第18話 天賦の才の独り言 2

 さてとにかく困り顔の翔は、「どうする?」とゼナリに視線を送る。ゼナリは自分たちが「特別」だ゜なんて決して思っていないので、とりあえず疾風君のお願いを聞き入れる。なにごとも気ままなのがゼナリの美点であり、欠点でもあった。



「分かったわ。疾風君。教官に請け負ってみるわね。あなたも『覚醒』するかもしれないし。それは私には分からないことだから」



 ゼナリの言葉遣いが丁寧だ。ゼナリが豹変するのは、刀剣両手に天徒と戦う時に限る。彼女は基本、正統派の大和撫子なのである。そんな撫子の受け答えを聞いて、色気づくのは、もちろん疾風君だ。竹刀を派手に、縦横無尽に振り回すと、体全体で喜びを表す。



「この五十嵐疾風の前では、天徒などちょこざいな! 瞬く間にして天徒は一刀両断! かくして学園に平和が訪れるのであった! あったぁあぁ!」



 ぽかんと口を開けて、疾風を見つめるしかない翔たち、メンバー。疾風の意気込みは凄いが、相手は得体の知れない化け物「天徒」。翔でさえ三度の戦いで手ごわいことを知っている。一言で言って、一般生徒が立ち向かうのは「難しい」。だが彼ら覚醒者の心情などもろともせずに、疾風の鼻息は荒い。



「それでは放課後、体育館に参ります! 僕の力をお見せしますよ!」


「う、うん。分かったわ。ぜひ来てね。疾風君」


「うっひょおぉおぉお!」



 体が痺れんばかりに喜ぶ疾風。疾風は「それではワタクシめは退席致します!」と口にすると、身をよじらせながら、翔たちから立ち去って行く。その様子を見て収まらないのが、疾風君が息巻いてる間、比較的冷静だった椎奈と千沙だ。順を追ってゼナリに問う。



「ちょっと、ちょっとゼナリちゃん、大丈夫? あんな勘違い坊やを特訓に呼んだりして」


「あなた達だって大変な特訓に、一般生徒が耐えられるわけないでしょうがぁ。あの子落ち込んじゃうよ?」



 そう問い咎められてもゼナリは平然としている。ゼナリはゼナリなりの計算があるようだ。疾風の暴走っぷりに、やや困っていたとしても、彼女は冷静だ。心配することなど何一つないらしい。弁当箱に今一度向き合うと、美味しそうに鶏のから揚げを頬張り、瞳を閉じて黙々と味わう。



「その時は、その時でよし、と。彼も中途半端な憧れもなくなって、実戦の時に危険な目に遭わなくてすむでしょう。それに」


『それに?』



 千沙と椎奈がゼナリの顔を覗き込むと、彼女はすました顔で答える。意外に冷たい、と言ったら語弊があるが、彼女、ゼナリはきちんと物事を逆算しているようである。



「彼がホントの候補生なら、仲間が増えて悪いことじゃあないでしょう。というわけで一石二鳥。彼を特訓に招くのは。どっちに転ぼうと私たちに損はなし」



 ゼナリの「計算」を聞いて、今度はミニハンバーグに箸を伸ばす彼女に、椎奈と千紗は淡泊な様子で、やや的を射た感想を投げる。



「あらら、ゼナリちゃん意外に計算高い、いやむしろサディストなのね」


「てっきり受けのMだと思ってたのに」


 

 「Mだと思っていたのに」。そのさりげなくも切れ味鋭い突っ込みに、ゼナリは顔を真っ赤にする。



「だ、誰がMだ! 私は思いっきりノーマルです! ということで放課後の訓練をこうご期待!」


『だぁー』



 発破をかけるゼナリに、脱力するのは椎奈と千沙だ。二人は体を机に伸ばして、両手両足をばたつかせる。その心境は「何とかなるさ」というところだろうが、一方翔は口元に手をあてがい、具体的な心配事を胸に抱える。翔は彼、疾風の身の危険を気にかけているらしい。



「でも、中途半端に生徒会に足を踏み込んで、天徒が来た時には、どうするんだ? ちょっと大変な気が」



 だが翔のその心配はどこ吹く風。椎奈と千沙はいつの間にやら気力回復。再び「てやっ」と口にして、おかず争奪戦に挑む。ゼナリはゼナリで綺麗に食べ終えた弁当箱を仕舞い、手を合わせて「ご馳走さまでした」とお辞儀するのだった。



「ということで」



 放課後、体育館に集まった、ゼナリを初めとする覚醒者たち面々を見て、蓮教官は口を開いた。蓮教官は、生徒会員の顔を一人一人いつものように確かめていく。だがそこに見知らぬ顔が一つ。そう。それは顔を強張らせて、緊張で体がガチガチになっている、紛うことなき五十嵐疾風君だった。少し目を点にした蓮であったが、彼には構うことなく切り出す。



