第23話 天賦の才の独り言 7


 発射された催涙弾は、白蛇の喉元をえぐるように貫くと、白蛇はのたうち、暴れ出す。盲目性に催涙。催眠液はともかく弥生の狙いがどこにあるのか、千紗は分からない。だが、戦闘においては多くのリーダーシップをとる弥生の決めたことだ。彼女を信じるしかない。千紗はハンドルを切り、急カーブを決め込むと、白蛇の荒ぶる様を目に焼きつける。



あぎゃあぁああぉおぉおおぉ!



 弥生の放った催涙弾は、先端が鋭くみがかれていて、その殺傷性から白蛇が痛み、もがいているのが分かる。その上、大量の催眠液。手応えありと千紗が踏むのも無理はない。それと前後して、翔とゼナリ、椎奈もグラウンドにやってくる。彼らの目に飛び込むのは、悶えて雄叫びをあげる白蛇だ。身をよじらせている白蛇を見てゼナリは軽く左拳を降り降ろす。



「奴! 催眠液が効いてきてるわよ! 椎奈!」



 ゼナリに呼びかけられるまでもなく、椎奈は準備万端なようだ。椎奈は頭の回転が速く、情勢を見極めるのは誰よりも長けている。弥生は全体を見渡し、ゼナリは個体に集中、とそれぞれ役割分担は出来ている。椎奈が即決できるのも、生徒会メンバーの連携あってこそだ。椎奈はいよいよ手元に波動を作りだす。



「相手の魔力耐性は44058! 普通の魔法じゃ効かない! 私の魔法に乗っかって! 翔! ゼナリ!」


「『乗っかる』!? どういうこと!? それは!」



 椎奈が指しているのは、「連動系魔法」のことだと分かってはいても、彼女の指示が翔には理解できない。「乗る」という用語を、翔は初めて耳にして戸惑うばかりだ。だが椎奈とゼナリには長々と説明している暇はない。まず翔を落ち着かせて、短く意味を伝えるのが先だ。ゼナリは力強く翔の手を握る。



「椎奈の波動から、私は獅子若刀と蛇龍剣に! 翔は鉤爪に! 『力』を授かる! それが『乗る』! ということよ!」


「わ、分かった!」



 とにかくも状況を把握しようとするのが、翔の最大の美点であり、長所である。翔はこめかみに両指をあてると、「イメージ」を始めて鉤爪を発動させようとする。ゼナリはゼナリで愛刀である二つの刀を構える。ゼナリの目は鋭く、鈍く輝き、最早いつもの優等生のそれではない。椎奈の波動もついに最大値にまで膨らんでいる。



「出すわよ! 鉤爪と両刀を構えて!」



 次の瞬間、体をくねらせながら、苦しむ白蛇はゼナリへと突進してくる。白蛇は、ここに来て催涙弾が効いてきたのか、無軌道ではあっても、個人個人を正確に狙うことは出来ていない。千紗はとっさに弥生の狙いを理解する。弥生は、白蛇が市街地に出るのを恐れるよりも、一騎打ちが有利に運ぶ方を選んだのだ。

 千紗が小さく拳を握ると、そこには汗が滲んでいた。弥生はチャールストンから白蛇の様子を見て満足そうだ。だが野放図になった白蛇が、ゼナリ一人にターゲットをしぼっているとしたら、それはそれで危うい。白蛇がゼナリに襲いかかろうとしたその時、ついに、ようやくにして翔はスイッチが入ったのか、背中から鉤爪を現出させる。椎奈は、準備が整ったのをたしかめたのか、波動を宙に放出し、弾けさせる。



「『乗る』わよ! 翔!」



 ゼナリの掛け声とともに翔は、鉤爪を波動の中へと伸ばしていく。ゼナリも獅子若刀と蛇龍剣を波動に染み渡らせていく。すると鉤爪とゼナリの愛刀二本は、朱色に染まり、七色の輝きを放ち始める。翔は鉤爪に凄まじいエネルギーを感じたのか、うめくような雄叫びをあげる。翔自身、自分にそれほどの「気」が宿るとは思いもしていなかったようだ。



「うぉおおぉおおぉお!」



 翔たちから遠く離れた場所にチャールストンは位置している。車体から身を乗り出して、翔の咆哮する様を目にした弥生は、フッと大きく息を吐き出し、千沙に声をかける。



「勝ったぞ。千沙。この勝負」


「ようやくだね。弥生姉」



 千沙は落ち着いていて、安堵の表情をも見せている。これだけでも、翔の鉤爪と、翔とゼナリのコンビネーションへの「信頼」が大きいのが分かる。翔とゼナリが妨げられず、連携すれば勝利は近い。そう生徒会メンバーは確信していた。千紗の声を引き継ぐように、翔の鉤爪とゼナリの両刀は、迫りくる白蛇を迎えうつ。七色の光を放つ、翔とゼナリの「武器」は白蛇を討ちにかかる。



「うなれ! 獅子若刀! 蛇龍剣!」


「吠えろぉおおぉおぉお! 鉤爪!」



 ゼナリが、次いで翔が叫び声をあげる。かたきである白蛇は、催眠液が効き始めているのか、動きものろい。威嚇するかのような声をあげるが、もはや攻勢にも防戦にも転じることが出来ない。翔とゼナリの攻撃を受けるだけだ。万事休す。白蛇の命もここに尽きる。それが決まる瞬間である。



