第21話 天賦の才の独り言 5
地響きの主は体育館に近づき、体育館の床下を突き破る。主は怒号のような音を響かせて、ついに姿を現した。ゼナリは右足を少し引き、軸足をしっかりと固めると、この体育館全体を揺るがした異形の化け物、天徒を見据える。その化け物は一見大蛇のようにも見える。足がなく、その太く長い胴体を這いずらせることで、動いているようだ。ゼナリはその姿を認めて、叫ぶ。
「巨大白蛇型天徒! 吐き出す猛毒は強烈! 浴びただけでおしまいよ!」
疾風は半分腰を抜かしながら、体育館から退散していく。ゼナリは「燃えろ! 獅子! 友を裂け! 蛇よ!」と自らを鼓舞すると、襲い来る白蛇を、獅子若刀と蛇龍剣で迎え撃つ。剣を振るいながらゼナリはあることに気づく。それは白蛇の眼球が紫色に染まり、視点が定まっていないことだった。その意味をすぐに理解したゼナリは、一度白蛇の顔面を斬りつけて、後ろへ退く。翔がすぐにゼナリの傍に寄り添う。
「どうした!? ゼナリ!」
「こいつ! ただの白蛇型じゃないわよ! 盲目性天徒。目が見えないから半端なく暴れ出して、学園の生徒以外も襲う恐れがある! 危険!」
「盲目性! でも! 学園以外の生徒は、天徒が『見えない』んじゃ!?」
「見えない。だが傷つけられは、する」
ゼナリの目、黒色に鈍く光る、彼女の鬼気迫る目を見て、翔はいち早く状況を把握する。天徒は外の人間には見えないが、危害をくわえることが出来る。この条件は、覚醒者が天徒を迎えうつには大きなハンデを伴う。そうと分かれば長話などしている暇はない。外部に害が及ぶのをさけるために、翔は解決策を探る。
「今ここでさっさと仕留めることは出来ない!?」
「難しい。グラウンドとか広い場所におびき出さないと! 体育館もメチャクチャよ!」
弥生もゼナリと翔から、わずかに離れたところに立ち、白蛇との距離をはかる。弥生も白蛇の「盲目性」という性質が、どれほど危険なものか分かっているようだ。右手にはマシンガン、左手には9mm機関拳銃、通称「エムナイン」を持ち、白蛇に応戦する。弥生は唇に貼りつけられた、小さな「マイクチップ」で千紗に素早く連絡をも取る。
「千沙? チャールストンで早く体育館へ! 奴をグラウンドにまで誘い込むわよ!」
右耳に貼付した「受信チップ」から、弥生の声を聞いた千紗。彼女も何が起こったか分かっているようで、愛飲の缶コーヒーを片手にチャールストンのもとへと向かっている。車を運転するのは、弥生だけではないらしい。千紗はイメージトレーニングの傍ら、援護のためのドライビング教習も受けていたようだ。彼女は車に乗り込むと、缶コーヒーを仕舞い、弥生に応じる。
「OK! 弥生姉! 今すぐ体育館に急ぐ! 私の運転は荒いから車体に傷つく恐れあり! 勘弁ね!」
「もちろんよ! そんなこと言ってる場合じゃないわ! 早く! 千沙!」
「オーライ」
白蛇型天徒は、牙を剥きだしにしてゼナリに襲い掛かる。だがなにぶん盲目性だ。その照準は正確には合っていない。のたうつように暴れ回り、ゼナリが両刀で応戦するには、適度に隙がある。だが急所を狙えるほど、動きも安定もしていない。無軌道そのものの白蛇を前にして、ゼナリは歯噛みする。
「くっ! 盲目性! ホンットに厄介な奴! これで市街地にでも出られたら最悪よ!」
「ゼナリ! 何とかこの体育館で仕留められない?」
翔の鉤爪はまだ現れていない。的確なポジションを取って、ゼナリに尋ねる。何とか避けるべきシチュエーションは「白蛇型」が、学園の敷地外へ出てしまうこと。さらには一般市民を襲うこと。それは翔もわかっている。だが多くのポイントを踏まえた翔の問いかけにも、残念ながらゼナリは悲観的だ。
