第26話 片想いはスピード狂のごとく 3


 その日の放課後、生徒会メンバーは学校近くの寺の石段の前に集まっていた。寺の名前は「不老院」。不老院の石段は999段あり、石段を踏みしめる参拝者たちの煩悩をふり払うといわれている。999を数える石段を見上げる生徒会メンバー。その中には、今回身体トレーニングであるのにも関わらず、招集された千紗もいる。彼女は石段のてっぺん、不老院を仰ぎ見て、たまらず声をあげる。



「ふわぁあぁあ! 999段かぁ。何を好き好んで作ったのやら。下手すると半ばでうずくまる、なんてのもあるかも」


「でも、結局俺たちはてっぺんまで行って、元いたこの場所へ戻ってこなきゃいけないんでしょう! ですよね。教官!」



 翔に声をかけられて、蓮は竹刀を肩に担ぐと、一足先に石段を登り始める。ちょっとカッコをつけてる感じがあるが、余り今のところ見せ場のない蓮教官。許してやってほしい。彼もカッコをつけたくなる時があるのだ。彼は鷹揚として覚醒者面々を見据える。蓮にとってゼナリたちは、生徒会メンバーではなく、いつでも「覚醒者」らしい。



「そういうことだ。不老院にいたるまでは、さまざまな煩悩が去来し、登る者を苦しめるという。心してかかるように!」



 いつもの蓮、いつもの鬼教官の鼓舞が入るが、彼は何を思ったのか一拍置く。蓮は蓮なりに、訓練に明け暮れる翔やゼナリたちの立場、気持ちを分かっているらしい。珍しいことに、少し顔をほころばせ、嬉しいご褒美を仄めかす。



「だがしかし! 頂の不老院では、お茶とお茶菓子でお坊さんが持て成してくれるそうだ。お茶菓子の中には私の差し入れも入っている。挑む価値は存分にありだぞ。それじゃあ! 行こうか」


「よぉし! ならやってやろう!」


「勝負にならないわ。こんな石段」


「魔法使うってのダメよねぇ。やっぱり」



 ゼナリ、弥生、椎奈の順に三者三様の反応を見せて、メンバーたちは、蓮に続いて一気に石段を駆け登っていく。みな、ペース配分をわきまえない猛烈なスピードだ。椎奈は前屈みで駆け抜け、弥生、ゼナリも大股に二段跳びで石段を登っていく。その姿はサバンナの野生動物を思い起こさせる。

 だが、ただ一人千沙だけが、やはり身体能力に劣るのか、ゆったりとしたスピードで歩みを進めていく。千紗は猫を右手に抱えて、ゆったりお散歩とでもいった趣だ。「大変だぞ。こりゃ」。そうこぼす千沙に寄り添うのは翔だ。彼は千紗と歩調を合わせて、石段を登っていく。翔の気遣いを、千紗は当然遠慮する。



「あー、翔。あんたも私に気ぃ使わなくってもいいよん。早く行かないとお茶菓子がなくなっちゃうぞい。ゼナリたちの胃袋は底なしなんだから」


「それもそだね。っていいたいところだけど! 千沙さんは体がそんなに強くないでしょ? もしもって時があるからね」



 そこまで気配りをされて、さすがの千沙も翔を説得するのを諦めたらしい。千沙は翔と二人して同じペースで石段を登っていく。翔は翔で、その程度の優しさは当たり前と思っているのだが、千沙にはけっこう胸に響いたらしい。一瞬だけ朱色に染まった顔をぶんぶんと横に振って、熱気を冷ますと、一言翔に声をかける。



「知らねぇぞ。なくなっても。茶菓子」


「いいって、いいって」



 一方石段を凄まじい勢いで駆け上がる弥生と椎奈、そしてゼナリの三人は単調な石段登りに早くも「飽き」が来たらしい。複雑な天徒戦のシミュレーションや、実戦に慣れた身にとっては、単調さはある種、敵でもあるらしい。石段を駆けあがる、という「作業」についには痺れを切らし、彼女たちは、ある提案をしあう。口火を切ったのは椎奈だ。



「ねぇ。このままただてっぺんまで行っても、面白味がないじゃない? 私たちの身体能力、脚力からすれば、石段999を往復するなんてたやすいことだし」


「それもそうね」



 椎奈の意見にゼナリは完全同意だ。ここだけの話だが、彼女たちは覚醒した身分、余計なまでにIQなども上がっており、単調さにガマンならない、ぜいたくさも持ち合わせているのだ。椎奈の隠れた趣味が、高度なパズルゲームを悶々と解くことであるのは、ここでは伏せなければならないだろう。ゼナリが相槌を打つのを見て、弥生が我、当を得たりといった様子で椎奈に訊く。



