第16話 シスターたちの色恋沙汰 7

 その建物には、あたり一面に庭園が広がっている。建物の一室はガラスで仕切られ、透明のタイルが敷きつめられている。音一つ聞こえないその一室の奥。そこには黄金色のベッドに横たわる男がいた。彼の目は酩酊している。男のこめかみにはプラグが差し込まれている。黒髪に金髪が入り交じる彼は二、三度、目を瞬かせる。



「父さん、あなたの愛情はゆがんでいるんだよ。誰も、幸せにしない」



 男はプラグを外し、体を起こす。上半身裸の彼は、ベッドの前にかしづく、神主姿の天徒。そう、例の「傀儡師」と向き合う。傀儡師は男に敬意を払っているようで、その姿は服従も示す。傀儡師は悔しがる様子などなく、淡々と先の覚醒者戦について告げる。



「大ザソリ二体の天徒が撃退されました。私は様子見の身でもあり、深入りはせず撤退したことをご報告します」


「それもいい」



 男は男でそのこと自体に興味はなさそうで、玉虫色の上着を羽織る。男は立ち上がると傀儡師に歩み寄り、その労をねぎらう。男の立ち振る舞いは優雅で、その生まれ、育った環境が恵まれたものであるのがうかがえる。男は傀儡師の肩に触れる。



「ご苦労だったね。琉希。君もある種の覚醒者であり、僕の最高の相棒だ。感謝するよ」


「ありがたく拝聴しました」


「にしてもだ。春風翔とか言ったね。彼は潜在能力も高いようだし、少し厄介な相手になりそうだね」



 そう危ぶみながらも男は、余裕があるようで、気に留めているのは「表面上」といった印象だ。彼は室内の中央にあるテーブルに近づき、葡萄酒の瓶に触れる。彼はグラスを傾け、陶酔した目を見せる。傀儡師は、先の翔の戦いぶりを話してみせる。



「春風翔。覚醒者ナンバー16。彼は未だに例の『鉤爪』を自在に操ることは出来ません。ですが」



 傀儡師はそう前置きして、翔の鉤爪の威力に触れる。傀儡師は翔を侮ってはいない。だが戦い方次第で勝機が充分にある、と考えているようだ。傀儡師の関心は、「男」に翔の能力を伝えることに向けられている。



の男の鉤爪は自在に伸び縮みし、大きくなり、時に春風自身にもコントロール出来ないほど暴走し、天徒を襲います。注意は必要かと」



 男は、傀儡師の話を聞くとグラスに葡萄酒を注ぎ、一飲みにする。その目には怒りと憐みが見える。天井を仰ぎ見る男は悲しげだ。



「初めての男性覚醒者。彼も『リアル・ラヴ』に目覚める運命にあったのか。父さん。いや、東機。あなたの心はどこまで曲がってしまったんだろう。母さんは、それでは報われないよ」



 男は静かな口振りで、東機の名前を口にした。一方傀儡師は本当に人型の「天徒」なのか。それすら疑いたくなるほど人間味にあふれている。傀儡師は、男の感情をしずめるよう振る舞う。傀儡師は男の前にかしずく。



「覚醒者討伐は、我らにお任せを。春日東機にはあなた自身が制裁をくだすのがよろしいかと。……才知殿」



 東機を父と呼び、彼への敵愾心を剥き出しにする男は才知と呼ばれた。それは彼が東機の息子であることを示す。才知は足を窓辺へと運ぶ。男は、琥珀色をした両開きの扉を開くと、建物を囲う庭園を言葉もなく見つめていた。


 その頃、瑠伽との恋が見事終わった椎奈であったが、彼女のペースは相も変わらず淡々としていて、覚醒者ナンバー16、「鉤爪ちゃん」「鉤爪男」「カギーノ」などと散々椎奈から呼ばれる、翔の胸元のネクタイをいじり倒している。



「翔ちゃん? 椎奈。瑠伽先輩との恋に破れて寂しいの。心の穴。埋めてくれる?」


「た、立ち直るの早いね」



 吐息を翔の首筋に吹きかけながら、胸元を翔に近づける椎奈。彼女の目はうるみ、翔を誘う「意欲」に満ちている。



「でも心だけのつながりだなんて。それ以上の関係だって椎奈は、椎奈は。なんてね」


「いや、そおいうのは」



 少しだけ声を上ずらせる翔。そして彼と指を絡め合わせる椎奈を見て、たまったものじゃないのが、もちろん我らがゼナリだ。顔が薄紅色に火照るのもかまわずに、目をバツ印にして椎奈に声をあげる。ゼナリは何度も両腕を降り降ろす。



「し、椎奈! お前は恥じらいってものが!」


「あらら、今日は顔が桃色に。ゼナちゃん、かわいい」


「か、かわいい? かか、からかうな!」


「そんなに翔ちゃんが大事なら、奪ってみせんさね。ねっ。ゼナちゃん」


「う、奪う?! 椎奈―!!!」



 生徒会室で大声をあげるゼナリ。彼女の声は青空を突き抜けんばかりだ。ゼナリは、舌を出して逃げる椎奈を追いかけ、翔は翔で二人に巻き込まれ、右へ左へ、東へ西へ。とにかくも生徒会メンバー、覚醒者たちの日常は変わらずに、だが時に切なくも続いていくのだった。


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