フリーメイソンから来た魔術師

日本のどこかにある建物の一室、そこは広い空間に畳だけが敷かれていた。立花丞はそこで、胡座を掻いて、待っていた。


「待たせたな」

「けっ、待っちゃいないさ」

「息子は元気か?」

「へん、俺の息子を利用したいテメーからしたら、俺の息子の体調は心配だよなぁ」

「嫌みを言うな。朕は本当に心配している。そなたの息子を。あの純朴な息子は、己が宿している、恐ろしい能力を自覚しているのか」

「その点は怪しいな」


丞はボリボリと頭を掻きながら苦笑した。目の前にいる男は、簾の中に上半身を隠しており、顔が見えない。服装は、はっきり言って、この時代のものでは無い。中国、それも古代の皇帝がしていたような、荘厳な姿。所謂、漢服に冠を被っていた。


「さっき、殺界を使いやがった。あのバカ。あれほど、軽々しく使うなと」

「そなたに似て、中々の問題児だな」

「へえ、邪馬台国の時代から世襲制で、日本を裏から支配して来た、霊山の長様も、粋なことを言いやがるな」

「ほほほ、まあそれはそれとして、そなた、いや、そなたの息子に頼みたいことがある。聞いてくれるか?」

「断っても無駄だろ?」

「そうだな。実は、フリーメイソン所属の、ある魔術師が、日本に亡命しているらしい。それも、久遠町に潜伏しているというのだ」

 帝は何か、思案されているご様子で、丞のことをご覧になっていた。

「フリーメイソンか。イングランドの秘密結社だな。オカルト好きからすれば有名だが、その実態は、魔術の研究機関だ。しっかし、そいつを見つけてどうするんだ」


 丞の言葉に、帝は僅かに微笑まれた。そして、扇子で顔を隠されながら、鋭い目でもう一度、丞の顔をご覧になった。


「フリーメイソンからの依頼だ。フリーメイソン内で補完されている、貴重な魔導書を、その者が盗み、日本に逃亡したのだ」

「ならよ、フリーメイソンの奴らが捕まれば良いじゃないか。どうして日本が」

「治外法権だ」

「なるほどな」

 丞は笑った。長いこと、裏世界で生きて来たが、こういう形式ばった、堅苦しさに表も裏も関係無いらしい。

「名前と顔写真をよこしな」

「ふふ、これだ」

 写真を受け取った丞は、早速眼を通す。そこには、金髪の20代前半ぐらいに見える、白人の青年が写っていた。男のくせに、耳には、派手な金色のリング状のピアスが付けられており、何処か、無機質な、ともすれば死相とも呼べるような、薄幸そうな顔立ちをしていた。

「名前はマルク・ベルベット。西洋魔術界の重鎮、マルコシアス・ベルベットの長男だ」



 日曜日、双葉と銀二は、退屈な14時という、午後のひと時を、町でぶらぶらすつことに費やしていた。

「おい、双葉。ふたばちゃんになってくれよ」

「嫌だね。男の姿でいられるのは、放課後か休日だけなんだ。女でいると、肩が凝って仕方無いし、男としての生活を忘れそうだからね」

「おちんちんが恋しくなったわけだ」

「うるせえ」


 しばらく歩いていると、急に双葉は足を止めた。そして、銀二の方を振り向いた。

「どうした?」

「誰かが後ろから、俺達を尾行している」

「え?」

「見ろよ」

 双葉が自分達の背後を顎で指した。そこには、黒いスーツに身を包んだ、おかっぱ頭の若い女がいた。色白の肌に、きちんと着こなしたスーツが、彼女の人格をそのまま表しているかのようだった。

「おいおい、あんな美人に尾行されるなんて、有り得るか。明らかにされる側の見ためだ」

「ちょっと付き合えよ」


 双葉は銀二と一緒に、路地裏の方に駆けて行った。女の方も、それに気付いて、焦って、同じように走って追い掛けて来た。そして、路地裏の中に入ると、そこには、誰の姿も無かった。おかしい、確かにあの二人はこの路地を抜けて行ったはず。そう思った矢先、背後から、トントンと、彼女の肩を叩く者がいた。


「あ・・・・」

「やあ、お姉さん」

 双葉はニコッと微笑むと、女は何を思ったか、突然、ポケットから、スタンガンを取り出すと、双葉に襲い掛かって来た。

「ちっ」

 双葉はそれを軽やかに避けると、その背後にいた銀二の腹部にそれは当たり、彼の身体は地面に叩き付けられた。そして、そのままビクビクと痙攣していた。

「銀二、クソ、こいつ」

 双葉は臨戦態勢に入るが、それよりも、早く、背後から彼の後頭部に鈍い痛みが走った。振り返ると、同じように黒スーツを着込んだ、スキンヘッドの、体長190センチあるであろう、大男が立っていた。

