第22話 天賦の才の独り言 6
その頃、一般生徒が避難する地下シェルターでは、教師に交じって疾風も生徒たちを誘導していた。なぜ疾風が、彼を不快がる生徒もいたが、疾風は人の意見に左右されるタイプではない。ひたすら生徒たちを一つにまとめて、教師の手伝いをしている。疾風は、教師たちに覚醒者と天徒の様子を聞かれて、極力冷静に答える。
「はい。覚醒者のみなさんは懸命に白蛇型天徒と戦っています。たった今、彼女たちは白蛇をグラウンドにおびきだしたようです」
覚醒者の特訓に参加したのはわずか一日。単に天徒襲来の現場に居合わせただけ。それでも、少しでも情報が欲しい教師たちは、天徒を目にした疾風を頼りにしているようだ。教師らは、拡声器を使って生徒を落ち着かせている。校長、東機から、天徒に関わる責任はないと言われているものの、最低限の義務は果たしたいというのが彼らの本音だろう。教師の一人が疾風に足早に歩み寄る。
「私たち教師にほかに出来ることは? 疾風。そしてお前にも」
自分の名前も出された疾風は悔しさのあまり、俯いて、唇を噛むしかない。無力な自分を思い知らされる瞬間、覚醒者からすれば、おままごとレベルの協力しか出来ない自分。疾風の気持ちは沈んでいく。彼の両拳は強く、固く握り締められたままだ。
「残念ですが、僕たち一般生徒、教師に出来ることは少ないです。限られています。だけど!」
「だけど」。その接続詞が疾風のつまらないプライドから来るのであることを、彼自身が一番よく知っていた。疾風が力を込めて大声をあげたので、教師たちは次の言葉を待っている。疾風は自分が「足手まとい」になるのを分かっていた。だが言い出したは最後、最早引っ込みもつかないし、引っ込むつもりもない。それが彼、疾風の最大の欠点だ。
「僕がグラウンドに出て、状況を報告するくらいは出来ます!」
教師たちは悲しいことに、実態を充分に知らないせいで、疾風が生徒会でどんなポジションにいるかを分かっていない。そのせいだろう。疾風が口にしたセリフに、期待感を抱いてしまったようだ。少なくとも彼のその行動がどんな意味を持つのか、彼らは把握していない。教師の一人は早まった判断で、疾風の肩を喜んで軽く叩く。
「それは助かる! ぜひ状況を教えてくれ。疾風!」
「はははい! がが頑張ります! 何てったって僕は覚醒者候補生ですから! 候補生! 責任を果たしたいと! 思います!」
疾風は若干青ざめて、唇を震わせている。無理もない。弥生には深く釘差し、念押しをされて、「邪魔」だけはしないようにと言われているのに、この失態。その上、正直初めて目にした白蛇型天徒は、疾風には手に余るし、「怖い」し「恐ろしい」。だが言い出したからには、行動するのが、彼の性格だろう。疾風は二、三度頬を軽く両手のひらでパンパンッと叩くと、早速、シェルターから戸外へと出ていってしまった。その様子を見て一般生徒は、疾風に邪気なく声援を送る。
「頼むぞ! 疾風!」
「お願いね! 疾風君!」
声援を送られた疾風は、もうあとには戻れない。「お、おうよ!」と似合わない返事をして、シェルターをあとにする。シェルターに残されたのは、この危機下だからこそ、想いを素直に表せるのか、不安げに寄り添い、手を握り合う男子生徒と女子生徒の姿だった。
一方、保健室では、蓮となぜか江連が向かい合っている。二人はまるで深い恋仲にあるようだ。保健室のベッドで江連は、蓮に軽い口づけをする。江連は心地よさにまかせて、うっとりとしている。蓮は、江連の期待に添う形で彼女の体に触れていく。
「江連。あなたはすべてを知っている。なのに僕に情報をも横流しする。あなたは弱く、悪い人だ」
瞳をしっとりとさせる江連は、蓮の唇に口づけをする。彼女は蓮の頬に両手をあてる。二人の関係は蓮が江連の恋人として振る舞い、江連が情報を分け与える、というものらしい。江連は濡れた唇を今一度、蓮にあてる。
「仕方ないわ。蓮。私は東機に惚れ込んでいる。だけど彼の『悪』も知っている。だからあなたに秘密を打ち明けているのよ」
「馬鹿だ」
