第11話 シスターたちの色恋沙汰 2


 放課後。学校という管理型コミュニティから解放される時間、あるいは自分磨きのため、部活動なり何なりに励む時間。



「それだからか!」



 翔は大声をあげる。そう。覚醒者にとって放課後は、身体トレーニングが待っている時間だ。翔はゼナリと廊下を歩き、両の拳を握りしめ気合いを入れる。ゼナリはやる気充分の翔に目を細める。翔はゼナリの様子を知ってか知らずか、ふと顔をあげる。視線の先には、壁に飾られた、例の「殉教生徒」の写真が今も眩しい輝きを放っている。

 殉教生徒の三人は全員美少女であるのは、前もたしかめた通りだが、その中でも一際目を引く、美しい少女を翔は目に留める。肩越しにまで伸ばした毛先はカールして、二重瞼は潤んで、しっとりとした艶のある少女。よくよくその顔を見ようと、少しつま先立ちをして翔はゼナリに訊く。



「ゼナリ。あの人。こう、なんというか、ダントツで綺麗だね」


「麗蘭さん、だね」


「麗蘭さん。名前もまたアジアンビューティーな」


「私の二学年上の先輩。優しくて本当に素敵な人だった」


「優しくて素敵。それは完璧な」


「そう。本当にそうだった」



 唇を噛んで俯くゼナリは、何か特別な感情を麗蘭へ持っているようだ。ゼナリの下唇は赤く染まり、麗蘭に会えなくなった彼女の気持ちを表していた。翔は、それほどゼナリが別れを惜しんだ麗蘭へ、今一度視線を送る。その瞳は穏やかで、慈母のような雰囲気さえあった。「『本当にそうだった』、か」。ゼナリの言葉をなぞる翔だったが、彼女の心の奥までは知らなかった。



「翔ちゃーん!」



 体育館に着くなり、勢いよく翔に抱きつくのは椎奈だ。翔の学生服のネクタイを愛おしげにいじり回し、目元を翔の口元へ近づける。「歩く発情期」ならぬ「歩く酒池肉林」は、今日も露骨に体をくねらせて、吐息まじりに体をすり寄せる。



「ねぇ。翔ちゃん、聞いて、聞いて。ゼナリったらヒドイのよ。さっきの授業で、私の解答ミスを逐一修正して、『ガンバってね』だって。まるで小うるさい姑みたい。ホントにヤダ」


 

 「姑呼ばわり」されてゼナリは黙ってはいられない。彼女は一応普通の十代の女の子でもあるから。ゼナリは頭から煙を立ちのぼらせて、顔を真っ赤にし、両腕を降り降ろす。ゼナリの声は動揺の余り震え気味だ。



「こ、こら! 私のどこが姑よ! 私は椎奈を思って!」


「それに、それにさ。家庭科では自分がちょっと料理が出来るからって、『いいわよ。教えてあげる』なんて言うしさ。その天真爛漫な笑顔がまた嫌味ったらしくて。まるで私たちを下等生物扱い」


「ちょっ、ちょっと待ってよ! 私はただ!」



 ゼナリは目一杯顔を真っ赤にして、瞳をバツ印にしてみせるが椎奈には防戦一方だ。椎奈は勝ち誇ったように、翔の襟元に触れている。キャッキャッと黄色い声をあげて喜ぶ椎奈だが、この椎奈の悪ふざけにさりげなく待ったをかけたのは、意外や意外、椎奈にいちゃつかれてる翔だった。「俺って男前のところあるやんけー」と翔が胸の内で呟いたかどうかは知らないが、翔は椎奈の手を握り、体から離す。



「さっ。椎奈さん。そろそろトレーニングしようか。おーい。櫻さーん!」


「はーい。翔さーん。ホログラムは既に準備していますよ。今日もグロテスクで、血生臭い化け物を選り取り見取り、取り揃えておりまーす」



 櫻の声は、その美貌とは裏腹に、ほんわか家庭的ですらある。彼は翔の呼びかけに手を振る。櫻と翔の間には、独特の「間」のようなものがあり、見る者を和ませもする。椎奈の手を振り解いて、やる気を見せた翔にゼナリも一安心。獅子若と蛇龍剣に「気」を込めて構える。



「うん。じゃあ、やろう。翔」


「そだね」



 優等生らしさを見せる翔とゼナリを前に、面白くないのはもちろん椎奈だ。「ふーんだ」と少しふてくされて、視線を横にそらす。それがやきもちや、やっかみではないのは翔もゼナリも知っていた。基本、結局、つまるところは、椎奈もかまって欲しい、寂しがり屋さんなのだ。口を真一文字に結んで、表情のなくなった椎奈へ、翔は振り向きざまに尋ねる。



「ところでさ」


「何よ」


「椎奈ってさ。恋はしないの?」


「アハハハハー。何言ってるの。翔ちゃん。我らが生徒会の面々は恋愛禁止って今朝話したばっかりじゃないの!」


「うん。でもね。ルールはルールでしかないから。自分に素直になるのは悪くないことだと思うよ」


「そ、それはそう、だけど」



 椎奈は今までの勢いはどこへやら、翔の優しさに戸惑い気味だ。思い悩む少女の一面を見せる。そんな椎奈に翔は笑顔を向ける。彼は俯いた椎奈を、手招きする。



「よし! それじゃあ化け物退治しちゃおうか!」


「うん!」



 恋愛禁止。それはもちろん分かっているが、いい相手が見つかれば、飛び込んでいきたい。それが椎奈の本心だった。だが今は彼女たちは使命半ば。戦いが終わるまでその手を、その心をゆるめることは出来ない。椎奈はそう胸に念じて、トレーニングの場、体育館へと足を戻らせるのだった。

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