第6話 道場破り
吉田道場。100年の歴史を持つと言われる、由緒正しき、この聖地に、今宵、一人の少年が道場破りに訪れた。
「ちーす」
歩くたびにミシミシと音を立てる、板で造られた床を踏みしめながら、何処か、黴臭い、道場の中へと入って行く。そこには、不敵な笑みを浮かべ、彼を待ち構えている、吉田清十郎と、その門下生らしき、十数名の若者達がいた。彼らは一様にして、侵入者である双葉を睨み付けている。
「よく来たと言っておこうか。この吉田清十郎と決闘なんて、笑わせるじゃないか」
「決闘じゃないよ。これは道場破り。俺が勝ったら、ここの看板をもらう」
「へえ、良いね。だけど、君の勝ち目は無いよ。それ、お前ら囲め」
清十郎が指を鳴らすと、さっきまで、野獣のように鋭い眼光を光らせていただけの、門下生達が、木刀を片手に、双葉を綺麗にぐるりと、円の形に囲んだ。
「何のつもり?」
「僕が相手になるまでも無い。ここにいる奴らで十分だ」
「ふうん、逃げるんだ。俺と直接戦うのが怖いから」
「そう取ったって構わないぜ。僕は吉田流の代表の一人だからな。絶対に負けるわけには行かないんだ。万が一のリスクを背負わないのは、大人の常識だろ。お前は負けても、失うものは無いけど、僕にはあるんだよ」
清十郎がもう一度合図すると、門下生達が、「おおう」と吠えながら、木刀を握り締め、双葉に一斉に襲い掛かって行った。
「ち、マジかよ」
双葉は面倒臭そうに髪の毛を掻くと、自身も木刀を構えて、門下生達の一斉攻撃を迎え撃った。
「はあああああ」
双葉は木刀に撓らせて、門下生達の顔を横殴りに吹き飛ばした。まるでゴミの山を作るかのように、次々と門下生達が沈んで行き、積み重なって行く。
「遅すぎ。ちょっとがっかり」
双葉は戦闘に参加していなかった、一際背の低い、坊主頭の少年の方をチラッと見ると、一言。
「ねえ、そこに転がってる汚いの、全部片付けといてよ。邪魔だからさ」
完全に悪党のセリフである。清十郎は双葉の姿を見て、小さく口笛を吹くと、ようやく、やる気を出したのか、のしのしと、床を踏み荒らしながら、双葉の方ににじり寄った。
「少し、汗をかいているな。だが関係無いね。さあ、始めよう」
「ふん、最初からもったいぶらずにしてなよ」
二人の間に静かな風が吹き抜けて行った。それはまるで、荒野の西部劇のようだった。そして、ピストルの代わりに、互いに木刀を抜き合うと、まるで居合のように、すぐさま、互いの体目掛けて、木刀を叩き付けた。
「せや」
「おおおう」
咆哮とも呼べる声を発しながら、互いに木刀と木刀とを打ち合わせて行く。あまりの迫力に、見ていた坊主頭の少年は戦慄した。
「あ、あの清十郎様が、あんなに真剣に・・・・」
普段、軟派そうな顔ばかり浮かべていた清十郎の、始めて見る、真剣勝負の顔付きに、少年は呆然としていた。このふざけた男にも、こういう精悍な動きができるのだと、見直すとともに、改めて、吉田流の強さを知ったのだ。しかし、その清十郎に、その表情をさせた、小さな美少年も中々のものだった。
「やるじゃん」
「そっちもね」
清十郎は少し距離を置くと、双葉を向き合い、両足を僅かに開き、そこに力を込めた。
「吉田流の奥義を見せてやる」
「あ、あれが来る」
坊主頭の少年は戦慄した。あの構えを知っているからだ。
「吉田流奥義・大蛇」
「うう・・・・?」
清十郎は軽く跳躍すると、身体を捻って半回転した。そして、そのまま弧を描くように、横殴りに、双葉のこめかみ辺りに、必殺の一撃を撃ち込んだ。
無論、双葉も凡人では無い。咄嗟にそれを木刀で防いだが、腕力には敵わず、身体ごと、後方に吹き飛ばされた。そして、板の壁に背中を打ちつけると、木刀を杖にして立ち上がった。
「ふう・・・・」
僅かに、木刀を握っていた手がピリピリと痺れている。これをモロに受けていたら・・・・。双葉は額に珍しく汗の粒を浮かび上がらせていた。
「どうした。驚いたかい?」
「少しね。でもさ、もう見切ったよ。それ」
「世迷言を」
清十郎は、人のことを挑発するが、自分が同じことをされるのは我慢ならない。自ら床を蹴って、双葉の方に駆け寄ると、再び、先程の奥義を放った。
「大蛇」
「くうううう」
さっきは片手だから弾かれた。しかし、今度は両手で木刀を握っているから、先程のように吹き飛ばされることは無かった。そして、会心の笑みを浮かべながら、清十郎との距離をさらに縮めた。
「結城流・大蛇」
双葉はウインクすると、軽く跳躍し、清十郎と全く同じ、身体を半回転させながら、清十郎目掛けて、木刀による一撃を浴びせた。
「がは・・・・」
清十郎はこめかみにそれを受けると、そのまま錐揉み状に吹き飛んで、壁に激突。そのまま床に崩れ落ちた。
「はあ・・・・はあ・・・・何て奴だ。ぼ、僕の大蛇を、見ただけで真似した?」
「難しいねこれ。下手すると、腰を痛めちゃうよ」
双葉は何度か、一人で木刀をブンブンと振っていた。どうやら感覚を掴んだらしい。
「威力は僕ほどでは無いな。それが不幸中の幸いだった。君の大蛇が、形だけの模型で無かったならば、僕は、この痛みぐらいでは済まなかった」
「そろそろ帰りたいんだ。貴重な休みだしね。悪いけど、本気出すよ」
双葉の顔付きが変わった。瞬間、清十郎は深く後悔した。最初から、こんな奴に関わらなければ良かったと、心底思った。つまり、清十郎の身体は、双葉の一撃によって宙を舞い、今度こそ、完膚無きまでに成敗されたのだった。
その日の夜。双葉は妙な板を部屋の前の廊下に立て掛けていた。
「おい、双葉。こんなでけえ板、どうしたんだ。テメー、ホームレスでもあるまいし、外のもん、拾って来るな」
双葉の保護者である丞は、溜息交じりに息子の悪癖を詰った。無論、それはただの板では無い。その板には、達筆な墨の文字で「吉田流古武術道場」と書かれていた。
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