第20話 天賦の才の独り言 4


 その凛々しい顔立ちとは違い、時に間が抜けて、とろけるように優しい櫻。櫻の目元はいつもほころんでんいて、彼はメンバーには保護者的に向き合い、母性すら感じさせる。加えて櫻には「共鳴性」という特殊な力があり、相手の心に共鳴し、心情をシェアすることが出来る。出逢った人々すべてに時に同情し、時に悲しみや喜びを分かちあう。そんな力を持っているのだ。この共鳴性はメンバーの心身を労わるのに大いに役立っている。

 櫻の能力は一先ず置いておいて、問題はカグネ。カグネである。彼女は今現在、一時的に姿を晦ましているが、いつ、どこで、ここぞ、という時に邪魔立てするかもわからない。カグネがある程度の予定調和で動いているとしても、やはり気がかりなのは気がかりだ。ゼナリは呆れた様子で右手を腰にあてる。



「ホントにカグネの奴、いつなおるのかしら」


「時が来ればなおるさ。あんな気の持ちようでは、自分を保てるはずもない」



 弥生は、メンバー最年長の余裕を見せて、ゼナリを諭す。ゼナリも弥生になだめられた上、ことの核心。カグネがいつまでもあんな姿勢ではいられない、という話も聞いて「それもそうですね」と納得するだけだ。一方取り残された感のある疾風。彼は足がすくんで動けないままだ。手足の震えを何とか覆い隠そうとする疾風へ椎奈が歩み寄る。



「さっ、これだけで私たちのトレーニングがどれだけ大変か分かったでしょ? どう? もう懲り懲り?」



 椎奈に肩をポンポンと叩かれて、ハッと我に帰る疾風。弱音を吐いて「僕には無理、ですね」と潔く撤退でもすれば、かわいげもあるが、このタイプはなかなかにしぶとい。懲りた様子など一切見せずに、逆に奮い立ち、「うぉおおぉお!」と、空元気すれすれの雄叫びをあげて、彼は今一度自分を鼓舞する。



「い、いえ! 大丈夫です! 先輩たちの戦い振り! 素晴らしかったです! 僕も負けませんよー!」



 ここまで来ると、椎奈は眉をひそめてゼナリと目を合わせるだけだ。ゼナリは「ハハ。ハハハ」とひきつった笑い顔を見せて、疾風の踏ん張りに一先ずはお手上げだ。翔は翔で、何とか疾風が心身ともにボロボロになる前に、助けてやりたい気持ちだったが、彼は受け入れてくれそうもない。結果疾風は、まだ道半ばの腹筋へと、戻っていく。



「あーあ。ムキになっちゃってまぁ」



 椎奈はけっこうな現実主義者だ。どれだけ自分の置かれた状況がシビアだろうと、そのありのままを受け入れる、ある種の強さと「諦めの早さ」も持っている。そんな彼女から見れば、疾風は物わかりの悪い駄々っ子にしか見えないが、かと言って追い出すわけにも行かず、ため息交じりに「やれやれ」とでも言うしかなさそうだ。首を左右に振る椎奈のカバーは弥生の役目だ。



「ここまで来たら、本人の自由にさせておけ。気づく時もいずれ来る。カグネと同じようにな」


「それも、そうですね。弥生先輩。それじゃ、私たちは場所を移して、天徒撃退シミュレーションにでも臨みましょうか。疾風君ー? 体育館の後片付けよろしく」



 椎奈は、気を取り戻したのか、お気楽な調子で疾風の肩をぽむと叩いて、体育館から立ち去って行く。弥生、ゼナリ、そして翔も、疾風を気にしつつも体育館をあとにする。残された疾風は、「くぉおおぉおお!」と最後の力を振り絞り、ただ一人、最後まで付き合う櫻に唸りながら訊く。



