第8話  女体化ロジック

「とりあえず、そこのソファーで休んでなよ。冷蔵庫にアイスあるから、何味が良い?」

「いや、構わないよ。今はご両親は?」

「いない。てか、どうせパチンコだろ」

 ふたばはぶっきらぼうに答えると、おもむろに制服を脱ぎ始めた。

「ちょっと、何して・・・・」

 清十郎は、女慣れしているはずなのに、激しく取り乱し、顔を真っ赤にしていた。

「おいおい、男同士で何照れて・・・・」

 言い掛けて、思わず口をつぐんだ。今の自分の姿を鏡で見たのである。そう言えば、今の自分は女であったと、今更ながら思い出したのである。


「ああ、そうだった。悪いな。面倒だけど、あっちで着替える」

 ふたばは着替えを持って、別の部屋に移った。ふたばからすれば、男子更衣室で着替えるような気持ちだったのだろう。男ゆえのデリカシーの無さが出てしまった。


「ふう、何なんだ彼女は」

 清十郎は溜息交じりに、ふたばの着替えている部屋の襖を見ていた。僅かに、襖は開いている。普通、女性と言うのは、異性に裸を見られることを、それが恋人でも無い限り、望まない、というよりも嫌悪するはずだが、彼女はどういうわけか、まるで同性のように接して来る。


「まさか・・・・」

 他の男性の前でも、そんな破廉恥な態度で臨んでいるのでは無いだろうか。ふたばは清十郎の友人でも無ければ、彼女でも無いというのに、彼はまるで、恋人の不貞を疑うような、猜疑心に囚われていた。つまり、嫉妬したのである。


「僕の前ならまだしも、他の、くっ、育ちの悪い馬鹿な男子の前でも、平気で裸を晒しているんじゃないだろうな。それはまずいぞ」

 彼女は大変魅力的な美少女だと、清十郎は評価している。実は自分はアイドルをやっていると言われても、納得できるし、寧ろ、素人だと言われる方が不思議でならない。どこぞの芸能プロダクションに所属していても違和感が無いからだ。はっきりとした目鼻立ちに、程よく膨らんだ乳房。長い睫毛に、ふんわりと柔らかそうな髪の毛、そしてメリハリの付いた身体。近くに寄ると、シャンプーのような甘い香りがして、思春期、いや中年も含め、あらゆる男性が、女性に求めるものを全て満たしている。これで家事ができれば、きっと良いお嫁さんになるだろうと、清十郎はふんでいた。


「しかし・・・・」

 反面、惜しまれるのが、彼女の性格だった。清十郎の評価では、彼女はかなり大雑把な性格に見える。きっと、ミニスカートで胡坐を掻けるタイプだし、階段を上がる際に、スカートの後ろを手で押さえるような、繊細な真似はきっとしないだろう。それが、他の男どもの視線を浴びていると思うと、彼はじっとしていられなくなる。


「うおおおおお」

 清十郎は立ち上がると、まだふたばが着替えているというのに、僅かに開いた襖を、全開にして、部屋の中に転がり込んで来た。

「ダメだ、ああ、ダメだ。君は、自分の魅力を軽く見ている」

「え、はあ?」

 ふたばは上半身裸の状態で、シャツを持ったまま放心状態になっていた。先程、別の部屋で着替えろと言った男が、自ら同じ部屋にやって来たので、内心、戸惑っていた。


「あ、いや、ごめん」

 清十郎は謝りながら、ふたばの身体を盗み見た。女性らしい滑らかな曲線、彼女が動くと、プルンと、露わになった乳房が軽く揺れた。

「何だ、ビンタすれば良いのか、それとも桶でも投げるか?」

 ふたばは苦笑すると、さっさと着替えてしまった。

「ブラは、ブラは着けないのかい?」

「着けるわけ無いだろ。お前は着けるのか?」

「ば、バカなそんなことするか」

 かみ合わない会話。やはり、彼女はどこか変わっているのでは無いか。清十郎はますます不安になった。


「彼氏が泣くぞ」

「ば、彼氏なんかいるかよバカ。俺は男だぞ。ホモでも無いからな」

 何が癇に障ったのか。ふたばは顔を真っ赤にして、清十郎を怒鳴り付けた。清十郎としては、彼氏持ちかどうかを確認する、ある意味、鎌掛けのような質問だったのだが、その効果は予想以上だった。というよりも、完全に裏切っていた。


「お、男なのか」

「ああ」

 ふたばは女性の象徴をブルンと揺らしながら、両手を腰に当てて、どうだと言わんばかりに胸を張った。それが却って、女性らしさを強調してしまっている事実には気付いていない。

 清十郎は思った。見た目はこんなに可憐な少女にしか見えないというのに、まるで中身はガキだ。自分が男だなんて、見え透いた嘘を付いて、きっと彼氏がいないことをコンプレックスに感じているのだろうと、憐れに思った。しかし、反面、自分にもチャンスが巡って来た喜びを感じてた。最も、彼の性格からして、たとえ、相手に彼氏がいたとしても、それを自分の力で強引に奪ってしまうのが、日常茶飯事だったから、今回の場合もそこまで気にしてはいなかったのだが、障害が無いに越したことは無かった。


「そうかふふふ・・・・」

「何だよ、気持ち悪いな。急に笑い始めて」

「君のような可憐な花が、どうしてこんなところに咲いているのかと、驚いたのさ」

「花、俺が?」

「そうだね」

 流し目にふたばのことを見つめる。大体の女性はこれでコロッと堕ちてしまう。彼女とて例外では無いと、清十郎は考えていた。

「くく・・・・」

「ん、どうしたんだい?」

 清十郎が俯くふたばの顔を覗き込んで、優しく耳元でささやいていた。


「くくく、あはははははは。笑わせるなよ。花って、あははは、お前、そんな古いナンパ方法で、良く生きて来れたな。これなら俺でもイケるかな」

「え、あ、ええ?」

 ふたばは涙目になりながら、腹を抱えて爆笑している。清十郎は何か、魂を奪われたみたいに放心状態になり、そのまましばらくして、彼女の家を後にした。そして、吉田道場に帰り、父親に泣き付いて、何とか、再び、吉田流代表の一人として、元の地位に返り咲くことに成功した。


 次の日、清十郎は溜息を吐いていた。どこの馬の骨とも知らぬ後輩に負けておきながら、彼は稽古もせずに、道場の隅に縮こまって、何かをぶつぶつと呟いていた。


「最近、清十郎様がおかしいな」

「ああ、あんな凄惨な負け方じゃ、無理もない」

「いや、何だか違うようだぞ」

「え?」

 門下生達の噂話など歯牙にも掛けず、清十郎は青空を眺め、そこに、ふたばの顔を思い浮かべていた。

「ああ、美しかったな。弱ったものだ。今まで、何人もの女の子と遊んで来たが、よりによって、本気で好きになった娘に限って、全く僕に興味を示さない。あの、僕にまぐれで勝った、結城双葉との関連性も気になるしな」

 まさか、二人はデキているのでは無いだろうか。清十郎の頭の片隅にある考え。彼は立ち上がると、木刀を握り締めた。

「こうしてはおれん。彼女を早くわが手に抱かねば。あの清純で無垢な花を、野蛮な、食う、寝る、ヤルしか頭に無い、浅学の馬鹿な男子どもに散らされてたまるか」

 清十郎は瞳に熱い炎を滾らせると、早速、近くで噂をしていた門下生達を相手に、荒稽古を始めた。

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