「うう、くそ・・・・」

 双葉はその場にうつ伏せに倒れると、そのまま、二人の黒スーツに抱えられて、銀二だけを置いて、何処かへ連れて行かれた。



「起きろ・・・・」

 頭から水を掛けられて、双葉は眼を覚ました。そこは、真っ暗な個室で、彼は椅子にロープで縛りつけられていた。

「あんたら、強盗?」

「まさか、我々は霊山の人間だ」

「れ、霊山?」

「おっと、父親の立花丞からは聞いていないのか。霊山のことを」

「また、あのクソ親父が出て来るのか」

「ふふ、霊山とは、君のお父上ともつながりの深い組織でね。その昔、そう、日本史の授業で習っただろうけど、邪馬台国と呼ばれる国があった。中国で言えば、三国志の時代だ。その頃に女王として君臨していた卑弥呼こそが、霊山の設立者だ、日本の行く末を裏から決定して来た秘密機関。歴史上の不可解な事件は、全て霊山の思惑によって働いている。例えば、本能寺の変で、明智光秀が織田信長を討ったのも、光秀が霊山から命令されてしたことだ。信長は危険すぎた。そして、坂本竜馬を暗殺したのも、霊山の人間だ。理由は信長の件と同じ。そして、日中戦争の幕開けとなった、盧溝橋事件の最初の銃弾を放ったのも、霊山の手の者だ。このように、日本を裏で支配しているのが、我ら霊山」


 双葉はそれを聞いて笑っていた。笑うしかなかったのだ。しかし、彼らはとても冗談を言っているような顔をしていない。下手に逆らえば、きっと平気で自分のことを殺すだろうと、双葉は確信していた。


「警察に行っても無駄よ。誰も我らには逆らえない。あなたは総理大臣が日本のトップだと思っているようだけどね。総理大臣は表の顔。私達の用意した傀儡にすぎないの」

「その、胡散臭い支配者様が、俺に何の用?」

「フリーメイソン」

「え?」

「フリーメイソンというイングランドにある、魔術の研究機関から、一人の魔術師が、貴重な魔導書を持って、ここ久遠町に逃げ込んで来たわ。彼を捕まえて欲しいの」

「どうして、俺が・・・・」

「あなたの持つ力、殺界ならば可能でしょ」

「何故、それを知ってる」

「言ったでしょ。我々は日本を裏から支配する霊山よ。何だって知ってるの。それより、あなた、結城家の嫡男でしょう。ならば、魔術、いえ、陰陽術の心得はあるわね」

「無いよ。お袋から聞いたけど、家は没落しているらしい。そのすじの人間はいない」

「へえ、意外ね。私達にも知らないことがあったわ。でも、陰陽術は知っているでしょ」

「ああ、少しね」


 双葉は先日の珍念の騒動を思い出して苦笑した。彼が用いた、傀儡の術も、陰陽術の一つであった。


「陰陽術は日本独自の魔術体型よ。結界と支配に特化した魔術。それに対して、フリーメイソンの魔術師が扱うのは、西洋魔術。付与、つまりエインチャントと属性付加を中心に、魔術の五大要素である。強化、支配、結界、付加、召喚全てを網羅した、まさに魔術界の花形。北欧魔術や東洋魔術も、その他全ての魔術も、西洋魔術から何かしらの影響を受けている」

「へえ、興味無いね」

「あなたに捕まえて欲しいのは、マルク・ベルベットという男で、この写真に写っている金髪の青年よ。彼は支配を得意としており、特に蟲使いと呼ばれる、蟲を魔力で支配し、意のままにするという、恐るべき魔術を行使しているわ。そして、彼のもう一つの得意である、暗示によって、今、彼はあなたの身近な所にいるわ」


 女はそれだけ告げると、突然、ティッシュを丸めて作ったこよりを取り出した。

「な、何だよ。それ・・・・」

 双葉は嫌な予感がした。

「これで、こうやって」

 女はそれで、双葉の鼻を擽った。すると、彼はくしゃみをして、女の姿に変身した。

「うう、この、何しやがる」

「あはは、本当に女の子になったわ。面白い」

「人を玩具みたいに、しやがって、うう」

「どうしたのかしら」

「胸が苦しいんだよ。この縄を解け」

 女体化した影響で、胸元の縄の締め付けがキツイらしい。身体をクネクネと動かしながら、縄抜けを試みていた。


「任せるわよ」

「テメー、うう、胸が苦しい」

「あら、巨乳は大変ね。それよりも、早くした方が良いわ。何せ、マルクの潜伏している場所はここなんだから」

 女に見せられた地図を見て、ふたばは驚愕した。そんな、まさか、こんなことは有り得るのだろうか。縄を解かれたふたばは、急いで、その場所へと向かった。

 

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