。まだまだ調子に左右されるようだが、今日の翔は上向きだ。背中から現れた鉤爪を縦横無尽に暴れさせる。狙うは死霊系。せめて椎奈が回復するまで、死霊系の「足止め」をしなくてはならない。翔の咆哮とともに鉤爪は死霊系をなぎ倒していく。
「吠えろ! 我が鉤爪! その威力を天下に示せ!」
だが死霊系は心の臓を切り刻まねば、抹殺出来ないことは、翔もゼナリも承知している。今は死霊系を両断しながらの、「時間稼ぎ」であることも二人は分かっている。千紗と椎奈の能力がなければ、死霊系を倒すのは不可能だ。肝心の椎奈と千沙は、背中を合わせあい、話をしている。まず先に口を開くのは千沙だ。
「死霊系の心の臓を、一つ一つ見つけるのは手間がかかるわ。期待。彼らの司令塔、傀儡師がミステイクをおかして、『結合』とかを始めてくれれば!」
「『結合』に誘い込むことは出来ない? 千沙!」
「どうかな! まずは数を減らすこと。そうすれば切羽詰って『結合』を選ぶかも!」
椎奈と千紗の話が耳に入った翔は、鉤爪で死霊系をなぎ倒しながらも、「結合」が何を指すのか知りたいところだ。どんなシチュエーションでも慌てずにすむ方法。それは戦いの全体像を把握して、目的を理解することだ。それが分かっている翔は、一旦足を退き、ゼナリの隣に立つと、彼女の耳元で訊く。
「結合!?」
「質問が短くて上々! 答えも短めにするわよ! 『結合』。それは雑魚が一つになってデカい化け物になること! OK!?」
「オーケイ」
翔にはその答えだけで充分だ。つまり「結合」とは死霊系が集まり、一匹の巨大な天徒に変化することらしい。たしかに死霊系が結合すれば、強敵にはなるが、心の臓を狙うべきターゲットも一つになり、まとめて始末できる。消費する椎奈と千紗の精神力を考えると、それがベストかもしれない。千紗は結合へと導くことを視野に入れて、まずは一体一体の死霊系を退治することを選ぶ。
「とりあえずは! 椎奈! 右35の死霊系の心の臓を見つけたわよ! 右足くるぶしに隠し持っているわ! よく考えたわね。盗んだお宝みたいに隠し持って!」
「その例え、的を射てるわね! 行くわよ! 喰らえ! 我が渾身の『露波動』!」
露波動とはその名のごとく、死霊系の心の臓を「露わ」にする魔法のようだ。椎奈の手から放射される露波動は、一体の死霊系の心の臓を目に見える形に変える。心の臓を見届けたゼナリと翔は、その一体に照準を定める。弥生は弥生で、今回は翔とゼナリのバックアップに徹するのか、二人の背後に回る。
「お二人さん? 心の臓は『切り刻まねば』無効。私の銃火器は役に立たない。頼んだわよ! 後ろから援護する!」
「OK! 弥生姉! 助かる!」
「群がる死霊系を、弾丸でぶち抜いてやってくださいよ! 弥生さん!」
ゼナリ、翔の順に弥生へ声をかける。弥生は銃を乱射して、ターゲット以外の死霊系に打撃を与える。弾丸を装てんしながら、弥生は翔の変化を感じ取っている。翔は大きく成長している。手に入れるものが大きければ、失うものも大きいが、翔の変化は、今の段階では悲しむべきものではない。弥生は口元に笑みを浮かべると、ふとこぼす。
「強くなったのね。翔」
心の臓が露わになった一体の死霊系に突進していく翔とゼナリだが、やはりというか、当然というべきか、二人を邪魔立てするように、他の死霊系が襲いかかる。死霊系の行動パターンは単純だが、仲間を守る、ということくらいの意識は持っているようだ。彼らは口から毒液をも吐き出す。
「くっ! めんどう! 毒液。白蛇型には劣るけど、猛毒よ! 気をつけて! 翔」
「まかせなさい」
自信たっぷりに呟く翔に、ゼナリも翔の変化を察する。ゼナリには上手く表現出来ないが、翔はある種の覚悟を決めている。ゼナリは認める。翔は「たくましく」なっている。理由はどうあれ、翔は覚醒者としては、ゼナリたちに近づいてきている。それは、歓迎はしても疎むべきことでは全くない。ゼナリは今は余計な考えを振り切ると、翔に呼びかける。
「翔!? 心の臓は私の蛇龍と獅子若が切り裂く! 翔の無軌道な鉤爪ではしっかりとは狙えない! 援護して!」
「周りの連中は俺が仕留めていく。安心して心の臓を狙え! ゼナリ!」
「まかせて! 昂ぶれ! 驕れ! 我が愛刀、獅子若と蛇よ! その鋭い輝きで闇を切り裂け!」
ゼナリの声はまるで言霊のように不老院に響き渡り、境内は戦場と化していく。死霊系は素早く動き回り、ゼナリに照準を絞るも、弥生の弾丸と翔の鉤爪になぎ倒されて、彼女の妨害はできない。ゼナリは大声をあげて、いよいよ死霊系の右足くるぶしにある心の臓を貫き、切り刻む。
「滅せよ! その呪怨に満ちた魂とともに!」
心の臓を切り刻まれた死霊系天徒は、紫色の血しぶきをあげて、滅し、落命していく。翔とゼナリの二人は態勢を立て直し、次なるターゲットを探す。すると空から不穏で、不敵な笑い声が響く。ゼナリたちが仰ぎ見ると、そこには能面を被った「彼」。そう。「傀儡師」がいた。
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