第9話 エロ坊主現る

「くそ、ムカつくぜ」

人通りの絶えない、昼間の商店街を、一人の頭を丸めた少年が、不機嫌そうに歩いていた。身長は130センチほどの小さな体躯にして、彼は中学生だった。右頬にできたニキビを気にしながら、遠くの方で、楽しそうに話をしている、三人の少年と少女を見て、地面に唾するような、しかめっ面になった。


「檜山銀二。少し背が高くて、顔が良いからってよぉ、あんな横暴が許されるのか」

タコのように真っ赤になりながら、坊主の少年は、同じクラスの檜山銀二を睨み付けていた。

銀二は、二人の女子生徒に囲まれて、何やら楽しそうにしている。女子と話すこと自体が、坊主の少年にとっては、有り得ないことだと言うのに、あの軽そうな男は、それをいとも容易く、しかも、二人も左右に侍らせている。


「しかも美人かよ。くううう」

一人は赤髪にちょこんとアホ毛の乗った、ショートカットの、少し気弱そうな美少女で、内股の佇まいが、思春期の少年には堪らなかった。そう、まるでイチコがたっぷりとデコレーションされた、ショートケーキのように、バニラ味のアイスのような、シンプルな可愛さがあった。

もう一人は、栗色のショートボブの、見た感じ、ツンと澄ましていて、気が強そうな雰囲気の、これまた美しい少女がたっていた。彼女は、自分の魅力に気が付いていないのか、周りの男達の視線も気にせずに、少しがに股気味に、ブレザーも脱ぎ、白のワイシャツ一枚でいた。スカートは特に弄らずに、規定通りの長さである。


「ああ、あの強気な女、特に良いなぁ。でも、俺なんか相手にしてくれないだろうなぁ。キモいとか思われるよなぁ」

羨望の眼差しが、少々強すぎたらしい。銀二ど視線が合ってしまった。彼は、坊主の少年に手招きすると、おずおずと近付いて来た彼にヘッドロックを掛けながら、その坊主頭を拳骨で、グリグリと虐めた。


「よお、珍念じゃねえか。お前、最近見掛けないと思ったら、何してやがったんだ」

「痛、放せよ。止めろ」

女子の手前、珍念は決まり悪そうに、銀二のヘッドロックから抜け出そうとするが、元より、銀二の方が力は強い。抜け出そうにも、抜け出せず、結局、されるがままになっていた。


「こいつよぉ、寺の坊さんの息子なんだが、中坊にもなって、小学生に苛められてんだぜ。ダサいだろ?」

「くくく、止めなよ銀二、ソイツ、泣いてる」

気の強そうな女の方が、涙目になっている珍念を見て、笑いながら、銀二を制した。


「ふたば、お前に紹介するのは初めてだよな。こいつは珍念だ」

「知ってるよ。さっきから言ってるじゃん。というか、同じクラスだよね」

「う、うう。そうだよぉぉぉ」

珍念は、ここ数日風邪で学校を欠席していた。しかし、ふたばは生徒の名簿を見ており、そこに、珍念という、珍しい名前があったため、強く印象に残っていたらしい。


「銀二、テメー舐めやがって」

珍念は、ポケットをまさぐって、小さな紙切れを取り出した。そこには、見たことの無い、漢字の羅列が、曼陀羅のように配置されていた。

「お、俺だって、陰陽師の端くれ」

珍念は勇気を振り絞って、その紙を、銀二の右腕に付けた。すると、紙ごと、コンクリートの上に溢れた水のように、凄まじい速さで、彼の右腕の中に溶け込み、紙に書かれていたものと同じ、漢字の曼陀羅が、彼の右腕に出現した。


「な、何だ。テメー」

それに気付いたのは銀二だけだった。彼は咄嗟に珍念を捕まえようとするが、時既に遅く、彼は身軽な身体を利用して、サッと、銀二から距離を置くと、一目散に商店街の人混みに消えて行った。


「な、何だアイツ」

呆気にとられている銀二を、珍念は電信柱の陰から盗み見ていた。我が事成れりと、密かに喜んでいた。

「銀二、テメーには地獄を見てもらうぜ。我が、陰陽術。傀儡の術を受けろ」

珍念の右肘が赤く発光した。すると、銀二の右腕もそれに従い、同じように光を放っていた。


「な、何だ?」

驚く銀二であったが、次の瞬間、さらに驚くべき出来事が、彼を苦しめた。

むにゅ。

「ん?」

むにゅ、むにゅ。

何やら、柔らかい物を彼は右手で鷲掴みにしていた。丸みを帯びていて、それでいて、張りというか、弾力もある。この世にこんな柔らかいものがあるのかと、自分の掴んでいる手を見た。


「・・・・」

「あ、こ、これは」

目の前には、無表情のふたばが立っていた。水晶玉のような眼を見開き、自分の胸部にくっついている、男の手を見つめていた。


「こ、これはだなぁ。わざとじゃなくて」

言い訳しても始まらない。これならば、いっそ、殴って欲しかった。そうすれば、この一件は、セクハラを越えて、ギャグで終われたからだ。しかし、ふたばは無表情で、怒るわけでも、泣くわけでも無く、ただ、自分の胸を、変形するぐらいに強く握っている、銀二の太い指と手を見ていた。


「こ、これは俺の意思じゃない」

言いながら、むにゅむにゅと、握ったまま、ふたばの胸にマッサージを施していた。

「ん・・・・」

ふたばの声色が甘いものに変わった矢先、彼の顔面は、ふたばのストレートで、ぺしゃんこになっていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る