第17話 天賦の才の独り言 1


 「天才」と一言に言っても色々あるが、かの万能の人、レオナルド・ダ・ヴィンチは、「天才」と呼んでも異論を差しはさむ人は少ないだろう。そのダ・ヴィンチ、日がな一日座り込んで、考え込むことが多かったという。見かねた修道士が彼を注意するとこう答えたらしい。



「『天才』は、何もしていない時にこそ最も偉大な仕事を成し遂げるのだ」



 天才が何を考え、その頭でどんな仕事を成し遂げるのか、私たちには分かりにくいものだが、とりあえず私たちの身近な天才、「天賦のカグネ」こと、伊井カグネの考えることは、思いのほかシンプルなようだ。授業をサボって、体育館の屋根に腰を降ろす彼女は呟く。



「あー、凡人ってどうして退屈なことばっかりするのかねー。勉強に仕事、常識の刷り込みとかー」



 カグネは屋根に手を置き、慣れない煙草を口にくわえて、煙を空吹かしする。カグネは、雲一つなく青々とした空を見上げる。カグネはその曲がった胸の内を口にする。



「どれも最近、簡単だし。本当に退屈、暇。面白味がない。これならいっそのこと覚醒しなきゃ良かった。だけど!」



 「だけど!」と声を張り上げて、自慢の赤毛をサラリと掻き上げるカグネは、彼女いうところの凡人に、こうトドメを刺す。



「だけど! 覚醒しちゃったのに、優等生ぶっちゃうゼナリたちは、もっと退屈! 面白くない! 許せない。だから! 邪魔したくなっちゃうのよね!」



 わけの分からない理屈をこねて、二本目の煙草に火を点けようとするカグネだが、ライターはなかなかつかない。「おろ? おろ?」と唇を動かしながら、何度も何度もライターをカチカチするカグネ。ようやくのところで火がついたと思ったら、勢い余って指に熱をあてる。カグネはおっちょこちょいな娘でもあった。



「アチチチチチッ!」



 一方、昼休みを迎えて弁当を開く翔たち。ゼナリは人になるべく関心を持たないようしているつもり。だが、ふと翔の弁当箱が目についたのか、箱のおかずを覗き込み、「お母さんの手作り?」。あどけない笑顔を浮かべて聞く。翔は「うん。そうだよ」と答えて、一口にコロッケを頬張る。



「美味しそうだね」



 ゼナリの目は優しく微笑んでいる。それは天徒と戦う時のゼナリの目とは明らかに違う。ゼナリは覚醒しなければ、普通に、穏やかな学園生活を送ることが出来ただろう。そう思いもする翔の横で、椎奈と千沙は、双方箸を刀剣のように構えて、「行くぞ!」と気合いを入れて、弁当のおかず争奪戦を始める。箸のかち合う音でやや騒がしい教室。だが、そこへ突如として、彼女たちの前に現われる人影があった。



「覚醒者たるもの栄養摂取はパーフェクトでなければならないよね。うん。わかる、わかる。覚醒者候補生の僕とてそれは同じだから」



 そう口にした影の主は「ジャジャンッ」と効果音をつけて、手にした竹刀を高々と掲げる。「彼」の背中にはマシンガンのレプリカ、恐らくモデルガンとおぼしきものが背負われている。男子生徒を目にして、翔たちはとりあえず目を丸くするばかりだ。翔は首を傾げてゼナリに訊く。



「『覚醒者候補生』? そんなのあったっけ?」


「ううん。知らない。私の聞いた限りでは」


「ないのか」



 ゼナリと翔にも構わず、得意げに、その男子生徒は竹刀を振りかざしてみせる。椎奈と千沙は顔をしかめて、明らかに不快そうだ。そんなメンバーのリアクションはさておき、「彼」は口上を読み上げるが如く、持論を披露する。



「舞坂学園に突如として現れた化け物たち、通称『天徒』。彼らを退治するために集まったのが覚醒者。そして覚醒者をたばねる生徒会」



 翔とゼナリはどうしたものか、横目で視線を送りあう。が、一先ずはその「候補生」の口上を聞くしかない。彼は自分のスピーチに酔っていて、その場の空気などお構いなしだ。彼は大きな身振り手振りを交えて話を続ける。



