第27話 片想いはスピード狂のごとく 4
ゼナリ、椎奈、弥生、三人のペースはほぼ同じで、登頂したのもほぼ同時かと思われた。階段の頂き、不老院でなぜか待っていた坊主が順位判定をする。猛スピードのゼナリたちを写真判定などせずに、決着をつけさせることができるのだから、やはり仏法に帰依したものに不可能はない。坊主はひと際大きな声をあげる。
「ゴォール! ゴール、ゴール、ゴォール!」
『誰が一番!?』
一気に階段を駆け上がり、頂きにある砂地に踏み込むと、つま先をブレーキにして、「スザザザザー!」と砂埃をあげ、何とか体を踏みとどまらせる三人。彼女たちは、殺気めいたものさえ漂わせて、坊主の方に視線を送る。たかがお茶菓子、されどお茶菓子である。甘いものには目がない、どころか容赦のない三人は、坊主を見る目を大きく見開く。ジャッジをくだす坊主は飄々としている。ゼナリたちに鋭い眼光を投げられても、にこやかな表情を崩さず審判を告げる。さすが仏法に帰依したものに不可能はない。
「一着はそこの美人なお姉さまー!!!」
『な、なんでよ!?』
声を揃えて、納得がいかないのは椎奈とゼナリだ。たしかに三人は、動体視力の優れた椎奈とゼナリから見ても、同着だったように見えた。何か二人に落ち度があるとするならば、弥生に比べて若干色気が足りない程度だが、これが判定に影響するとは考えにくい。血走り気味の目で抗議する椎奈へ、坊主は淡々と告げる。
「三人ほぼ同時の到着でしたが、その大きなお胸のお蔭で、少しだけ弥生様がテープを切るのが早かったのです。はい」
「な、なんと!」
ゼナリは驚いて歯噛みをせずにはいられない。坊主のくせに胸にまでしっかり目が行き届いて、正確なジャッジをくだすなんて。この破戒僧め。と、そこまでヒドイ言葉を、椎奈が思いついたかどうかは定かではないが、椎奈は思わず弥生へ悪態をつく。
「この巨乳女めー」
敗北をしっかりと受け止めることも一つの美徳だが、そんなことなど椎奈はお構いなしだ。椎奈は往生際が悪く、弥生の勝因を悪く言ってみせた。だが、二人が悔しがり、嫉妬すればするほど、ことさら機嫌がよくなるのは弥生の方だ。椎奈の言葉などどこ吹く風。手団扇で少し熱した体を冷ますと、涼しげなご様子だ。勝因が勝因なだけに、弥生がご機嫌になるのも、それは仕方ない。
「まぁまぁ、二人とも。私の豊かな胸に嫉妬してしまうのも分かるが、これもまた運命。自らの貧しい胸を恨むしかあるまいて」
「貧しい!? 貧乳はゼナリちゃんよ! 私は知っての通りDカップです!」
飛んだとばっちり、飛び火を受けてたまらないのは、もちろんゼナリだ。やはり純情な乙女というもの、いや、年頃の乙女というもの、貧乳呼ばわりされて、やすやすと引くわけにもいかない。ゼナリは血相を変えて椎奈に言い抗う。
「ひ、ひ、ひ、貧乳!? 人聞きの悪い! 私だってサイズとカップは!」
けっこう際どい所まで踏み込んだゼナリだったが、はたと気づいて思い留まる。両の拳を作って握りしめたものの、さすがにサイズとカップまで堂々と告白するには至らない。初めの勢いはどこへやら、言いよどんだゼナリの顔を、椎奈と弥生が覗き込む。するとそこはそれ、やはりゼナリはまたも顔を赤らめて、俯くのだった。
「ご、ご想像にお任せします」
かくしてお茶菓子争奪戦は、弥生に軍配があがり、彼女はめでたく一人、お茶菓子にありつくのだった。弥生は坊主に案内されて、終始ご機嫌だ。彼女はその長い、軽くカールした髪をふわりとかきあげると、ゼナリと椎奈にさよならを告げる。落胆する敗北者二名、ゼナリと椎奈。うなだれる二人を、てっぺんにたどり着いた蓮が見届ける。何か励ましの言葉でもかけるのかと思えば、そこはさすが「鬼」。さらに二人を奈落へ突き落とす。
「あー、さて。さっきの三人の取り決め、遠くから聞いてたぞ。遅れた敗者の二人はー?」
『げげんっ!』
椎奈とゼナリは、両手で大げさにポーズを決めて、そのショックを表す。ここは勝負を挑んだのを悔いるしかない。もとい、弥生お姉さまの豊満なバストを恨むしかない。だが蓮の言いつけは絶対であり、ある種フェアでもある。やむなし、と二人は腹をくくったように、渋々とではあるが、濡れ縁の掃除へと向かう。
「仕方ない。やりましょ。椎奈」
「ふぇーん。バストがあともうワンカップあればぁあぁ」
「それ言うなし」
こうして椎奈とゼナリは掃除を、用意してもらった濡れ雑巾でこなしていくのだった。一方階段を登る翔におんぶされていた千沙は、満更でもないご様子だ。あくまでも、「好意」でしかなかった翔への気持ちが、仄かな「恋心」に変わりつつある、たしかな感触、不思議な感覚が彼女にはあった。茶猫は飼い主の心持ちを知ってか知らずか目を細めて、二人のあとをついてきている。今は誰の視線もない。そのことを考えたのかどうか、千紗は彼女にしては大胆な行動に出る。
「翔の背中、意外に厚いんだな」
