第6話 霊感少女のコーヒータイム 1
これは翔が幼い頃に読んだ小説の話だ。女性に誘惑された男が神を襲う。怒った神は彼の首を斬りおとし、首なき男として未来永劫生きながらえさせる。このエピソードは翔に痛烈なトラウマを埋め込み、そのせいか翔は女性には一面慎重だった。
「それだからか!」
翔は女だらけの生徒会で、男性一人の特権を味わおうともせず、とりあえず大人しくしようと心に決めた。加えて、翔はニュートラル、中性っぽい青年でもあり、がめつく「ハーーーーレェエェエエムゥー!」とは叫ばない性分も持ち合わせている。翔は頬を二、三度両手で軽く叩く。
「どぉしたの? 翔ちゃん」
翔が生徒会に入って以来、毎日恒例のようにしなだれかかるのは椎奈だ。彼女は、めでたく覚醒者の仲間入りをした翔の胸元のボタンを一つ一ついじってみせる。「んー。考えごとですよぉ。椎奈さん」と、平静を装ってみせるが、内心ぐらつくのは男の性だろう。
「コ、コラ! 椎奈! 毎朝、毎朝! いい加減にっ!」
顔を真っ赤にして、両腕を振り下ろすゼナリには目もくれず、椎奈は翔の腕をくるめ取る。生徒会の日誌を片手に、無関心な弥生先輩はさておき、根っからのなでしこスピリットを見せるゼナリをからかうのが椎奈は楽しいらしい。
「あっらー! ゼナリちゃんったらそんなに恥じらってウブねー」
「ウ、ウブ!? 椎奈がやり過ぎなだけだ!」
翔は、顔を火照らすゼナリの手前もあり、襟元を整えて、煩悩を頭の片隅に蹴りとばす。「ホントにやり過ぎですよ? 椎名殿」。こう柄にも言い方を添えて。タイミング同じく弥生が日誌を閉じる。記帳が終わったらしい。「よし、これにて終了!」と声をあげた弥生だが、一瞬眉をしかめる。コツコツコツと生徒会室に近づいてくる足音に反応したのだ。「やれやれ」と呆れ顔の弥生を含め、全員がそのおぼつかない足音に耳を澄ます。
「大丈夫ですか? この人」
翔が尋ねるも、弥生はクックと笑い声を立てて「なら確かめてくるといい」と勧めるだけだ。翔は「ゴメンね! 椎奈さんっ」と、椎奈の手を振りほどき、生徒会室の扉を開ける。彼は廊下の左右を見て、足音の主を探すが、人の気配は消えている。彼が「おや?」と首を傾げた瞬間。
「レロレロー!!!」
天井からショートボブの少女が、舌を出して翔の目の前にぶら下がる。翔は足のバランスが崩れ「おわっ!」と声をあげて倒れ込む。その様子を見て、当面の目的を達したのか、逆さづりだった少女は、足に着けた留め具を外すと足を降ろす。
「みなさん、こんにちはー。ご機嫌いかがー?」
少女は生徒会室へ向けてやや力の抜けた声を出す。人を食ったような少女の態度に、翔は「何なんだ」と顔をしかめる。翔は迷惑そうに、ズボンについた埃を払い、弥生とゼナリに「この人は?」と少女を指さす。弥生は足を踏み出し、ゼナリは困り顔で、こめかみに指先をあてる。
「幽霊生徒会員、神月千沙。覚醒者ナンバー12。『別名・霊感少女の千紗』だ。遅れたな。今日も遅刻だぞ」
「千沙。最近なってないよ? 出席はマチマチだし、天徒とも戦ってる、とは言えないし」
緩んだ表情のまま、口元がだらしない少女。千紗は、両掌を頬に逆さにあてる奇妙なポーズを取る。
「だぁってー。私の霊感が役に立つ相手なんてなかなかいないんだもーん」
「『だもーん』ね。千沙」
ようやくその「艶っ気」という武器を引っ込めた椎奈が、千沙の言葉遣いを正してやるが、千紗は「アハハのハー」と笑って返すだけだ。一方、翔は翔で完全に手玉に取られたのが頭に来たのか、千沙の肩をグッと掴んでみせる。ここが男気の見せ所と言わんばかりに。
「ねぇ。ちょっとさぁ」
千紗は翔に反発するかと思いきや、突然涙目、涙声に変わる。
「え? 何? 泣かすの? 怖い。泣いちゃうよ? 本当に? いいの?」
「えっ。ええっ? そういうわけじゃ」
「泣いちゃうよ? ふぇぇえええぇえーん!!!」
「ちょい待ち!」と千紗を慌ててなだめる翔へ、呆れて掌を上下にぶらつかせるのはゼナリだ。
「あ。翔。心配いらないから。その子の得意技は嘘泣き。よく泣くから注意してね」
「嘘泣き?!」
「そう。嘘泣き。だから本当に泣くわけじゃないから、大丈夫」
翔が目を千紗に向けると、彼女は先に見せた涙目などどこへやら。「はーい。ゼナリさんには負けましたよー。負けましたー」と、欠伸半分に開き直っている。ごく短い生徒会生活で、翔は自分には敵わないタイプの女がいると知る。彼は軽く頭を抱える。
「何だか、ひと癖ある人たちばっかだね。これで全員?」
「あー、うん。あと一人いるけどね。さらに厄介なのが。とりあえず表だって活動してるのはこの四人。四人の名前を覚えれば、生徒会活動に支障はなし!」
「支障なし。そりゃ良かった。これ以上お相手出来ませんよ。僕は」
観念したように両手を広げる翔を遠目に、欠伸ばかりを繰り返していた千沙だが、不意に表情が一変する。
「手先が冷たい。何か気配を感じる。いるよっ!」
千紗に煽られて、すぐさまゼナリは両刀、弥生は短銃をミクロカプセルから取り出し構える。なにぶん千紗の霊感が感じ取ったのだ。霊感のないゼナリたちは「天徒」を探し出せない。だがそこはコンビネーションが取れている。役割分担は万全だ。千沙の指示を皮切りに、翔、二度目の天徒戦が始まる。
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