第5話 ふたばパニック
ふたばは家に着くなり風呂場に向かった。今日はあの二人に正体を明かしてしまった。父親である丞以外に、自分の体質を晒したのは初めてである。
「ふ・・・・」
男に戻るのも面倒だし、いつまでも避けてはいられない。彼、もとい彼女はシャツを脱ぎ捨てて、白い桃のような女体を外界に晒した。
「うう・・・・」
清純な男子には刺激が強すぎる。いくら自分の肉体とはいえ、凝視するのは背徳感がある。ふたばは鏡の前に立つと、改めて自分の身体を、全身隈なく確認した。
「本当に、これが俺・・・・」
もうこの体質とも3か月の付き合いになるが、未だに慣れない。まるで、宙に浮いたような、夢でも見ているかのような感覚だ。
「・・・・あん」
試しに、自分の眼下にある二つの乳房を、両手でムギュッと握ってみた。瞬間、全身に電気の流れるような感覚が走る。
「くそ・・・・」
敏感な肉体を恨めしく思う。動くたびに、胸が僅かに揺れ、自分は今、女であるのだと、無理矢理に自覚させられた。そして、脱衣所を抜け、一軒家の風呂にしては大きめな、湯船につかる。
ちゃぷんと、毛先がお湯に浸かっていた。それが不快で、ふたばは髪の毛を掴んで持ち上げた。なるほど、何故女性が、風呂に入る際、髪の毛を結ぶのか、理解できた。この不快感を拭い去るためだったのだ。そして、衛生的にも、風呂に髪の毛を付けておくのは良くない。次からは、髪を結んで入る方が良いだろう。ふたばは学んでいた。
ふたばは丸椅子に腰掛け、シャワーを出した。もうボロいのか、このシャワーは油断していると、すぐに冷たくなったり、熱くなったりと、温度が定まりずらい。だから、常に手で温度を確認する必要があった。
「おい、ふたば」
ガラガラっと、乱暴に脱衣所からの扉が開かれて、丞が顔だけを風呂場に覗かせた。
「ちょ、親父」
「ふたば、お、お前」
丞はゴクッと唾を呑んだ。そう、そこには、珠の肌がお湯の粒を弾いて、キラキラと輝いていた。毛先からポタポタと垂れている水分も、何とも艶めかしく、ふたばの熟れ始めた肉体に、丞は呆気にとられていた。
「ふたば・・・・」
「な、入って来るなよクソ親父」
「ふたばよ・・・・ベッド行こうか」
「行くかバカ」
風呂桶を思いっきり、丞の顔面に投げつけた。すると、彼はそのまま顔を手で押さえながら、退散して行った。
「はあ・・・・はあ・・・・あの野郎、俺が男だってこと忘れたのか」
ふたばは髪を洗い終えると、はっと、丞のことを思いだして、顔を赤らめた。
「待てよ。何で、さっき、親父が入って来た時、俺、胸を両手で隠したんだ。お、俺は男のはずだ。男が胸を隠すなんて・・・・」
自分の中の、男としてのアイデンティティーが歪みつつある。思春期の大事な時期に、これは一大事だと、ふたばは一人で頭を抱え、悶絶していた。
「ティッシュはここに置いてと。しかし、ふたばは初めてだからな。しっかりと、俺がリードしてやらないとな」
丞はベッドの上にティッシュの箱を置いて、ラジカセで適当な音楽を流した。
「何考えてんだ、クソ親父」
双葉は髪の毛をタオルで拭きながら、下半身にバスタオルを巻いた状態で、寝室に入って来た。すでに、彼は男の姿に戻っている。あのまま女のままでいると、いつか、この変態親父に襲われる恐怖があったのだ。
「良いじゃないか。親子のスキンシップだろ」
「スキンシップの域越えてんだろ」
双葉は舌打ちすると、冷蔵庫からコーラの缶を出して、その場でゴクゴクと飲み始めた。
丞はそれを笑いながら眺めていたが、彼が飲み終えると、急に鋭い眼つきになった。
「ところでよ。お前、喧嘩するんだって?」
「あれ、俺、そんなこと言ったっけ?」
「外のガキどもの噂話聞いたんだよ。生意気な新入生が、吉田流の二男、吉田清十郎にケンカ売ったってな」
「ああ、そうだよ。それが?」
双葉は至極興味無さそうに、椅子に腰掛けた。
「親父、飯」
「たくよ、俺の話を聞けっての。お前、吉田道場に乗り込め」
「そのつもりだけど」
「くくく、流石俺の息子だぜ。吉田流なんぞに負けるなよ。テメーの敵は俺だろ?」
「ああ、いつかぶっ殺してやるよ」
「楽しみにしてるぜ。さっさと俺を追い抜いてもらわないとな。困るんだ色々と」
吉田清十郎は、家に着くなり、長男の吉田浩一に呼び止められた。
「おい、清十郎。こんな時間まで、どこをほっつき歩いていた」
浩一は、顔にいくつもの生傷があり、まるで極道のような風貌をしていた。とても、今日日の高校生には見えない。対して、清十郎はニヤニヤと笑っていた。あくまでも余裕の表情を浮かべていた。彼は美少年だったが、双葉とは違って、鋭利な刃物のような、不敵さを持っていた。ただの可愛いだけの少年では無い。
「あまり、吉田流の名を汚すな。近所の眼もある」
「くくく、これ以上、吉田流の名は汚れませんよ。俺が限界まで汚しといたんで」
「また、下らぬ騒動など起こしてはいないだろうな」
「悪いけど、そいつは手遅れです。明日、ちょいと、生意気な新入生を一人、しごいてやります」
「馬鹿が。貴様は吉田流の二男だぞ。対等に喧嘩などするな」
「いえ、兄さん。確か、結城双葉って言ったかな。結構強そうですよ」
清十郎は鞄を放り投げると、それを門下生の若い、坊主の少年が運んで行った。
「結城か。確か、陰陽師の名門で同じ苗字があったがな」
「剣術とは無関係じゃないですか。悪いけど、相手になりませんね」
「油断するな。こうなってしまっては止めても無駄だろう。吉田流の名に賭けて、卑怯な真似と敗北は許さん」
「はあ、負けるわけないでしょ。勘弁して下さい」
こうして、両者の思惑はともかく、双葉の初登校一日目は波瀾の終わりを見せた。そして、次の日の土曜日。小さな少年が、木刀を持って、吉田流道場に殴り込んだ。そこには、他に、同じ学校の者と思わしき、男子と女子が二人付いていた。
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