第19話 天賦の才の独り言 3

 その頃体育館の屋根上では、カグネが自慢の赤毛を整えて、またも煙草をスパスパと空ぶかしをしている。翔たちが、トレーニングに「虚しくも」明け暮れている姿に高みの見物を決め込むのが、カグネの趣味だった。悪趣味といえば悪趣味だが、実際趣味が悪いのだからしようがない。カグネはそういう女の子だ。



「さーて! おバカな無能たちがどんな惨めな思いをしているやら」



 だが本当のところ、カグネは一人きりでいるのを必ずしも好んではいない。憎まれ口を叩きながらも、翔たちにまとわりついていることからもわかる。それなら彼女はなぜ翔たちとトレーニングに参加しないのか。そこはそれ。天才を自称する少女であるから、プライドやら慢心やら事情があるのだろう。それだからか、カグネは今日も体育館屋根のガラス窓から、翔たちの「醜態」を覗き込み、楽しんでいる。



「134! 135!」



 いつもの威勢のいい掛け声がカグネの耳に届く。カグネは翔たちの基礎トレーニングを嘲笑っていたが、すぐにも彼女は目を不思議そうに寄せる。数を数える声に聞き覚えのない、やけに苦しむ声が混じっているではないか。「どゆこと?」。そう唇を動かして、カグネは訓練に励む覚醒者たちメンバーを確かめる。すると。



「よんじゅうご! よんじゅうろぉく!」



 翔たちとは百回ほど遅れて、苦し紛れに何とか腹筋をする見知らぬ顔が一人。カグネの目に入ったのは当然、例の疾風であった。新メンバーが加わった場合、全覚醒者にLINEで通知されるので、彼は覚醒者ではないはず。おまけにやけに身体能力が低い。それを見て取ったカグネは事情を理解する。



「はっはーん。にゃるほど。無能なおバカさんに憧れる、さらに無能な一般生徒ってとこね」



 カグネの勘はたしかなもので、実際当たっているのだから仕方がない。カグネはからかい半分に、彼女の武器の定番。飛苦無とびくない爆弾を、疾風に投げつけてみる。カグネはバカである。危機意識が相当欠けている。そのせいで一般生徒へ、破壊力のある飛苦無を投げるという暴挙も仕出かすのである。こんな時、フォローをさせられるのはいつもゼナリさんだ。飛んでくる苦無を瞬時に察したのか、ゼナリは飛び跳ね、疾風の体を抱き抱え、転がる。



「危ない!」



 爆発する飛苦無。その炎を見て、疾風は言葉を失い、呆然としている。我慢ならないのはゼナリの方だ。カグネが、生徒会メンバーの邪魔をするのはいい。それはゼナリたちがカグネの攻撃をかわせるという、予定調和のもとに行われているからだ。いわば遊び、じゃれ合いの感覚であるからだ。



「だけどね!」



 ゼナリはそう叫ぶ。それもそのはず。今カグネが曲がりなりにも狙ったのは、一般生徒だったのだから。それも無防備な。「そんなバカな!」と突っ込んでみたくもなるが、実際カグネはバカなのだから仕方ない。自分の仕出かしたミステイクに気づくどころか、カグネはむしろ喜んでいる。ゼナリが感情を昂らせたので、かまちょのカグネは嬉しいのだ。だが収まらないのはもちろんゼナリの方。彼女は少し声を大きめに張り上げる。



「ちょっと! カグネ!? いい加減にしなさいよ! この子はメンバーでもなんでもないんだからね!」



 するとカグネは体育館屋根の窓ガラスを開けて、ぶらりと天井にぶら下がる。なぜわざわざ天井に「ぶら下がった」のかは知らないが、彼女がそうしたいのだから仕方がない。カグネは腕組みをしていかにも、意地が悪そうな笑みを浮かべる。カグネはいけしゃあしゃあとトボケてみせる。



