第3話 双葉とふたば
「待たせたな」
校門に戻ってみると、もうそこには、清十郎も取り巻きの姿も無くなっていた。どうやら、待ちくたびれて、さっさと校舎の中に入って行ってしまったらしい。
「あ・・・・、せっかくのチャンスが」
「ね、ねえ、あのさ」
「ん、何?」
双葉は不機嫌そうに明日香を見た。
「もうチャイム鳴っちゃうから、私行くね」
明日香はなるべく平静を保って、そう言ったが、やはり、先程の光景が脳裏に焼き付いて、何とも落ち着かなかった。しかし、そのことを話題にしたら、またも、木刀で襲われるかも知れない。彼女はなるべく忘れるように努めながら、その場を立ち去った。
それから数十分後、明日香と銀二のいる2年3組では、このクラスに転校生が来るというニュースで、話題は持ち切りになっていた。
「転校生って、やっぱしあの娘かな?」
銀二は言いながらニヤニヤしていた。
「けけ、どうせ転校生なら野郎よりも女の子だよな。しかも、滅茶苦茶可愛かったし」
「うん、そうだね」
明日香は複雑そうに笑っていた。すると、担任である白髪交じりの男性教師に続いて、ピカピカの女子制服に身を包んだ、一人の女子生徒が教室に入って来た。
「ええ、皆静かに」
「ひゅー」
一人の男子生徒が、わざとらしく口笛を吹いた。女子生徒は教室内を睨み付けたまま、気の強そうな表情を浮かべ、ツンとしていた。そう、先程合った少女である。
「やっぱり」
明日香は、昨日出会った少年と、彼女とを、頭の中で想像し、見比べていた。
やはり、別人では無い。髪の色、ヘアースタイルは違うし、無論、体付きだって全然違うけれど、そこから感じる雰囲気は同じであり、やはり、今目の前にいる少女と、昨日の少年は同一人物なのだと、勝手に納得していた。
「さあ、自己紹介」
「はい」
双葉は自分の名前を黒板にチョークで書いた。名前は、結城ふたば。何故か双葉をひらがなにしていた。
「結城ふたばって言います。よろしく」
それだけ告げると、ふたばは勝手に空いている席に座った。しかも、それは明日香のすぐ後ろの席で、銀二の隣の席だった。明日香は、自分が監視されているようで、落ち着かなかったが、隣の銀二は、男独特のニヤニヤと嫌らしい笑みを浮かべながら、ふたばの、近所でも稀な、美しい横顔を盗み見ていた。
「あのさ、俺、檜山銀二ってんだ。よろしくな」
「よろしく」
ふたばは銀二の方は向かずに、じっと明日香のうなじを見ていた。
「しっかし、可愛いな」
銀二は心の中で清十郎のことを考えた。これだけ可愛いのだ。あの男が放って置くはずは無い。きっと、この清純そうに見える彼女も、あの男に弄ばれ、喰われるのだろう。そう考えると、銀二は嫉妬の炎にメラメラと燃えた。
「ちょっと、外の空気でも吸ってこよ」
ふたばは立ち上がると、そのまま教室を出た。まだ、彼女に積極的に話し掛けて来る生徒はいない。唯一、その後ろを銀二が追い掛けていた。
「なあ、あんた、おい」
「んん、何?」
ふたばは眠たそうな顔で、銀二を始めて見た。
「あ、あのよお、一つ忠告するが、さっきの、そうだ、清十郎先輩には関わらない方が良い」
銀二の口から出た言葉に、ふたばは眼を見開いた。
「ひょっとして、あんた、あの人の知り合い?」
「まあな、てか、この学校で、アイツを知らない奴はいないぜ」
「へえ、ますます興味が出て来たよ。今から、会いに行こうかな」
ふたばはクスッと、小さく微笑むと、銀二は何か、危険なものを感じたのか、彼女の右腕を掴んで、自分の方に少しだけ引き寄せた。
「ちょ、何だよ」
「清十郎先輩には関わるな」
「ちょっと、あんたに言われる筋合い無いし。ひょっとして、私のことが好きなの?」
「そ、そうかも知れない」
「ばーか」
双葉は銀二の脛を蹴飛ばすと、その隙に彼の元から離れた。そして、3年の教室へと繋がる、上り階段に足を乗せたまま、もう一度、銀二の顔を見た。
「私、いや、俺に関わるな。あんた、不幸になるよ?」
「ちが、痛てて。清十郎先輩は、女癖が悪いんだ。あんたもきっと捨てられる」
「知るか、俺はそんなことを言ってんじゃない。これから、そう、喧嘩しに行くのさ。それよりさ、あんた、さっきから俺のことジロジロ見てたろ。俺も、綺麗な女の子いたら、結構見ちゃうけどさ。始めて女の気持ち分かったよ。見られるのって不快だな」
ふたばはそのまま階段を掛け上がると、ふと、窓ガラスに映る、自分の姿を見た。
