ふたばと魔術師

 ふたばが向かった場所、それは・・・・。

「頼む、出て」

 インターホンを何度も押した。常識の無い奴だと思われても構わない。

「あ、ふたばちゃん」

 出たのは明日香だった。そう、地図に示された場所は明日香の自宅だったのだ。

「ちょっと、入れて」

「ごめんね、今、親戚のお兄ちゃんが来てて」

 明日香が後ろめたそうに、背後の、ピンクのソファーに腰掛ける、金髪の青年を顎で指した。

「おい、アイツだ」

 ふたばは明日香を押し退けて、家の中に入ると、早速、その青年の前に立った。

「おい、マルク・ベルベットだな」

「んん、何のことだい?」


 青年は深い海のような碧眼をしていた。彼はソファーに腰掛けたまま、ティーカップに入った紅茶を飲んだ。


「マルクって誰よ。あの人は、私の親戚の・・・・」

「バカ、目を覚ませ。おかしいだろ。親戚って、あんな金髪の白人が、親戚って有り得ないだろ。暗示に掛けられてるのが分からないのか」

 ふたばは明日香の肩を激しく揺さぶった。

「ほう、僕の暗示の魔術に気付いていたのか。君も魔術師かな?」

「ちっ、どうすれば良いんだ」

「無駄だよ。暗示は解けない。僕が気絶するか、魔力を失うまではね」

「ほう、わざわざ答えを教えてくれたんだ」


ふたばは木刀を強く握り締め、金髪の男、マルクに殴り掛かった。それは、確実に彼の眉間を捉えた。


「ぐっ」

「口ほどにも無い」

ふたばはマルクが倒れると同時に、明日香の方へ、駆け寄った。彼女は呆然と遠くを見つめたまま、動かない。

「バカな、暗示が解けていないのか」

言った矢先に、背後から気配を感じたふたばは、素早く飛び退いて、木刀を持ち直した。


「冗談だろ。頭蓋骨砕く勢いだぜ。お前、どんだけ石頭なんだ」

「くくく、自分の木刀を良く見なよ」

「あ?」

木刀には、黒いモゾモゾとした虫が、びっしり張り付いていた。あまりの気味悪さに、それを投げ捨てる。


「ひっ」

「へえ、きゃあ、何て可愛らしい悲鳴は聞かせてくれないのかい?」

「ふざけやがって、説明しやがれ」

「良いだろう。僕の得意とする虫の魔術により、集められた無数のハエ達が重なり合い、僕の盾になってくれたのさ。痛みは感じるが、死ぬほどじゃない」

「たかが、虫ごときで?」

「何千もの虫が重なれば、甲冑を着ているとは言わないでも、衝撃の一つぐらいは耐えられる。そして、見ろ。自分の姿をね」


ふたばは自分の服を見下ろした。そこには、黒い虫が何匹も、白地のシャツにびっしり張り付いている。


「う、こ、これは」

「気持ち悪いだけじゃない。ほら、服を見ろ」

シャツが少しずつ透けている。溶けているのだ。奴らは口から酸のようなを分泌し、服を溶かしている。


「服だから良いものの、皮膚であったら、考えるのも恐ろしいな」

「や、野郎。うう」

ふたばは服を手で叩くが、それも無意味だった。奴らは、よほど、天の邪鬼らしく、振りほどこうとすれば、するほど、より強固にくっついた。


「そして、これも食らうと良い」

尻に針の付いた、蜂のような、少し大きめの虫がふたばの首筋に付いて、チクリと、針を薄肌に刺して、何かを注入した。

「はう」

ふたばはバランスを崩して、近くのソファーに向かって倒れた。

「な、何をしやがった」

「その虫には強烈な媚薬作用のある毒が含まれている。今、君はそれを入れられたのだ」

「びび、媚薬だとぉ」


ふたばは千鳥足でフラフラと、マルクから距離を取った。別の部屋に入るも、足が縺れて、その場に倒れてしまう。


「熱い、体が焼ける、うう」

ふたばは仰向けに倒れると、ポカンと、口を開いたまま、天井を見つめた。そこに、マルクが現れる。

「くく、媚薬の味はどうだい?」

「あはぁ、気持ち良い」

「ふははは、しおらしくなったな」

「頭がポカポカして、バカになりそう」

「ふふ、君は中々に美しいからね。僕の妻にしてあげよう。そうだ、暗示を掛ければ良いんだ」

「か、掛けて。暗示でも何でも」

「よし、なら、近くに寄れ」


マルクは勝利を確信したように笑みを浮かべると、ふたばの身体を抱き抱えて、引き寄せた。何て、軽いのだろう。少しでも力を込めれば、この白い肉は、簡単に壊れてしまいそうだ。


「早くしてぇ、どうにかなりそう」

「あははは、可愛いじゃないか」

ふたばは目に涙を溜めながら、マルクの唇を求めた。彼もそれに応じる。瞳を閉じて、ふたばの三角に突き出された唇に、自身の唇を近付ける。

瞳を閉じていた。そう、そのせいで、彼はふたばの顔が、唇が触れ合う寸前のところで、意地悪く歪めたことに、気が付けなかった。ふたばは八重歯を見せて、笑うと、彼の顔面に、唇の代わりに、彼の放った虫を食らわせた。


「むぐ、んごぉぉぉぉ」

「へへ、あんたの虫を、手の中に隠しておいた。どうやら、口を塞いどけば、変な液体は吐かないようだからな、そら、たっぷり味わうと良いよ」

「ぐ、がぁぁぁ」

口の中に、血と肉の味が拡がる。彼はそのまま白目を剥くと、後ろにひっくり返り、動かなくなった。

「ふう、これで暗示も解けたな」


次の日、双葉は学校の帰り道、背後から、またも奇妙な気配を感じた。

「な、誰だ?」

瞬間、彼の口元は、ハンカチで塞がれ、そのまま、気を失ってしまった。


目が覚めると、そこは、またも真っ暗な一室であった。


「やあ、目覚めたか」

黒スーツの女が微笑んだ。

「あのな、どうして一々、用があるたび、人を拉致監禁するんだ。普通に話し掛けられないのか?」

「済まない。情報を知られるわけには行かないゆえ」

「まず、縄をほどけ」

「そうだ、マルク・ベルベットについてはありがとう。礼を言う。そして、これが褒賞金だ」


椅子に縛り付けられている双葉の、眼前にあるテーブルの上に、ドサッと、乱暴に札束を置いた。


「お、おい、それって」

金額はサラリーマンのボーナス込みの、一年間に稼ぐであろう、年収ぐらいはあった。それを、まるで、鳩に餌やるみたいに、彼女は投げた。


「足りないか。ならば」

さらに、同じく札束をもう一組投げた。

「うわああ、やめ、止めろ」

「怯えることは無いだろう。君の父親ならば、億は要求する」

「親父と一緒にするな」

結局、そのお金は、双葉の銀行口座に、密かに貯金された。

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