「だーってぇ。訓練に参加してるからには、覚醒者だと思っちゃうじゃない? 間違えても仕方ないでしょー? アッハッハッハ」



 甲高い高笑いが、やけに鼻につくカグネだが、彼女が天才を自称するのはいい。別に構わない。実際バカな女の子なのだから全然構わない。結果跳ね返って痛い目に遭うのは、カグネ自身なのである。だが一般生徒が危機にさらされた以上、放っておくわけにもいかない。右足を後ろに引き、戦う姿勢で、カグネに言い抗うのはゼナリの役目だ。



「アッハッハッハッ! じゃないよ! この子の動き、気配から察して、普通の子だってことくらい、あんたにもわかったでしょ!?」


「あー、わかんないなー。カグネさん、鈍感だからー」



 鈍感。カグネはある意味、本当のことを口にしてしまったのだが、彼女は気に留める素振りもない。ただただゼナリを苛立たせるために、飄々とするだけだ。ゼナリは、受け答え、不良。意思疎通、不良。オツム、不良。のカグネを前にして頭に血がのぼる。



「くっ! のらりくらりと! カグネ! あんた、そんなんじゃいつか酷い目に遭っちゃうよ!?」


「それっていつだろうかしらねー」


「ほんっとにカグネは! 心配してるのにっ!」



 いきり立つゼナリを宥めるのは弥生だ。両握り拳を作り、何度も床下に腕をふり降ろすゼナリの肩に弥生は触れる。弥生はものごとの全体が見える。だからカグネが寂しがり屋なことも、かまってちゃんなことも、そして適度におバカさんなことも、把握した上でゼナリに忠告する。



「やめろ。ゼナリ。カグネも一般生徒の急所を狙うほど、底意地の悪いバカじゃない。見ろ。爆心地を。キレイに疾風のいた場所とずれているだろう?」


「それはそうですけど! ……でも、弥生先輩、否定はしてもカグネを『底意地の悪いバカ』だなんて言い得て妙―!」



 ゼナリは声をあげて無邪気に笑う。やはりカグネ=バカという図式はみんながシェアしているものらしい。ケタケタと笑い合い、和み合うゼナリたち。だがやはり当たり前と言えば当たり前だが、それを見てガマンならないのはカグネの方だ。



「んっ! この『天賦のカグネ』様を! 『底意地の悪いバカ』呼ばわりするとは! どおゆうつもりだっ。コラッ!」



 カグネは残念ながら、気短で先のことを考えない傾向にある。だから一度カッとなったら見境がなくなる一面もある。ということでカグネは、大声を張り上げて、次々と飛苦無をゼナリ目掛けて投擲とうてきしていく。ゼナリたちはそれをヒラリヒラリと交わしていく。あちこちに起こる爆発、爆炎、そして響く爆音。



チュドドォーン! ボボォーン! バババォーン!



 疾風はその様子を見て、足がすくんで動けないが、ゼナリたちとカグネは案の定、予定調和だ。楽しむように身内ゲンカを繰り広げている。翔ももちろんそのお遊びに付き合っている。本当はカグネ、ゼナリたちがお互いをどう思っているかは別として、カグネの邪魔立てはいいトレーニングにもなっている。

 だがしかし、やがてカグネもゼナリたちを攻撃するのに飽きが来たのか、その手をゆるめる。やり始めたのなら「飽きるなよ」と壮絶な突っ込みが返ってきそうだが、やはり飽きたのだから仕方ない。カグネは一言こう口にして、体育館屋根上へと立ち去っていく。



「まぁ、今日はこの程度にしといてあげるけどさっ。今度このカグネ様をバカ呼ばわりしたらね! したらねっ。お、覚えておきなさいよっ」



 カグネの声は可愛らしくもあり、テンパって言葉がトチル、となると憎めない一面もある。屋根上へとひょいひょいと飛び去るカグネを見て、弥生とゼナリは優しげだ。一方疾風は疾風で、覚醒者の能力の高さに圧倒されるばかりだ。そして翔は櫻さんに柔らかいタッチで突っ込まれていた。



「翔さーん。いい加減自由に出し入れしましょうよー。鉤爪」


「櫻さーん。それけっこうムズイの。わかる? でゅあんだすたん?」


「あいどぉんとぅ」



 こうして天徒が現れない限りは一面長閑な日々が続くのだった。

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