蓮は射貫くように江連を罵るが、江連はそれでも蓮が好きで「離れられないらしい」。蓮のどこに惹かれているのか、今の時点ではまだわからないが、江連、彼女はまさしく蓮に恋をしている。彼女は蓮の首筋に両腕をゆったりと回すと、ベッドへと誘い込んでいく。
場所戻ってグラウンド。千沙がハンドルを握るチャールストンは、グラウンド中央に停まり、弥生が態勢を整えるのを待つ。弥生は今一度ランチャーを構えると、チャールストンを追って、狂気の様相でグラウンドに向かってくる白蛇に照準を合わせる。
「口の中に爆弾。ぶっこむわよ!」
弥生は力強く千紗に宣言すると、ランチャーの引き金を引く。一発目、砲弾は見事に白蛇の口の中に飲まれていき、爆発すると白蛇の内臓を破裂させ、身悶えさせる。だが、さすが盲目性というべきか。白蛇は怯むことなく、弥生と千沙の乗るチャールストンへ突進してくる。千沙はすぐにギアを入れ替える。
「来るわよ! 弥生姉! 車を走らせる!」
「OK! グラウンドで円を描くように誘導して!」
「オーライ」
手を開ける間もなく、弥生は二発目の砲弾を準備し始める。弥生は、今一度白蛇の口内に狙いを定めて、その美しい指先で引き金を引く。いや引いたはずだった。感触はたしかにあったはず。だが、誰かに邪魔されたらしい。ランチャーは反応しない。弥生はランチャーにかかった「重み」を煩わしげに払いのけて声をあげる。「カグネッ!」。そう。弥生を邪魔立てしたのは、弥生自身瞬時に分かったように、他ならぬカグネだった。
「バァッ!」
カグネはこの窮地を前にしても、ゼナリたちの奮戦ぶりが気に食わないらしい。カグネは今、弥生にとって「邪魔」以上の苛立ちを覚える存在であるが、それこそ弾丸をカグネにぶっ放すわけにもいかない。その弥生の弱みを知ってか知らずか、カグネは煙に紛れて、チャールストンの前に姿を現すと、黒い幕でランチャーをくるめ取る。弥生は、放弾不可能になり、暴発しかねなかったランチャーを構え直す。
「カグネ! お遊びもいい加減にしろ! 相手は盲目性! 命に関わるぞ!」
「だって弥生ちゃんたち、放っておいたら結局勝っちゃうでしょう? なら少しくらい妨害があってもいいかなって。……このいい子ちゃんたち!」
そう絶叫してカグネは
「カグネェーーー!」
弥生は素早く、睡眠弾を装てんした銃を構えると、カグネに乱射していく。余裕しゃくしゃくのカグネは、瞬間移動のごとく場所を転々と移し、銃弾をヒラリヒラリと交わしていく。彼女はからかうよな嘲笑も浮かべている。最早銃弾をカグネに放り込むのに、ためらいはない弥生だが、一方の千紗も、あと少しで白蛇を退治出来ただけに、苛立ちは頂点だ。歯をカチッと噛み鳴らす。
「ホンットに邪魔! カグネの奴!」
「千沙。すまない。冷静さを失ってしまった。これ以上カグネに振り回されたら『負け』だ。もう一度、いや、今度は催涙弾を白蛇に撃ち込むわよ!」
「催涙弾!? 盲目性には逆効果じゃ!?」
「大丈夫! 催眠液もたっぷり仕込んであるから! 覚悟してもらうわよ! 白蛇さん」
「南45にチャールストンを切り返す! OK? 弥生姉!」
「あぁ! 場所取りとして最高! 行くわよ!」
追い込まれて、決死の形相を見せる弥生と千沙を見て、カグネは不意に「飽き」のようなものでも来たのか、攻撃の手をゆるめる。天賦の才を持つカグネは、人一倍寂しがり屋でもあり、気紛れでもある。だからこそ、弥生と千沙が連携を取るさまを見て、寂しさがつのり、ぼっち感がたまらず、彼女たちに関心を失ったのだ。だが、カグネの気持ちはともかく、彼女の「ちょっかい」のせいで、大きな隙が弥生たちに生まれたのはたしかだ。白蛇はもの凄い勢いでチャールストンに狙いを定め、近づいてくる。
ズゴゴゴォオオォオン! ズゴゴゴコォオオオォォオ!
そう地響きの音をうねらせて、チャールストンを襲う白蛇に、弥生はロケットランチャーを構える。「行くぞ!」と弥生は、大声をあげて催涙弾を発射する。千沙も大きくハンドルを切り、チャールストンのバランスを取る。U字型に車体を走らせるチャールストンのエンジン音とともに、白蛇型天徒盲目性との戦いは第二段階に進もうとしていた。
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