第9話 霊感少女のコーヒータイム 4
うら若き乙女の声が、カウントしていく腹筋の回数。だが登校初日からハプニングだらけの翔は、今一つ身が入らない。翔は立ち去る蓮の背を見送りながら、あらぬ考えに至る。腹筋で腰を痛めたらたまったものじゃない、と。
「おーや? 教官不在ということは、多少カウントをごまかしても、ねぇ」
そのあからさまな翔の心を見抜いたのか、ゼナリはクスッと笑みを浮かべる。ゼナリは、翔が今一つ生徒会のならわしに馴染めていないと分かったようだ。ここは「先輩」の立場上、ガツンとお灸をすえてもいいが、そこは本来のゼナリの優しさか、軽く釘を刺す程度で留める。
「あー、翔? サバ読みなんてしないようにね。監視ドロイド『櫻さん』が数えてるから」
「げっ。読まれたか。……ん? 『櫻さん』? とは?」
「櫻さんは、教官が作ったサポートメカよ。教官、工学博士号も持ってるの。櫻さんは、天徒の力を数値化したり、役目は色々。ほら、彼が来た」
するとゼナリが指差したその先、体育館倉庫から櫻さんがやってくる。ゼナリの話から、翔はギシギシ音を立てる「アンドロイド」をイメージしていたが、倉庫から歩いてくる監視ドロイドは、妙に男の艶を漂わている。
「櫻さん」。それは紫紺の軍服をまとった美青年であり、「監視ドロイド」という呼び名は似合わないお方だった。櫻さんのまつ毛は一本一本手入れされているかのように色気がある。紺碧色の瞳を持つ櫻さんは、半ば呆気に取られている翔の前に立つ。
「ワタシハ、サクラ。レンキョウカンニゼッタイフクジュウヲチカッテイルノデス」
いかにも「人間的」な姿とは裏腹に、櫻さんは機械音声だ。翔は不思議がる。
「こんなに完成したアンドロイドが機械声帯? ちゃんと発音出来ないなんて。可哀想に」
すると一転櫻さんはにこやかになり、両指を絡め合わせる。
「いえ、僕は僕でしっかり発音出来るんです。機械音声だと驚くかな? なんて。ちょっとしたドッキリです。翔さん」
満面の笑顔できゃぴきゃぴと飛び跳ねる櫻さんを見て、翔は困惑してゼナリに目をやるばかりだ。
「案外、ネアカなんだな。彼」
「そうなの」
「彼」と呼ばれて、櫻さんは頬を膨らませると、楽しげに翔へ懐いてくる。
「『彼』だなんて呼ばないでくださいよー。翔さん。『櫻さん』ってしっかり名前で呼んでくださいね」
「はぁ、どうも」
完全に櫻さんペースで進む会話に、ゼナリは「クスクス」と笑う。彼女は腹筋を今一度始め、翔は翔で、櫻さんから「ズルはダメですよ? ズルは。ズルってどうして人間はしたがるんです?」と耳に痛い話で念押しされて、訓練へと戻る。響くは櫻さんの腹筋数をカウントする声ばかりだ。
「364! 365! 366!」
和やかなムードで訓練が続く中、不意に「アハハハハ!」という、妙に耳障りな高笑いが館内に届く。身構えるゼナリたち。その彼女たち目掛けて飛んできたのは、炎をまとった、
「飛苦無(とびくない)ね! ということは!」
飛苦無(とびくない)。それは元は忍者が使っていた武器だ。飛苦無は次々と投てきされ、方々で爆発を起こす。ゼナリは軽やかに攻撃をかわして、態勢を整える。翔は警戒心を露わにして「また天徒か?!」と叫ぶ。
だが、弥生から返って来たのは冷めた目と冷めた口振りだった。
「いーや」
「天徒じゃない!? だとすると何ですか? もう一つの勢力とか?」
「んー、そんなにややこしくはないわ。まぁ話をややこしくしてるのはたしかだけど」
翔は眉をひそめる。「どゆこと?」。すると体育館の天井から高笑いが再び響く。翔が見上げると、天井では腕組みをした、赤毛の少女が逆さ吊りになっている。その姿はなかなかに古風であり、思わず笑ってしまいそうだが、そんなことなどお構いなしに、赤毛の女学生はゼナリたちを笑い飛ばす。
「アッハッハッハ。相変わらずバカバカしい。鬼教官の言葉の言いなりになって、腕立て、腹筋なんかに励むとは、ホントにおつむが弱いのぅ」
「何ですか? 彼女は」
翔は少女を指さし、ゼナリに訊く。ゼナリは呆れたように頭をかくだけだ。いよいよこのくノ一紛いの少女の正体が明かされる。
「彼女も覚醒者よ。覚醒者ナンバー14。伊井カグネ。忍法を得意とする、異能力者よ。その才能から『天賦のカグネ』とも呼ばれている。だけど!」
「だけど!?」
「だけど! 生徒会に協力しない、参加しない、努力しないの三拍子揃った不良生徒会員でもあるの。最近は私たちの邪魔ばっかり!」
「それはまた才能に溺れた子がしそうなことで」
「呑気に言ってる場合じゃないわよ! 来るわよ!」
カグネは攻撃の手をゆるめず、またも飛苦無を次から次へと放つ。飛苦無の数の多さに、さすがのゼナリも苦戦している。カグネは「アッハッハッハッハー」と調子に乗り、今度は鎖鎌を振り回す。カグネの様子を見兼ねて、業を煮やしたのは弥生だ。
「いい加減にしないか! カグネ! 自惚れるのはやめろ! いつか誰かに足をすくわれるぞ!」
「いらぬお説教! 勝負だ! 落ちこぼれども!」
カグネは叫んで、期せずしてかばい合うゼナリと翔目掛けて、鎖鎌を降り降ろす。ゼナリは何とかかわすも、床が壊れた勢いで吹っ飛ぶ。翔がゼナリに駆け寄る姿を見て、カグネは愉快そうだ。カグネが、ひ弱だと決めつけている連中がピンチになると、趣味の悪いことに彼女はゾクゾクするらしい。
「アハハハハー! 努力なんて無駄、無駄! 結局才能ある人間が勝つのよねー! 現に蓮も私に手出し出来ないしー!」
「ヤな奴だな! ホンッとに!」
歯がみをする翔へ、ゼナリは諭すように話しかける。
「そう。ホントにダメな子。自惚れて、仲間に協力することさえ出来なくなった子。だけど、だけどね」
「だけど?」
翔が訊くと同時に、余裕綽々だったはずのカグネが、「ドスンッ!」と大きな音を立てて、天井から床へ落下する。カグネは頭を抱える。
「アタタタタ。長い時間、天井にぶら下がってたから、血ぃのぼっちゃったのよね」
そう。その通り。何を隠そう彼女は。
「相当のおっちょこちょいでもあるのよね」
「なるほど」
納得する翔。ある意味力尽きたカグネ。条件が出そろい、弥生は「さぁ、バカは放っておいて、訓練を続けるわよ!」と発破をかける。「はーい」とメンバーが返事をするも、ふてくされた顔のカグネは、それに決して加わりはしなかった。
その頃、千沙はここぞ休憩とばかりに、窓際でコーヒータイムを楽しんでいる。彼女の口をついて出るのは、コーヒーを褒めそやす言葉だけだ。
「あー、やっぱコーヒーは神よ」
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