「なるほど。一理あるな。で、どうする?」


「この三人で一番早く、てっぺんまで登ったもんが三人分のお茶菓子独占、遅れた二人は不老院の濡れ縁(ろうか)掃除なんてのはどう?」


「面白い! ノッた! ゼナリはどう?」


「いいわよー。私もやっても。だって椎奈が一番になっちゃったら、また椎奈が太っちゃうもんね」


「なっ!」



 ゼナリの挑発で、椎奈の闘争心に、凄まじい勢いでスイッチが入ったようだ。彼女は口を曲げて反発したほどだ。「やるわよー」と椎奈の気合いを受けて、三人はいよいよ「スタート!」と掛け声をあげて、猛烈なスピードで石段を駆けあがっていく。椎奈の煽るような言葉をみなの耳に残して。



「上等! その代わり、恨みっこなしだかんね!」


『オーライ!』



 弥生とゼナリは、椎奈に合いの手を入れると、歩幅を大きくしていくのだった。一方444段目付近。ゲンの悪い数の石段を登った辺りで、蓮は若干スピードダウンしていた。鬼教官と言えども、やはり一人の人間。突出した能力を持つゼナリたちには、やはりついていけない。かといって悔しさを滲ませる様子もない。リラックスした調子で背を伸ばし、訥々と話す。



「さて。結構一般的な二十代としては頑張った方なので、ここら辺りからマイペースで行きますか。まさかあいつら、お茶菓子を俺の分までもらおうなんて考えていないだろうし」



 この期に及んで、教官ともあろう立場の人間が、お茶菓子のことを気にするのもおかしな話だが、彼は彼で考えもあるようだ。蓮は、随分遅れて歩みを進める千沙と翔の二人に視線を送る。



「心配なのは、あの二人の方だな。リタイアなんてしなきゃいいが」



 蓮に心配された翔と千沙だが、案の定、蓮の予想は当たっていた。体力にもとる千沙が足を痛めて、ゆったりとした歩みになり始めたのだ。千紗は仕出かしたという顔をして、足を抑える。彼女の足の痛みは、なかなかのもののようだ。やはり普段イメージトレーニングばかりで、体を動かす機会がないのがたたったのかもしれない。千紗は猫を石段に降ろす。



「あっらー。いけね。足痛めちゃった。どうしよう。この場所から降りるのも大変だし、どうする? 何なら翔、先にあがっちゃってもいいよ」



 そう勧められて、翔は「はい、そうですか」と、頷くような子でもない。舞坂学園での経験が、翔をより一層気配りの出来る子に変えていた。翔は高校とは、何とはなしに勉強し、何とはなしに卒業する場だとでも思っていた。だが今の翔は違っていた。彼は当然後ろには退かず、目元に笑みを浮かべる。



「冗談! 何のために一緒に歩いてたって言うの? こうゆう時のためでしょ? そいじゃ!」


「こら! 何する! 翔! やめろ!」



 千紗が手足をジタバタさせるも、翔は彼女の体を、やすやすと抱え上げる。翔は千紗を背中におんぶして、階段をステップを踏むように登り始める。千沙は恥ずかしさのせいもあって、翔の背中に背負われながらも、激しく抵抗する。その翔についていく茶猫の足取りは、どこか嬉しそうだ。椎奈は翔の頭を何度も小突く。



「こら! バカ! やめろ! 正直メチャクチャ恥ずかしいんだって!」


「恥ずかしいも何も、ここで一生足を痛めたまま過ごす気? そんなわけにもいかないでしょ?」


「たしかにそうだけど!」



 「たしかにそう」。その通りなのだから仕方ない。だがしかし、これまで自分が上手に立っていた翔に、おんぶされてご厄介になるのは千紗としては面白くない。彼女は悔し紛れに、照れ隠しも半分含めて、翔の首をヘッドロックするのだった。



「こいつめっ!」


「おー! のー!」



 そんな和やかムードを漂わせる二人とは裏腹に、お茶菓子争奪戦にのぞむ椎奈、弥生、ゼナリの三人は本気だ。歯を食いしばっててっぺんを目指していく。三人とも勝負事がことさら好きらしい。彼女たちの本気具合は、石段を踏み崩さんばかりの勢いに表れている。ゼナリたちが石段を踏みしめる音は清閑な山にミシミシと響き渡っている。それはもう戦闘モードで。




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