第7話 霊感少女のコーヒータイム 2

「椎奈。南30に気配あり。魔導砲放射!」


「オッケー! 千沙姫! ロックオン!」



 椎奈は叫ぶやいなや、掌から紫の波動? と呼ぶべきものを作りだし、千沙の指さした方へそれを放つ。椎奈の能力はやはり魔術的な何からしい。椎名の「波動」で光に照らされた場所に、骸の化け物数体が鎌を持って現われる。椎名の「魔導砲」は目に見えない霊体を見えるようにするものらしい。

 「ぉい」。翔が一瞬のけ反りながら口にした声は、化け物に向けられたものか、椎奈の能力に向けられたものかは分からない。それでも戦いは続く。弥生はミクロカプセルから取り出した、短銃を両手にして、ゼナリも獅子若刀、蛇龍剣を掲げて、化け物を迎えうつ。獅子若刀、邪龍剣は柄から刃が伸びる伸縮自在のもののようだ。戦いのテンポが速く、テンパり気味の翔にはお構いなく、骸の化け物は鎌を手元でクルクルと回転させる。




「これは、えげつない!」



 翔は体を引いては身構える。恐らく霊体だと思われる骸たちは、舞を踊るように鎌を振りかざし、覚醒者に襲い掛かる。弥生は銃弾で、ゼナリは刀剣で立ち向かう。銃撃音、刀剣と鎌がせめぎ合う音が生徒会室に響き渡る。今の所、天徒と覚醒者の力はほぼ互角だ。椎奈の手から放たれる光の波動の援護があったとしても。



「こいつら! 一様に!」


「力! たっくわえてるわね! ホントに!」


「冗談もほっどほどにね!」



 弥生、椎奈、ゼナリの順に声を出すも、敵はしたたかに、舞踏さながらの攻撃をしてくる。翔は一旦戦いの場から足を引き、自分に出来ることを探してみるが、見つからない。何しろ、翔の能力である鉤爪は、現時点では自分でコントロールして出し入れ出来ないのだ。

 「くっ!」。翔が歯がみをした瞬間、やや体のバランスを失ったゼナリのセーラー服の肩口が鎌で裂かれる。その光景に、翔の中で何かしら目覚めるものがあった。「覚醒」。その言葉がまさに相応しい。狭い生徒会室での戦いとはいえ、敵も味方も充分にそのスペースを使っている。その最中、いよいよ翔の背中から例の「鉤爪」が現れようとしていた。



「助かる! 翔! 援護して!」


「オーライ」



 鉤爪が現れた翔は、それを意識してコントロールしてみせる。鉤爪はのたくるように暴れ回り、次々と骸をなぎ倒していく。覚悟を決めたのか、二、三体のリーダー格と見られる骸が、隣り合うゼナリと翔目掛けて突進してくる。ゼナリは、獅子若刀と蛇龍剣を振り下ろし、翔も、ゼナリとあうんの呼吸で、鉤爪を化け物に喰らいつかせる。



あがぁがががぁあぁああぁあ!



 叫び声とも悲鳴ともつかない「音」を立てて、化け物は炎上し、崩れ落ちていく。最後に一体残ったリーダーでさえ悶えて、身動きが取れなくなっている。「留めだ! 滅せよ! 化け物!」。弥生は叫ぶと弾丸を蜂の巣状に撃ち込んでいく。粉々に砕け散る骸。勝負が決したのか、紫の炎が立ち込めると、散らばった化け物たちは消えていく。

 


ずぉおおぉおおおぉおぉおお!



 地の底から響き渡る「命乞い」にも似た音を残して、無事、化け物は覚醒者の手で一掃される。



「はぁはぁはぁ」



 激しく息を切らす翔を見て、弥生が目を見開く。



「そのコントロールの難しい『鉤爪』は、ゼナリがピンチになると出てくるらしいわね」


「そ、そう、なんですかね? 大丈夫? ゼナリ」



 呼吸を整え、ゼナリの手に触れる翔。彼が視線をあげるとゼナリはどこか寂しげだ。翔はゼナリが寂しげな理由は分からなかった。ゼナリは蛇龍剣と獅子若刀を握った手をダラリとぶら下げている。



「大丈夫。大丈夫よ。私は。翔の方こそ大丈夫?」


「俺は、何とか」



 ゼナリの強がりを目にすると、翔の胸はなぜかチクリと痛みを感じる。ゼナリと翔が立ちすくむ生徒会室は哀感を帯びていた。


 午後。学業に専念。授業中。翔は勉強が嫌いな方ではない。それだからか、天徒との戦いで登校二日目にして、ようやくまともに受けることになった現国の授業を、翔は楽しんでいる。



「現国とは語学力だけでなく、コミュ力を養う科目でもあり」



 本当か嘘か分からない講義をするのは三十代前半の、少し無精髭を生やした田端蓮だ。生徒会室から解散する時、ゼナリから告げられた話によると、田端は生徒会の顧問らしい。にしては昨日、今日と覚醒者集合の場にも現れなかったし、新しい覚醒者となった翔に何か声かけするわけでもない。



「お飾り、神輿のような存在なんでしょうかねー」



 翔がそう勘繰ると、飛んできた紙飛行機が、翔の頭をコツンと一叩き。それは翔よりも一学年上のゼナリが、廊下から投げたものだ。翔の視線の先、ゼナリは笑って、手で紙飛行機を開くジェスチャーをして立ち去って行く。翔はゼナリに勧められるがまま紙飛行機を開き、その白い紙に書かれた文に目を通す。



「蓮先生を侮るなかれ。彼、鬼教官よ」



 「鬼教官」で、連想されるのは、竹刀をビシバシ振るう体育会系のそれだが、蓮を見た限り、コワモテな鬼の色合いは薄い。侮るなかれと言われても今一つピンと来ない。大あくびをして、背伸びをする翔へ、蓮先生の古風極まりない注意のしかた、チョークが飛んでくる。



「あっ。春風。お前は放課後、体育館に来なさい。覚醒者たちの訓練があるから」



 「あ。どうも」。間の抜けた翔を見て、クラスメイトはクスクスと笑い声を立てている。覚醒者という立場がいつの間にか広まった以上、多少はアイドルなみの扱いを受けるかと思いきや、蓮の言い方から察するに、翔も一般生徒と変わりないらしい。残念極まりない。それに「訓練」。何だかやけにイヤな響きだ。覚醒した以上、努力なくして天徒退治に勤しめるというわけでもないらしい。

 それに「来い」と言われたからには、正々堂々と体育館の敷居をまたぐのが男ってもんでしょう。翔は、クラスメイトの励ましともからかいともつかぬ声援を背にして、放課後、体育館へと向かう。みんなの声はやけに耳に痛い。



「翔! 覚醒したからには、みんなを守ってくれよな!」


「翔君! 覚醒者ってスゴイんでしょ!? 色んなこと出来るんでしょ!? ガンバってね!」



 みんなの後押しはどことなく無責任にも聞こえる。「あんまり期待しないでよ?」。そう一言うそぶく翔が仰ぎ見る青空には、今日も自衛隊機が飛行機雲を作っていた。

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