「喰らえ! 我が愛刀を!」


「裂けぇええぇえ!」



 獅子若刀と蛇龍剣は白蛇を二つに切り裂き、鉤爪は白蛇の体を八つ裂きにする。朱色の血しぶきをあげる白蛇。ゼナリの獅子若刀に斬られた、白蛇の頭部も地面に叩き落とされる。だが、返り血を浴びて、地面に着地するゼナリと翔が見たのは、頭だけとなった白蛇の目線の先にいる、一人の男子学生だった。それは他ならぬ疾風である。



「こ、こ、こんな!」



 疾風は目の前で繰り広げられた壮絶な戦いを目にして、足を震わせて、身動きが取れない。その隙だらけの疾風目掛けて、襲いかかろうとするのは、頭だけとなった白蛇だ。最後まで、獲物を狙う凶暴さ。それこそが盲目性の恐ろしさだ。弥生は一つ予想外のファクターがあったことに軽く舌打ちする。「まだ? 弥生姉」。千紗の問いかけに、弥生は辛うじて「いや、大丈夫」と口にするのみだ。白蛇の頭部は地面をはいずり回り、疾風に突き進んでいく。



「あの子!」



 ゼナリは歯噛みするが、戦闘を終えたばかりで、態勢を整えるのが彼女はやっとだ。それは翔とて同じで、何とか立ちくらみを直そうとするばかりだ。転じて弥生は、疾風の窮地を見ても、何を考えているのか、ランチャーを構える素振りさえ見せない。弥生は何かを期待している。いつもの生徒会メンバー以外の、既定路線を超える何かを。



「終わらせて!」



 弥生が信じるように大声を出した、その瞬間、ふんわりと疾風を抱き抱え、宙に舞い上がる人影がいた。それは紛うことなきカグネだった。カグネは飛苦無を白蛇の頭部に投げつけると、爆発させ、鎖鎌で白蛇を引き裂いていく。手負いの傷を負っていた上、最後はカグネに留めをさされて、白蛇も力尽きたのか、「グゥ」という声にならない声を出して絶命する。



「カグネ。根はいい子。そんなものよ」



 弥生はそう柔らかく声を出すと、微笑んでみせる。千紗も弥生が何を期待していたのか、ようやくにして分かったようで、ほっと一息漏らすと、ハンドルに顔をうっつ伏し、「疲れたー」と一言こぼす。一方当のカグネは地面に足を降ろすと、疾風をその両腕から解放させる。腰をガクガク震わせながら、現場から離れようとする疾風に、カグネは意外にも優しい言葉をかける。



「無理するなよ。疾風君」


「は、はいぃいぃい!」



 疾風は声を上ずらせながらも、何とか応えた。彼の無事がたしかめられるとともに、ゼナリたちは戦いに勝利したのを実感する。白蛇の姿が幻のように、溶けて消えてなくなり、白蛇型天徒戦は終わりを告げた。

 その頃、庭園のある邸宅。白蛇の戦いぶりを、具現化装置を通して、見届けた才知は、装置を外すと、ゆったりとした足取りで黄金色のベッドに向かう。彼は落胆は決してしていない。



「『盲目性』は、奇形種であり、具現化装置のバグ、一種の狂い。装置もまだ完全ではないのか」


「ゆっくりと休まれるがよろしいかと。具現化装置は心身ともに疲弊させます。ワインでもお嗜みください」



 具現化装置の不完全さを見届けて、次なる一手を考える才知に傍立つのは、傀儡師だ。傀儡師は依然として、才知の能力とその目的に惚れ込んでいる様子で、彼への敬意を忘れていない。傀儡師にグラスを勧められた才知は、差し出されたグラスの中で、波打つように揺れるワインを飲み干していく。

 数日後、建物の半ば倒壊した体育館に集まった生徒会メンバー。彼らは晴れやかな表情をしている。蓮は蓮でカグネ、疾風と難しいアクセントがついた戦いが無事終わったのに感心しているようだ。彼はいつになく明るい顔でメンバーの労をねぎらう。



「相手は狂暴な白蛇型。加えて盲目性。被害を最小限に留めたられたのは、みんなのおかげだ。これからも一層の鍛錬に励むように」


『ありがとうございます!』



 その場には「連動系魔法」を使用したため、疲労し、学校を欠席していた椎奈と、相も変わらずひねくれ者のカグネは居合わせていない。だが、残りのメンバーは全員出揃っており、声を合わせて感謝の声をあげた。メンバーを信じる教官と、期待に応えようとする覚醒者。その構図が面白くないのはこの期に及んで、またしてもカグネだ。メンバーが一つになった様を、体育館の屋根から覗きこみ、彼女はそっぽを向くと、屋根上にあおむけに横たわり、こう口にするだけだ。



「努力なんてムダムダムダ。才能に勝るものなし!」



 カグネはどこまで天の邪鬼なままでいられるのか。いつになれば自分の寂しさと孤独に向き合うことが出来るのか。にもかかわらずカグネは意地を張ったままだ。かくして晴天の青空に雲は流れ、カグネの嘆き節とも取れぬ、「天賦の才の独り言」が木霊していく。




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