「一人見知らぬ顔が交じっているが、この体育館に集まったということは、それなりの覚悟があってのことだと思われる」



 蓮があっさりと疾風を受けいれたのを見て、「意外!」と驚くのは椎奈だ。何といっても鬼教官。ひげを剃るのは忘れども、やはり頭に「鬼」がつくだけはあって、厳しい一面もある男だ。その彼が早々に部外者へお引き取り願わないというのは。椎奈はゼナリの腕を右肘で突き、小声で囁く。



「ちょっと! 教官。本っ気で! あの子を訓練に参加させるつもり? 『部外者は立ち入り禁止』とか言えないの?」


「まぁ、教官も何か考えがあってのことでしょう。気にしない、気にしない」



 ゼナリはにこやかな顔で蓮の話に聞き入る。収まりきらないのは椎奈だ。ふにゅにゅにゅと髪をかきむしり、困り顔を見せるだけだ。さて蓮。



「あー。前もって言っておくが、覚醒者の訓練は非常に厳しい。音をあげるなら音をあげるで、それでよし。私は何も責め立てしないので、心してかかるように」



 ここに来てさすがは「鬼」。訓練が厳しく、過酷である点はしっかり抑えて、部外者にご退場願おうとはしているらしい。だが何を勘違いしたのか、上気して興奮するは、疾風だった。彼は握り拳を作り、喉元にまで伸ばすと、潤んだ瞳にお星さまをきらめかせ、歓喜に打ち震える。



「い、いいんですかー! 蓮顧問! ならぬ教官! 僕みたいな異能力も持たない生徒を迎えていただいて!」


「あー。別にそれは構わない。来るもの拒まず、去るもの追わずが私の信条だ」


「あああああありがとうございますぅうぅ!」



 体を震えさせて、くるりと一回転さえしてみせて、はしゃぐ疾風。椎奈は頭を抱え、弥生はタカをくくっているのか、微笑殺しを見せるのみだ。翔は翔で先の見通しを立てて、冴えない表情はする。で、肝心の「鬼」の方であるが、飛び跳ねる疾風をそのまま放置しないのは、さすが「鬼」。疾風にこう釘を刺すのも忘れない。



「だが、訓練に参加するからには、ほかの覚醒者たちと同じプログラムをこなしてもらう。それが出来ないなら、即撤退するように」


「は、はあぁあいいい!」



 拒否されなかったこと自体が嬉しくて仕方がない疾風は、訓練の厳しさはさておいて、ひたすら竹刀をクルクルと回してはしゃぐばかりだ。だがしかし、トレーニングはトレーニング。疾風に冷たい水が浴びせられるように、淡々と蓮教官の声が響く。疾風には体育館にエコーがかかったのかと思うくらい、非情なまでに、何度も木霊したことだろう。



「それでは! まずは肩慣らし! 腹筋三百回と腕立て五百回! かるーく行ってみよう!」


『はーい!』



 腹筋、腕立ては最早恒例である。数がどうだろうが、しっかりこなすのが覚醒者メンバーだ。指示を出されて、ゼナリ、翔らは事もなく間延びした声で返事をするのみ。すかさずトレーニングに入る。だが当然耳を疑ったのは疾風だ。冗談と踏んだのかどうかは定かではない。彼は前のめりに首を突きだして、蓮に問う。



「あ、あのー。顧問、いや教官、今何と仰いました?」



 蓮はすげない。こういう時はとことん冷たくなるのが、やはり鬼と言えば鬼だ。鬼の目にも涙とも言うことだし、時には泣けよ、とツッコミの一つでもいれたくなるのが疾風の心情というものだろう。だがしかし、ぼーっとした目に笑みを浮かべる蓮の物言いはやはり冷たい。ホントにたまには泣けよ。



「腹筋三百回と腕立て五百回。これは基礎中の基礎だ」


「さささ三百回と五百回!?」


「無理なら別にやめてもいいんだぞ」


「いい、いいや! 人間やってやれないことはない! これが僕のポポ、ポリシーです!」


「ではガムバルように」



 無事指示も終わり、満足した様子でしばらくの間、体育館をあとにする蓮。彼はしっかりと櫻さんに念を押す。



「みんなのカウントをしっかりよろしく。櫻さん。あ、もちろん彼のもね」


「もちろんですぅー。教官」



 中性的かと聞き違うほどに、甘く優しげな声を出す櫻さん。体育館を見渡す櫻さんの視線の先には、習慣をこなすように腕立て、腹筋に励む翔たちの姿がある。若干おののいていた疾風だが、ついに心を決めたのか「おっしゃあ!」と掛け声をあげると、まずは腕立てに勢いよく臨んでいく。櫻さんの優しい励ましを受けながら。



「あのー。大丈夫ですかぁー? 疾風さん。余り無理はなさらずに」


「うおぉおぉおおおお! ちくしょうー! でもやるぞー!」



 こうして部外者闖入と相成った体育館には、疾風の雄叫びがことのほか大げさに響く。その光景を天賦の才を持つカグネが目にしたら、鼻で笑って、嘲笑でもしたことだろう。だがそれでも覚醒者面々(部外者一名)の頑張りは続くのだった。


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