千紗はそう唇を動かして、頬を翔の背中にそっとあてる。その感触に驚いて、照れたのは翔の方だ。「ひぇっ」という声をあげて、むずがゆそうに背筋を伸ばす。まだまだ続く石段の上で、のどかに過ぎていく時間。こんな時間が続けばいい。千紗はそう思いすらする。だが次の瞬間にはその暇(いとま)は無残に切り崩される。千沙の霊感が辺りの異様な気配に気づく。
「いる! 翔! いるよ!」
「いる!? 霊媒性天徒が!?」
「そう。うじゃうじゃいるよ。この様子だと、数にして十はゆうに超える」
「白蛇型みたいなのが、十を越えたら相手にしきれないぞ!」
たしかにその通り。白蛇型クラスの天徒が、集団で襲いかかれば、さしもの翔たちと言えども敵わない。一網打尽にされる恐れがある。だが危ぶむ翔をなだめ、鎮めるかのように千沙は言葉を添える。もちろん千紗は霊媒性天徒のエキスパートだ。彼女の言うことに間違いはない。
「大丈夫。霊媒性天徒はいつも数こそあっても、そうレベルは高くない。退治するのにムズカシイことはないわ。だけど」
「だけど?」
翔は訊きなおした。それは、今回の戦いも一筋縄ではいかないのを暗示している。千紗は霊感を研ぎ澄まして、辺りを見回す。その目は真剣そのものだ。彼女は、この戦いの行方を決める、敵陣のリーダーを把握したようだ。千沙は厄介そうに顔をしかめる。
「いるわよ。ほとんど無能な霊媒性天徒を率いる、『傀儡師』が!」
「傀儡師! あいつか。ブレインがいるってことか! 数で勝負ってわけじゃないらしいね」
翔は一旦千沙を石段に降ろすと、警戒を強める。だが当然のごとく霊媒性は翔の目には見えない。じりじりとした緊張感だけが増していく。茶猫も霊感に似たものが強いのか、「フーッ!」と声を立てて、毛を逆立てている。千沙は、ゼナリたちが不老院に着いたと踏んで、連絡を取る。
「ゼナリ? 椎奈、弥生姉? こっちへ来て。いるわよ。現れたわ! 霊媒性天徒が!」
連絡を受けたのは弥生だ。弥生はしとやかに、しおらしく、嗜んでいたお茶菓子から手を離し、すかさず応答する。
「いる!? 千沙。詳しい情報を!」
「数にしてゆうに十は超える。だけどそれだけなら脅威じゃない。いるのよ」
「奴ね」
「そう。傀儡師が」
翔は一つ思いついたのか、千沙をもう一度、今度は抱っこするように、抱きあげると、石段を猛スピードで駆け上がっていく。なにしろ翔の鉤爪はいつ現れるか分からない。その上、千沙には「戦闘能力」はないのだ。千紗もそのことを理解しているのか、今度ははばかる様子も見せない。翔は千沙に声をかける。
「一気に不老院、てっぺんまで行くよ! とにかく! 霊媒性の連中を不老院までおびき出す!」
「分かった。私にまかせて!」
そう口にする千沙は、先までのちょっとした恋人気分、ほんのりムードなど完全に払拭している。彼女もやはり覚醒者。自分の戻るべき場所を知ってはいた。彼女が帰るべき場所は「戦いの場」。それだけだった。その頃、不老院の頂きでは、濡れ縁掃除をさっさとすませた、ゼナリと椎奈も戦闘態勢に入っている。弥生はマシンガンを装備しながら、蓮と言葉を交わす。それはとても大切なポイントを抑えるものだ。
「だけど、それにしても」
「弥生。気付いているか。これは初めての校外戦になる。これまで天徒は、舞坂学園内以外では現れたことがない」
「それはつまり」
「天徒を出現させる、何がしかの『仕組み』が強力になったということだ」
弥生は、鋭い目つきで事の次第を了解する。彼女の視線の先には、石段を駆け登ってくる翔と千沙の姿があった。翔と千紗の背後には、いよいよ霊媒性天徒がおぼろげながらも、姿を見せようとしている。弥生は霊媒性天徒を挑発し、あおるかのように手招きしてみせる。
「ようこそ。いらっしゃい」
翔が石段を登り終えると同時に、千沙も地面へ軽く弾むように足を降ろす。今、千紗は足の痛みが引いているのか、それとも痛みなど気にしている場合ではない、と考えているのか、ステップを踏むような足取りだ。すると千沙が来るのを待ちかまえていたように、椎奈は現出系魔法を用意する。それは霊媒性天徒の姿を明るみに出すものだ。椎奈の掌に波動が作られていく。
「わが魔術でその醜き姿をさらせ」
椎奈の声色は、霊媒性を威圧するかのようだ。椎奈も覚醒者の任は忘れていない。お茶菓子を巡って、のほほん、のんびりとしていた先までの時間が、遠い昔のようだ。彼女の顔は戦意に満ちている。千沙は、椎奈の準備が整っているのを見届けて、次々と指示を出していく。
「右47! 左32! 後方60! 前方24!」
千沙の指図した方向へ、椎奈は次々と波動を放射していく。先の白蛇戦での疲れも椎奈にはもうないようだ。椎奈の波動を浴びた霊媒性天徒は、もはやその姿を隠すことが出来ず、姿を現す。今度の霊媒性天徒は見かけが妙に危うくグロテスクだ。翔は「来いよ」と口にすると、いよいよ二度目の霊媒性との戦いにのぞもうとしていた。
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