第10話 シスターたちの色恋沙汰 1
五月。新学期のときめきも消えて一休憩。期待に胸をふくらませて、翔が高校生活を始めて一か月。天徒はあの登校初日、登校二日目以来現れていない。だが翔たち覚醒者は、教官、蓮の指導のもと今日もグラウンドをひた走る。翔は流れる汗を拭う。
「ちょっと待ってよ。身体能力、アップしたんじゃないの?」
翔はスタミナが切れかかり、嘆き節を零す。少し離れた位置から拡声器を手にして、発破をかけるのは千紗だ。千紗はイメージトレーニング用のマシンを頭にかぶり、ルーズな声を出す。
「こらー、鉤爪男―。まだまだグラウンド15周目! ノルマの半分も行ってないぞー」
「くっ! あとひと踏ん張り!」
奮い立つ翔にゼナリが並走する。体操服にブルマ姿の彼女は、普段着やせするのか、その胸元がやけに眩しい。翔を追い抜いていくゼナリは千紗のフォローも忘れない。
「その調子よ! 翔! 千紗はイメージ。私たちは身体。疲れは一緒!」
「でしょうかね! あれ? でも俺って周回遅れ?」
「周回遅れ? 冗談。私はこれで20周目だ!」
「ひえー!」
転じて、ノルマの30周をこなしたあとの午後の授業。華やかな生徒会とは裏腹に女っ気のない生活を翔は教室で送っているはず、だが、そうでもない。翔の傍には、なぜか二年生のゼナリが、前の席には同じく二年生の椎奈と千沙が座っている。
「そう。何を隠そう」
少し誇らしげに口元に手をあてる翔は、覚醒者になって以来、その学力が飛躍的に向上し、入学してわずか一か月で、二年生へと飛び級したのである。余裕の表情で、鉛筆を右手でくるくると回す翔に、「ところでさっ」と振り向きざま声をかけるのは椎奈だ。
椎奈。彼女の関心事は主に色恋沙汰で、天徒の目的とか、そういうのにはほとんど興味がないらしい。倒す相手は倒す。あとは学園生活を楽しむ。そんな子だ。彼女の声は跳ねている。
「私たち覚醒者って恋愛禁止なの、知ってた? 翔」
「恋愛禁止? アイドルじゃあるまいし、何を好き好んで恋愛禁止なんて」
「さぁー? とにかく東機校長直々のお達しだからねー」
欠伸まじりで会話に割って入ったのは千紗だ。でも彼女はこの手の話は比較的どうでもいいようだ。眠たげに欠伸を繰り返すばかりで、話は広がらない。一方椎奈は千紗の肩へ右手を置いて、身を乗り出す。
「ねっ。恋愛禁止なの! 分かった!? で! 寂しいと思わない? 花真っ盛りの女子校生! 乙女の体を持て余すなんてもったいない。そう思わない? ねっ。翔ちゃん」
椎名のノリにもだいぶ慣れてきた翔は、彼女をそれなりに受け流す術も心得ている。翔は椎奈の相手はそこそこにゼナリへと話を振ってみる。
「えぇ。それは思いますとも。椎奈さん。何より不自然、不健康ですよねー。ところで! ゼナリさんはどう思います? 恋愛禁止」
「わ、私はっ! 恋愛なんかにそもそも興味がないからっ」
顔から炎が上がらんばかりに、頬を赤らめるゼナリへ、椎奈は茶々を入れる。
「あー。ゼナリちゃん無理してるー。無理ー」
「べ、別に無理なんか!」
恥ずかしがって、懸命にノートを取るフリをするゼナリを横目に、椎奈は自らの悲運を嘆くしかない。
「なんにしても恋愛禁止なんて理不尽よねー。
千沙も椎奈に相槌を打ってみせるが、そこは、彼女への皮肉交じりだ。
「そーだよねー。『歩く発情期』みたいな椎奈には、迷惑なルールだよねー」
「おい! 千沙。表現が悪い。せめて『歩く酒池肉林』と言ってくれ」
「酒池肉林」の意味が分かっているのかどうか。そう千沙に言い放つ椎奈を見て、ゼナリと翔は思わず声を合わせる。
『なお悪いじゃないか』
色濃い会話が飛び交う教室とは対照的に、窓の外では鳥がさえずり、青々とした空には真っ白な雲が流れていた。
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