第7話 清十郎の恋

 清十郎は勘当された。一番驚いたのは門下生よりも、それを突き付けられた彼自身だった。兄もそれには賛成していた。まさか、この歳で、浮浪者となろうとは思わなかった。彼は学校へも行かず、拾ったダンボールを片手に、高架下の空き地で過ごしていた。


「へくしょん」

 近くでくしゃみが聞こえた。可愛らしい控えめなくしゃみだ。きっと、こんなくしゃみをする人間は、育ちが良くて、両親の愛を一身に受けていることだろう。清十郎は自嘲気味に笑うと、いつの間にか、目の前には、前に一度だけ見た、栗色の髪をした美少女が立っていた。


「あ・・・・」

 清十郎は激しく取り乱した。一番好きな人に、一番見られたくない姿をさらしたのだった。

「お前、清十郎か?」

 少女は愛らしい外見と声とは裏腹に、ぶっきらぼうな口調だった。そのギャップも彼女の魅力の一つなのだろうか。今の清十郎には分からない。しかし、まるで今の彼には聖母のような美少女の姿に、情けなくも、その場で泣き出してしまった。


「えぐ・・・・き、君は・・・・」

「おい。ちょっと、泣くなってば」

 少女は激しく取り乱していた。

「ごめん、ぐず・・・・うう」

「学校はどうしたんだよ。まさか、道場破りされたのが、そんなにショックだったか?」

「え、何故、それを?」

 少女は慌てて口をつぐんだ。しかし、時すでに遅し。清十郎は疑惑の目を少女に向けた。

「まさか、君は・・・・」

「い、いやあ。あはは」


 少女は乱暴に髪を掻き毟って、決まり悪そうにしていた。しかし、清十郎は彼女の想像とは、全く別次元の方向に怒りを向けていた。

「やはりな」

「え?」

「君は、確か、結城双葉のメッセンジャーだったね。そう、僕に果たし状を渡した少女だ。奴から何かを吹き込まれたな。くそ、嫌な奴だ。僕に勝ったことを、君に言いふらして、少し良い気になっていたらしい」

「べ、別にそうじゃないと思うぞ」

「いや、そうだね。すまないね。君の名を教えてくれ」

「え、俺か・・・・」


 咄嗟にアドリブを迫られて、少女は慌てていた。元はと言えば、自分のせいである。あれから清十郎が学校に来ていないこと、また、勘当されたことは、こっそりと、後ろで戦いを盗み見ていた、銀二と明日香から聞いた。


「ふたば・・・・」

「え?」

「だから、俺、いや私はふたばだ。悪い?」

「ふたばって、奴と同じ名前?」

「ああ、ええと、そう。たまたまだよ。結城ふたば。あっちは漢字で双葉だけど、私はひらがなのふたばなんだ。似てるけど違う」

 普通はこんな嘘には騙されない。しかし、清十郎という、どこか異次元を感じさせる男にはそんな常識は存在しないらしい。彼は即座に信じた。


「ふたばさん。ああ、なんて素敵な名前なんだ」

「そりゃどうも」

 ふたばはうんざりしたように、小汚い格好の清十郎を見ていた。そして、溜息交じりに言った。

「お前、家来るか?」

「え・・・・?」

 自責の念が無いでも無い。ふたばは清十郎を引っ張って、自分の家である、丞の家へ連れて帰ってしまった。

 

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