「・・・・」
確かに可愛いと思う。自分も男だったら、惚れているかも知れない。以前に一度だけ、女性の姿のまま風呂に入ったことがあるが、とても直視出来ず、結局、わざとくしゃみをして、早々に男に戻ったことがあった。そう考えると、自分も銀二のことを笑えないぐらいに初心な性格だと思い、ふたばは自嘲的に笑った。そして、廊下で、タチの悪そうな男達と立ち話している、清十郎の制服を引っ張った。
「ん、君は・・・・」
「清十郎先輩。放課後、お暇ですか?」
精一杯の猫撫で媚びボイスで、双葉は清十郎を上目遣いに見つめた。男ゆえに、男の好む女の態度は熟知していたつもりだ。事実、清十郎は一発当てられたらしく、周りの取り巻きを遠ざけると、幾多の女性を魅了して来たであろう、満面の笑みを浮かべて答えた。
「ああ、もちろん」
ふたばは予め用意していた手紙を、彼のポケットにそっと入れると、そのまま走り去って行った。
ふたばがいなくなった後、清十郎を囲んで、彼の取り巻き達はニヤニヤと笑いながら、下品な話に花を咲かせていた。
「清十郎さん。またヤッちまうんですかい?」
「ふふ、君、僕は狼じゃないんだよ。真面目な恋愛だってするさ」
「にしても、あれ、転校生でしょ。随分と積極的ですねえ」
「あれなら、清十郎さんも罪悪感無く遊べるってわけだ」
取り巻き達の言葉を適当に聞き流しながら、清十郎は笑っていた。
「しっかし、あの娘、意外に良い乳してんじゃん。制服越しだけど、俺には分かるぜ」
「清十郎さん、俺達にもおすそ分け、お願いしますぜ」
「ふん、さっきから君達は何を言っているんだい。僕は真面目だよ。彼女とは真面目に付き合いたい。あんな上玉は中々いないんだ。悪いが、この吉田清十郎、女遊びはもう止めだ」
清十郎はそれだけ言い残すと、取り巻き達を置いて、とっとと、教室に戻ってしまった。取り巻き達は、しばらく呆気にとられていたが、それも初めてのことでは無いらしく、もう仲間内で、今回の彼の純愛が、どれほど持つのか、賭けが始まっていた。
その日の夕方、つまり、全ての授業が終了し、運動部も練習を終え、帰路につこうとしていた時間帯のことだった。清十郎は手紙に書かれていた約束通り、グラウンドで、日が沈むのを眺めながら、ふたばの到着を待っていた。
「うん?」
やがて、遠くから、ユラユラと人影が近付いて来るのが見えた。確かに線は細く華奢であったが、その人影は男子用制服を着ており、また、先程知り合った彼女と、雰囲気こそ似ているものの、明らかに別人だった。
「誰だ?」
清十郎は用意していた花束を地面に投げ捨てると、走って、彼方からやって来る人影に接近した。
「悪いね。あの女は来ないよ」
見掛けない男子生徒が、清十郎の前にいた。彼は挑発的な表情を浮かべていた。自分に対して、こんなにも好戦的で生意気な態度で接して来る人間を、清十郎は知らない。この学校では、生徒はおろか、教師すらも自分には、腫物を触るかのように接して来ている。
「貴様、あの女子生徒はどうした?」
「ふふ、だから、あの女は来ないよ」
よく見ると、その男子生徒は手に木刀を持っていた。面白い、武道にて自分と戦うことを所望しているのだ。清十郎はニヤリと口角を上げて笑うと、自分も木刀を腰から抜いて見せた。
「貴様、あの女生徒とはどんな関係だ。答えによっては叩き斬るぞ」
「へえ、随分と鼻息荒いね。じゃあさ、俺を倒せたら、話してやるよ」
巌流島の武蔵と小次郎のごとく対峙している二人を、興味本位で眺めている二人の人影があった。
「おい、始まるぜ」
「もう、面白い物見せてやるからって、付いて来たら、喧嘩じゃない。早く止めなくちゃ」
明日香と銀二は、大木の後ろに隠れて、二人の殺伐として様相を眺めていた。銀二は楽しそうにしていたが、明日香は血を見る前に止めたくてたまらなかった。
「しっかし、あの清十郎先輩にケンカ売るなんざ、すげえ野郎だな。バッチが青色だから、俺らと同じ二年生か。あんな奴いたっけな」
不思議そうにしている銀二に、明日香は敢えて、自分の知っている、彼の秘密を口にしなかった。そう、あの少年こそ、今日転校して来た、彼が惚れている、結城ふたば自身なのだと、彼には話せなかった。
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