「この狭い場所で留めをさすのは難しい。なにしろ」
ゼナリは両刀で白蛇を斬りつけては飛びのき、右手を床につき体を支える。彼女の言葉を、手に波動を作りだす椎奈が引き継ぐ。
「なにしろ盲目性は、自分が『死んだ』ということにさえ気づかないの。暴れ回るわよ。ここでザックリ行くのはむしろ危険!」
椎奈は波動を放射して、何とかわずかながらのダメージを白蛇に加える。だが情勢はもっぱら防衛という形であり、すぐに仕留めるわけにはいかない状況だ。一か所に集まるのは危険だと察した翔も、ゼナリから離れ、鉤爪を現そうとする。だが今の段階では難しそうだ。身をよじらせて咆哮する、白蛇のパラメータを櫻が告げる。
「白蛇型天徒盲目性。体力985。素早さ1035。魔力耐性44058。攻撃力3825。毒性10989」
パラメータを耳にして驚いたのは椎奈だ。「大きすぎる」。白蛇の魔力耐性に椎奈は、悔しげに歯をカチッと噛み鳴らす。だが彼女には次なる対処案があるようだ。椎奈は「気」を充てんさせるためにも、一旦計算なしの野放図な魔法の放射をやめて、みなへ伝える。
「魔力耐性44058!? デカァイ! 私の魔法だけじゃ歯が立たない! 連動系を使うしかないわよ」
「連動系!?」
連動系。初めて耳にして反射的に椎奈に訊いたのは翔だ。だが椎奈はこと細かく説明出来る状況でもない。身を翻し、翔、次いで弥生へ視線を送る。
「詳しい説明はあと! 来たわよ! チャールストンが!」
見ると体育館傍に、千沙の運転するチャールストンが急ブレーキを踏んで、横づけされる。「千紗。上手になったわね!」。そう合いの手を入れる弥生。彼女はマシンガンを乱射して、手榴弾を白蛇に放り投げると、千紗のもとへ駆け出す。大きな歩幅で、チャールストンに飛び乗る弥生に応じるのは、もちろん千沙だ。
「弥生姉! 遅れた!」
「充分! 無駄口叩いている暇はないわ! 急ぐわよ!」
「OK!」
千沙はチャールストンを、今度はグラウンドに向けてすぐに走らせていく。弥生は車に乗り込んで、半身だけを車体から覗かせる。彼女はチャールストンに車載していたロケットランチャーを構えて、青空へ照準を合わせる。椎奈、翔、ゼナリの三人も駆け足でグラウンドへと向かう。弥生はロケットランチャーのトリガーに指をあてる。
「誘導弾を発射する! 盲目性天徒の鼻孔を特別にくすぐる代物だ! 行くわよ!」
「頼む! 弥生姉!」
千沙の掛け声に合わせて、弥生は誘導弾を発射する。その爆炎から香る匂いが、天徒、白蛇の臭覚を刺激したらしい。ひたすら暴れるままだった白蛇は、誘われるように体育館の壁を突き破り、誘導弾の香りがする方へおびき寄せられていく。弥生は軽く千沙と手を叩き合わせる。
「ひとまず成功! あとは椎奈との連動系魔法で!」
「相当MPを使うわよ! 椎奈の奴も!」
「この非常時。献身してこその、覚醒者よ」
献身してこその「覚醒者」。弥生が発した言葉には、自らの死も厭わぬ覚悟で満ち満ちている。その言葉の裏には、普通の高校生活、ごくごく一般的な10代の感情が犠牲にされている事実がある。それをハンドルを切る椎奈も知っていた。だが躊躇し、感傷に浸っている暇はない。誘導弾の香りに誘われた白蛇は、グラウンドへと波打つように突き進み、その地鳴りを引き起こすかのような叫喚は、校内中に響き渡っていた。
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