第3話 ブランチはチャールストンの傍らで 2
このチャールストン。もともとは農具だが、シンプルなデザインがウケて、街でも走るようになったという代物だ。そんな車に乗るなんて、よほどの男前教師か、美人教師か。
手傘をさして、目を凝らす翔の隣では、ゼナリのかき上げる長い髪が風に揺れている。彼女の艶やかさを前に「これは、かなりのものではないんでしょうか。せんせい」と呟く翔は、根っからの健康な男子生徒でもあった。
さて一方チャールストンは、ザックリ翔のハートに斬りこむように、グラウンドの片隅へ速度を一切下げることなく、縦列駐車をピタリと決め込む。
「これは、カチョいい。イケメン教師か美人教師! 間違いなし!」
だが車から降りてきたのは、自分勝手に盛り上がる翔を、一面裏切るお方だった。車から降りてきた人物、座席に片足をかけて、遠くを見据える人物は、セーラー服姿の少し大人びた女学生だった。翔は「おや」と口にして、ゼナリに視線をやり、女学生を指さす。
「あのー。学生さんでしょ? あの方? もしかしてー、お知り合い?」
車で登下校なんてもちろんNG、のはずだが、ゼナリは構いもせずに翔へ告げる。その声には、チャールストンの持ち主への「呆れ」も含まれていた。
「彼女も、覚醒者よ。橋川弥生、マシンガン、ライフル等、重火器類の使い手よ」
「お知り合い。ですか。やっぱり」
弥生に心浮き立つものがあっても、翔は自分から動くわけでもない。ゼナリと翔に近づいてくる弥生に、彼は一言も口を利けずにいる。一方当の弥生は若干引き気味の翔へ、自ら進んで手を差し出す。その唇は潤い、薄く開いている。
弥生はゼナリよりもいっそう色気の漂う、長い髪を両手で軽やかに揺らす。
「あなたの情報は、少しだけど入っているわ。春風翔。よろしくね。覚醒者について、この争いについて、詳しく知りたければ、隣にいるゼナリか、校長直々に聞くことね」
「あ、あの! よ、よろしくお願いします! 僕はですね!」
相当な美女に握手を求められて、翔は言葉がつっかえる。翔を見る弥生の目は微笑んでいる。「そなた、ひょっとして女が苦手なのか? ならばいつでも私が手ほどきしてやろう。色々とな」。そう口にして、翔をフラッとさせては、彼女はご機嫌だ。弥生は、翔が緊張気味にシャツを整えるのを見て笑っている。
そんな二人の様子に興味がないのか、ゼナリはスッと足を前へ出す。
「今日の化け物は、六肢の蜘蛛。雑魚クラスだったけど、結構手こずったわ。弥生姉。化け物のレベルは徐々に上がっていると見ていい」
「なるほど。報告ありがとう。ゼナリ。了解よ」
話を聞いて、ようやく本題に翔は立ち返ったのか、あたふたと身振り手振りを交えて、弥生に何かを伝えようとする。その無様さはジェリー(ネズミ)に毎度敗北を強いられるトム(ネコ)のようだ。
「あ、あの! 僕はですね! 背中から……、爪! 鉤爪? そのようなものが飛び出してですね! はい。で、その!」
話がまとまらない翔へ、弥生は諭すように告げる。
「あなたも覚醒者になったからには、校長の話を聞くべきね。一緒に行きましょう?」
背中から生えでた鉤爪。日本刀を操る少女、化け物、そしてチャールストンの美女。ポイントは出揃い、ようやく話は進むようだ。翔はほっと一息、ふと空腹に襲われたお腹をさすり、ゼナリと弥生の顔を順にうかがう。
「そういや今朝食べてないし、お腹が。だけど……、『ブランチはチャールストンの傍らで』とはいかないようで、すね。ハハ、ハハハハハ」
そんな翔の気の利いた文句と、から笑いをさらりと受け流し、戦いが終わった校庭を弥生とゼナリはあとにする。二人が行くのは校長室だろう。翔は弥生とゼナリを追いかけるしかない。校内の廊下に入った翔は、壁に飾ってある少女の写真を3枚、ふと目にする。どの子も適度にカワイく、適度に美人だったりする。まるで美少女博物館のようだ。翔は少女たちをじっと見る。
「この子たちは?」
「殉教生徒よ」
「殉教生徒?」
そんな呼び名を耳にして、翔は自分が巻き込まれつつある戦いに、不安に近いものを感じる。
「殉教。もしかして、化け物相手に戦って、散っていた乙女たちでしょうか。これは」
「そうよ。よく分かったわね。翔。この先輩たちこそ、学園を守った英霊よ。ホントのところは行方不明になっているのだけど」
「『英霊』。それはまた」
ゼナリの答えに翔は少し怯んでいる。英霊、殉教。大げさな言葉が並び、翔は「んー」と眉間に人差し指をあてて、思い悩むしかない。
そんな翔を差し置いて、ゼナリと弥生は翔の前で「じゃれあって」いる。
「だからぁ。弥生先輩は」
「ゼナリはもっと色気をつけた方がいいぞ。じゃないと男も逃げていく」
「先輩」「ゼナリ」。二人はたしかにそう呼び合っている。ということは弥生が年上らしい。見る限り弥生の方が落ち着いていて、ハメを外すことも許されているようだ。力関係も弥生が上のように見える。
「ゼナリにはしっかりしてもらわないとな。それでなければ」
「分かってます。弥生先輩」
上下関係はともかく、弥生はゼナリに何か「光」のようなものを見い出している。弥生のその気持ちはどこから来るのか、翔はあれこれ考えるも、もちろん答えは出ない。口元に手をあてて、考え込む翔へ、弥生がからかうように釘を刺す。
「こら。翔。私たち二人に色気や女っ気を求めないことだ。きっとヒドイ目に遭うぞ」
「ぼ、僕は、そんなことは!」
あたふたと手を動かし否定する翔。その翔を見てクスクスと笑い声を立てる弥生とゼナリ。三人の関係はこうして、かくも女性上位になった。
「んー、面白くないがっ。仕方なし」
そう諦める翔を連れて、ゼナリと弥生は校長室へ足を運ぶ。校長室の前で立ち止まり、よく「通る」声を出すゼナリは凛々しく、涼しげな風を感じさせる。
「失礼します!」
勢いよく挨拶して、校長室に入った翔たち三人を迎えたのは、50代半ばの、髪を後ろへ撫でつけた校長、春日東機と、30代初めにして教頭になった女教師、その豊かな胸元が眩しい山梨江連だった。
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