第4話 ブランチはチャールストンの傍らで 3

 白髪が見え隠れする春日と江連は、一見愛人の仲にも見える。別に誰と誰がお付き合いしようと構わないが、せめて目のつかないところでやって欲しい。それが翔の気持ちだ。

 だがもちろん、ゼナリと弥生は二人の関係には全く関心がない様子で、バトルの報告をする。背筋を美しく伸ばす二人。翔は横目でゼナリを見て思うところがあったのか、自分もアゴを引き、姿勢を正す。

 まずは紅色の口紅が鮮やかな江連が、天徒を倒したゼナリを労う。



「ご苦労だった。覚醒者登録ナンバー11。華々月ゼナリ。よくやってくれた」


「ありがとうございます」



 深く礼をするゼナリの鼻筋はとても整っている。ゼナリの横顔に翔が見惚れていると、弥生が彼の右肘をつねる。「テッ!」。声をあげる翔に目配せする弥生は、やはりハメを外すことが許されている。彼女には余裕がある。その証拠に、一連のやり取りを目にしていた校長、東機からも弥生へのお咎めはない。

 東機は三人を迎えると、早速この争いのあらましを話してみせる。



「『天徒』と呼ばれる化け物が、我が学園を襲うようになったのは4年前だ。たしかな目的は分からないが、彼らは生徒を襲い、学園に泥を塗るのを楽しんでいる」



 学園バトルファンタジー紛いの話を、ごく当たり前に話す東機は奇妙にも見えるが、翔も実際それに巻き込まれている以上、話を聞くしかない。ネクタイを締め直すと、校長の話へ耳を傾ける。



「同時に、彼らは生徒を洗脳しようとしている」



 「洗脳」。生徒には健やかに育って欲しい学園にすれば、それはたしかに面白くはないだろう。だが話が大きすぎて、翔は声を出す。



「洗脳。学校ごと? ですか?」



 翔の質問に、東機は相槌を打つ。



「その通り。暴力に頼った洗脳。それが彼らの目的の一つだ」



 翔は元から、何にでも適応するタイプだ。それだからか、洗脳、覚醒、天徒、日本刀など、少なくとも一般的な高校生にとって、リアリティのない単語が出てもたじろぎはしない。

 「それに」と翔は呟く。だって納得するしかないじゃない。背中から鉤爪が飛び出して、モンスターをやっつけちゃったんだから。それならいっそのこと、東機の話を鵜呑みにした方がいい。翔の姿勢は固まる。その様子に東機も満足したのか、彼は両指を絡める。



「そして彼らを倒すためにか、初めての覚醒者が生まれたのが三年前。結果、私たちは防戦から抜け出すことが出来た」


「そう、ですか。それは幸いでしたね」



 東機と翔の話にゼナリと弥生も頷いている。腕組みしたままだった女教頭の江連が、東機の話を引き継ぐ。



「それまでは犠牲者が多かったのよ。だけど覚醒者が現れてからその数は減ったの」



 江連は言葉のわりに、どこか情がない感じもする。翔はひょいとゼナリの顔を覗き込む。だがゼナリは唇をキッと結んだままだ。ここは江連の情がどうこう言う場面でもないらしい。彼はもう一度東機に顔を向ける。



「そしてその覚醒者たちをまとめるために作られたのが、『生徒会』だ」



 「生徒会」。それって普通は、風紀を守ったり、校内イベントの運営などをするもんではないのかい? 翔がぼそぼそと口にしていると、東機は読唇術でも持っているのか、彼の気持ちをくみ取る。



「そう。君が思っている通り、生徒会の表立っての活動はそうだ。だが学園の『それ』は違う。プラスαだ。天徒と戦い、倒す。それが実態だ」


「それは、また。大変ですね」



 驚き、また納得した翔を見て、ひと段落ついたと踏んだのか、弥生とゼナリが口を開く。まずは弥生だ。



「その生徒会の会長が、そこにいる華々月ゼナリ。そして副会長が私、橋川弥生だ」


「よろしくね。翔。生徒会長と言ってもお飾り。会長としての仕事はちゃんと出来てないけどね」


「よ……、よろしく。お願いします」



 ごくごく短い時間に、頭へ叩き込まれた多くの情報。翔は気持ちの整理をしつつ、やや遠慮気味に返事をした。とにかく覚醒者になった以上、生徒会に翔は協力しないといけないらしい。断るわけにもいかなさそうだ。翔はスーッと一度深呼吸をして、頬を指でカリカリと掻く。思案げな翔に東機は促す。



「さぁ、これで私の話は終わりだ。春風翔。これから君は、覚醒者の一人として生徒会に入ってもらう。頑張ってくれたまえ」



 翔はそこまで頼りにされて、それを無碍むげにするような男でもない。だが、「はいはい」と首を縦に振って、見返りなしの仕事をする人でもない。冗談まぎれに、江連と東機へこんな質問をしてみる。



「で、見返りというか。メリットは何かあるんです? 生徒会に入って」



 翔の少し可愛げのある口振りに、江連は微笑む。



「今現在、男の覚醒者は春風翔、あなたしかいないわ。生徒会は桜の花園よ」


 

 男の覚醒者は自分一人。それは悪くない。実際翔は健康な男子だった。女だらけの生徒会でチヤホヤされる夢を多少見たっていいじゃない? 翔は今日初めてと言っていいほどの芯の通った声を出し、背を伸ばす。



「春風翔。16才。これより生徒会に入らせてもらいます。どうぞよろしく」


「それでいい。さぁ、君には早速仕事が待っている。生徒会室へゼナリ、弥生と一緒に行きなさい」



 東機に勧められて、三人は一礼をすると校長室を出る。翔の頭にはいくつかの疑問があったが、心配することもない。彼は結構な楽天家でもあった。それに、選択肢は今の所、一つしかないじゃないか。ならばやるべきことは一つ。翔はひたすら前を歩くゼナリと弥生のあとを追っていくだけだった。

 

 その頃、校長室では残された東機と江連が言葉を交している。



「よろしいので? あのような者を覚醒者と認めて」


「愛。真実の愛が欲しい。例えそれが人を犠牲にするとしても。ただ、それだけだよ」


「そうですか」



 翔がいつか耳にしたような言葉を口にして、東機はまっさらな壁に潜ませた隠し扉を開ける。その向こうでは一人のまだ若い男が、ピラミッドの形をした、「ピラミッドフィールド」と呼ばれる場所に浮かんでいる。その男の頭には電極が差し込まれている。それは異様だったが、東機、江連は意にも介していない。

 ベッドの男はぶつぶつと言葉をただ漏らす。



「ワレ、モウソウ、ゲンカクヲ、グゲンカスベク、ソンザイセリ」



 その男の言葉の意味はまだ、分からない。ただ、校長室の窓の外。咲き乱れる桜は、その光景と対比するように儚げで、どこまでも美しかった。

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