「その活動の陰で、着々と力をたくわえ、覚醒するのを今か今かと待ち侘びているのが、つまりは僕。舞坂学園学生ナンバー109。覚醒者候補生、五十嵐疾風いがらしはやてなんだよね」



 長々と自己紹介をされて、一先ず話をまとめるのは翔だ。翔は横目で、だし巻き卵を一口口にするゼナリの方を見る。ゼナリはこの男の子、疾風を面倒くさがっているのか、少し距離を置こうと決め込んでいるらしい。彼女は、極力疾風に関心を持たないようにしている。翔はゼナリへ尋ねる。



「『候補生』。特殊な訓練でも受ければ覚醒するもんなの?」



 ゼナリは、疾風のような前例があったせいか、答えるのも少しおっくうそうだ。だが疾風が覚醒者に憧れる気持ちもわかる。だからこそ彼に粛々と引き下がってもらうために、丁寧に答えはする。



「そんな話。私は聞いたことがないわ。訓練や特訓では、覚醒者にはなれ、ないはず。覚醒者は選ばれた人たちがなるものだから」


「だよね。俺もそんな感じだったし。ということなんですが。疾風さん」



 翔に「疾風さん」と呼ばれて、盛り上がるのは自称候補生の疾風だ。彼は握り拳を顎にあてがうと、目を輝かせて翔に顔を近づける。翔は疾風に至近距離になられて、背をのけ反らせるしかない。疾風はまくし立てる。



「かぁー! カッコいい! そのクールさ、オープンなところ。ジェントルな振る舞い! さすが男子で初めて覚醒した春風翔さん!」


「は、はぁ」


「翔さんなら! 翔さんなら! 僕の熱意、ポテンシャル、そして覚醒するチャンスについて分かってらっしゃいますよね!」


「い、いや。それは何とも」



 とりあえずあしらうわけにも行かないので、翔は戸惑いつつも、疾風の情熱たっぷりの話を聞くしかない。だが椎奈と千沙は「また憧れっ子か」とポツリと零して、早々と関心を失っている。二人は弁当のおかずに舌鼓を打つばかりだ。それでも疾風は、体を前のめりにして翔とゼナリに、顔を近づける。やはり引く気はないらしい。



「と、いうことでぇ! 僕も蓮教官の鬼特訓に参加させていただけないでしょうか! 大丈夫です。その厳しさは知っております。覚悟の上の志願であります!」


「ってそう言われても、蓮教官に訊かなきゃ。僕は『はい。どうぞ』と言える立場じゃないんだよね」



 翔が丁寧に応じると、無関心を心がけていたゼナリが、「万が一」のことを考えて、疾風を受け入れる姿勢を見せる。



「とにかく、覚醒者候補生がいないとも限らないし、特訓への参加を蓮教官に訊いてみるわね。ただし」



 ゼナリは「ただし」と言って、疾風のお願いに応えようとする。疾風は嬉々として奮い立つばかりだ。



「『ただし』! なんでしょうか!? 生徒会一の美少女、華々月ゼナリさんっ!」



「び、美少女! ま、まぁ私が生徒会一かはともかく、蓮教官の特訓は、『相当』厳しいわよ。普通の生徒がついて来れるレベルじゃないわ。それだけは分かってね」



 「美少女」と誉めそやされて、ゼナリはやや調子が狂いながらも、疾風に伝える。彼は彼で、厄介な人間にありがちな性質。何でも自分に都合のいいように捉える性質を発揮する。疾風は身を震わせて、大声をあげる。



「『特訓は厳しい。分かってね』。ということは僕の特訓志願が受け入れられたんですね! よろしいでしょうかぁ!」



 疾風は余りにテンションが高い。ゼナリと翔は、困ったように顔を見合わせる以外にない。五十嵐疾風は、まことに話をややこしくするタイプの男のようである。ゼナリは左こめかみへ悩ましげに人差し指をあてて、考え込む。翔は翔でそのゼナリを見て困り果てている。教室では今一度、おかず争奪戦を始めた千紗と椎奈の箸のかち合う音が響いていた。



「とぉあー! とおー!」


「なかなかやるな! 千紗!」と。


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