第4話 決闘と片思い

 双葉と清十郎がまさに、これから戦いを始めようとする矢先、清十郎は何を思ったのか、木刀を腰に差し戻して、そのまま立ち去ろうとした。

「ふ、焦るなよ後輩。僕と戦いたくば、道場に来い。こんな場所で、吉田流一刀術を振るえるか」

「へえ、逃げるんだ」

「挑発は無駄だ。それに、他に観客がいるようじゃ、こちらも本気は出せないよ」

 清十郎は、木陰に身を潜めている、二人の招かざる見物客を顎で指した。

「そうだ、交換条件と言ってはあれだが、こいつを受け取れ」

 清十郎は、一体どこにそんな物を隠していたのか、懐から、赤いリボンで結ばれた、悪趣味なテディーベアーを、双葉に向かって投げた。


「うおっと、何だ。これ・・・・」

「貴様に話すのも考えものだがな。そいつを、今日、廊下で会った美少女に渡して置け。今日はこんな物しか用意できなくてな。近々、指輪の一つでも送ってやる予定だ」

「おい、何の話だ?」

「惚けるなよ。あの少女との約束を利用して、この僕を呼び出すなんて、セコイ真似しておいて、知らないなんて言うなよ。あの栗毛の美しき少女。あの時は取り巻きの屑どもと一緒だったせいで、よく顔を見れなかったが、僕が今までに触れ合った全ての女性を、圧倒的に上回る美しさ。そうだ。アレは、僕のモノにしなければならない」

 清十郎は、双葉との決闘など、眼中に無いらしい。それよりも、日中に突然声を掛けられた、栗毛の美少女、ふたばのことで頭が一杯になっていた。無論、それが自分だなんて、流石の双葉も言えなかった。つまり、彼のテディーベアーを持ったまま、しばらく立ち尽くす羽目になった。


「ねえ」

 双葉は、すでに見つかっているというのに、木陰に隠れたままの二人を横目で睨み付けた。

「あ、へへ、悪い悪い」

 悪いと言いながらも、全く悪びれる様子の無い銀二は、双葉の持っている手ディーベアを見て、ニタニタと笑っていた。

「清十郎の野郎。チャらい奴かと思ったが、以外にも純情だな。しかし、俺としてはそいつを渡されるのは困るな。俺だって狙ってんだぜ。あの娘。少し気の強いところが良いんだよ」

 銀二は言いながら、隣で困惑している明日香の方を向いた。

「どうした、明日香?」

「じ、実は・・・・」

「もう良いよ」

 明日香が何かを告げる前に、双葉がそれを遮った。そして、銀二と明日香のことを交互に見比べると、何かを決心したように、息を大きく吸った。


「なるべく、卒なく暮らしたかったんだけどね。もう面倒臭いな。明日香だっけ。その娘にはもうバレてるし、あんたみたいな奴らにストーキングされるのもウザったい」

 双葉は銀二の方を睨みながら言うと、急に三人の間を冷たい風が吹き抜けた。

「もう4月と言っても、少し夕方は冷えるな。は、は、ハクション」

 双葉は大きくくしゃみをした。瞬間、彼の身体はもう、銀二の見ていたものとは異なっていた。艶のある短い黒髪は、ふんわりと柔らかそうな、長い栗色の毛に変わり、ただでさえ、低い身長がさらに一回り低くなった。そのせいで、着ている制服も少しダボついて、何とも不格好である。袖も通っていない。丸みを帯びた肉体は、尻と胸に肉が集約されており、思春期の女子の体付きそのものになっていた。


「な、何が起きた・・・・」

 銀二は何度も眼を擦った。朝日がゆっくりと昇るような、緩やかな変化では無い。それは正しく変身、変貌だった。彼は一瞬にして彼女になると、ツンとした、クールな視線を、二人に向けていた。

「くそ、面倒な呪いだ」

 外見こそ変わったが、中身はさっきまでの双葉と寸分の違いも無い。しかし、やはり性別が変わると、小生意気な態度も、逆に魅力的に見えるから不思議だ。銀二はその少女が、朝、自分が一目惚れした女子生徒と、全く同じ容姿をしていることに驚いた。そう、かの少女こそ、今日転校して来た。結城ふたばなのだから。


「う、おい、見たかよ。まるでラノベとか漫画みたいだぜ。い、今、こいつ変わったよな。ええ、特撮ヒーローみたいな変身シーンも無しによ」

 銀二は上擦った声で、必死に明日香に同調を求めた。しかし、明日香はもう彼の隣にはおらず、ふたばの元に駆け寄っていた。


「ねえ、大丈夫。もしかして、女装してるの。それともコスプレイヤーさん?」

「はっ、あんたバカじゃない。このコンマ1秒にも満たない時間で、どうやったら女装できるの。というか、服は変わって無いでしょ。ああ面倒だ。教えてあげるよ。俺は、結城双葉は今年の1月、立花丞という、クソ親父の、悪趣味な魔術の実験台にされ、くしゃみをすると性別が入れ替わる体質になったんだ。悪いか。この世の中には、色んな奇病とか体質があるんだぞ。俺の体質だって・・・・」

「いや、十分おかしいだろ」

 銀二は眼を細めて冷静に突っ込みを入れると、急に腹を抱えて笑い始めた。

「ひひひ、にしてもよ。笑っちまうぜ。テメーのことはさておき、あの清十郎先輩ともあろう方が、男に、くくく、惚れちまうとはな。面白いから黙ってようぜ。そうだ、お前、アイツと付き合えよ。それで良い頃合いに、わざとくしゃみをして、俺は男でしたってな感じで、正体お披露目と行こうぜ」


 銀二は至極単純な男である。もう、双葉の性転換体質を受け入れたのか、今はそれを使って、どう清十郎に悪戯してやろうか、そんなことばかり考えていたのだった。


「そ、そうだ。頼みがあるんだ。もう俺達、友達だよな?」

「は?」

「テメーがどう思っていようが、俺達はもう友達だ。ならよ、友達の頼み、聞いてくれよ」

 銀二は鼻息を荒くして、ふたばににじり寄った。明日香は早くも嫌な予感がしていた。

「女になった気分ってどうだ。お前、こっそり、夜とか、自分の胸揉んでんだろ。分かるぜ。おっぱいは男にとっちゃ、永遠の夢だからな。風呂とかも、わざと女のまま入ってんだろ。ああ、羨ましいぜ。俺も一度で良いから、女になって見てーよ」

 銀二は、双葉のコンプレックスを寧ろ、羨ましがっているようだった。

「悪いけど、女になんて、好き好んでなろうとは思わない。肩も凝るしね。慣れない肉体より、10年以上の付き合いになる、男の肉体が一番だよ」

「じゃあさ、俺に、俺に少し触らせてくれよ。なあ、頼むよ。女子にやったら犯罪だが、お前、男だろ?」

「別に構わないけど」

「そ、そうか、なら・・・・」


 銀二の両手がイヤらしく蠢いている。それが、ふたばの制服の僅かな盛り上がりに触れようとした刹那、突然、彼の顔面に、学校指定のバックがぶつけられた。

「あぐ・・・・」

 銀二は盛大に倒れると、明日香が鬼の形相で彼を睨んでいた。

「もう、最低。ふたばちゃんもダメだよ。女の子の身体はね、本当に好きな人にしか触らせちゃいけないの」

「へえ・・・・」

「痛、明日香、マジで痛いって。なら、せめて、髪の毛の匂いだけでも」

「この、バカぁ」

 明日香のバックが再び、銀二の顔面をとらえるのに、そう、大した時間は掛からなかった。

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