「くぉおおぉ! 今腹筋! 何回目ですか!? 櫻さん!」


「あ、ただいま六十八回目です。課題クリアまであと二百三十二回」


「ぐ、ぐわわぁあああ! やるぞ! 俺はやるぞ!」



 こうして疾風の叫び声が体育館中に響き渡り、ゼナリたちは天徒撃退シミュレーションに心置きなく臨むのだった。

 夜間。時計も夜の十一時を回った頃、ようやくのところで疾風の「ごひゃっかい!」という、苦しみにのたうち回る声が轟くと、疾風は死んだように体育館の床に倒れ伏す。櫻も「お見事ですぅうぅ。疾風さぁん」と彼を誉めそやすが、最早疾風は全身ガクガクで動かず、声すらあげることが出来ない。疾風、志半ばにして力尽きる、ってな印象だが、そんな彼の背中を、軽く叩く意外な人物の姿があった。それは努力は軽蔑、時間の無駄、才能なき者は去れ、が信条のカグネだった。天賦の才を自称するカグネからは、驚くことに、信じられない言葉が口をついて出る。



「お前、本当に不器用で、大バカ者だな。でもそんなところ私は嫌いじゃないぜ」



 先までは、嘲笑しながら、ゼナリたちとやりあっていた意外な人物からの意外な一言。疾風はカグネとゼナリたちの確執など知らないし、カグネの気持ちも知らないが、とりあえずやり遂げたことを、褒められて嬉しくないはずもない。口元に笑みを浮かべるカグネを前にして「あ、ありがとうごさいまぁす」と声を絞り出すのだった。

 翌日の早朝トレーニング。体育館には覚醒者の面々と、体が崩壊寸前の疾風がいた。疲れきっている疾風を見て、蓮はサディストなのだろうか、どことなく満足げだ。腕を後ろ手に組み、さも「我が信条ここにありなん」といった調子で話を始める。



「昨日のトレーニングみなご苦労だった。何よりも覚醒者候補生である五十嵐疾風の腕立て、腹筋のノルマ達成は素晴らしかった」



 連に絶賛されて、熱情家の疾風は、感激の余り声を震わせる。彼は直情型だ。褒められれば伸びるし、努力もする。それが自分のキャパシティーオーバーになるも厭わずに、「やってしまう」。そんな男だ。だからこそ感激の度合いも深い。



「あ、ああありがとうございます! 覚醒出来るまで、特訓を重ねるつもりであります!」



 だが、疾風がその果敢な意気込みを話し終えるか、終えないかの時。その時だった。突如として警報が鳴り響くとともに、体育館を地響きが襲う。



ズドドドドォオオォオ! オォオオオォオオォン!



「何!?」



 ゼナリが身構えるが早く、弥生はいち早く天徒の襲来を察知したのか、銃を両手に装備する。翔も心を決めたのか、目を閉じて、こめかみに右人差し指をあてて、瞑想状態に入る。椎奈も波動を出すための「気」を貯めていく。ただ一人動揺するのが、やはり他ならぬ疾風だった。



「て、てて、て、天徒!? も、もうですか!?」


「『もう』も何も天徒の襲来、襲撃は予測不可能かつ不規則。いつだって私たちは臨戦態勢なのよ。候補生さん」


「は、はは、はい! わかりました!」



 弥生に目配せされて、奮起。竹刀を構える疾風だが、それは当然の如く、天徒撃退には無力だ。それをはっきり分かっているゼナリは、弥生に視線を送る。弥生は頷いて、ゼナリの意図を掴んだようだ。声色こそ柔らかいものの、やや突き放した言葉を、疾風に投げかける。



「候補生さん。奮起するのは充分だし、ありがたいけど、あなたの竹刀では力不足。覚醒者でもないあなたがウロウロするのは正直足手まとい。シェルターに避難して」


「そそそそそ、そんなぁ! 僕だって力になりますよ! 剣道7段だし! このマシンガンだってレプリカだけど! だけど! 何かの力になるかもしれないし!」



 言い抗う疾風に弥生は釘を刺す。その目は、何度も舞坂学園の窮地を救い、天徒をしのいできた覚醒者のそれだ。とても厳しい。



「その気持ちとお言葉だけでも頂戴しとくわ。でもあなたは力になれない。早く逃げて」



 眼光鋭く、キッと疾風を睨んだ弥生の目を見て、疾風はようやく状況を理解したのか、うなだれると、残念そうに撤退の準備を始める。その様を目に留めて安心したのか、ゼナリも獅子若刀と蛇龍剣を構える。「蛇よ。獅子よ。我がしもべとなれ」。ゼナリの闘気に満ちた呼びかけに呼応するように、いよいよ地響きの主が体育館へと現れようとしていた。



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