第2話 ここが久遠町
「うう、危なかった」
双葉は坂を上がると、そのまま近くの雑木林に身を潜めていた。全く、今日、この町に来た理由は一つしか無い。あの、立花丞という、ふざけた男に、この体質を治してもらうのだ。さっきは、アレが出そうになったせいで、せっかく道案内してもらった少女を、冷たく突き放してしまった。元より、そんなことを気にする彼では無いが、流石に、心の中で少しマズイ事をしたという自覚はあるらしい。
「うう、また、くそ、は、は、ハクション」
雑木林の葉っぱにくすぐられて、双葉は盛大にくしゃみをした。
「クソ、忌々しい」
少年は少女になっていた。短かった黒髪は、長い栗色のボブヘヤーになり、フワフワと、明らかに男性のものとは異なる、柔らかな髪質に変化していた。さらに、体付きも、所謂なで肩で、丸みを帯びた、女性ならではの姿になっていた。胸と尻が膨らみ、元々色白だった肌は、さらに薄い色になり、ただでさえ、華奢な肉体を、さらに可憐なものに仕上げていた。経てば芍薬、座れば牡丹。歩く姿は百合の花なる表現が、古来より存在しているが、少女化した少年の容姿は、まさにその表現がぴったりと当てはまり、世の女性を別の意味で泣かせるであろう、美しさと愛らしさを兼ね備えていた。
「最悪だ。よりによって、ここで変身するなんて」
双葉の声は、先程よりも高くなっていた。少女らしい快活な声色に、思わず眉を潜めた。
「ちっ、アイツを喜ばせるだけだっての」
双葉は意を決して、坂の一番上にある、古びた一軒家の玄関を叩いた。今時、インターホンすら無い、この家に、誰が好き好んで来るものか、しかし双葉にはどうしても、この家に来なければならない理由があった。
「来たか、ええ、双葉」
「ふん」
「女になった姿は、母さんそっくりだな。くくく、良い女になったじゃねえの」
立花丞は笑いながら、双葉の尻に触れようと手を伸ばした。双葉はその腕を掴んで捻じ曲げると、そのまま丞を壁に叩き付けた。
「ちっ、いきなり随分な挨拶だな」
「よくも、俺をこんな体にしやがったな」
「戻して欲しいってか。悪いな。お前をその体質に変えるのに使った霊具は、もう無いんだ。使ったら壊れちまった。まあ、あれだ。新しい霊具が手に入ったら、教えてやるよ。今日はまあ、風呂でも入って休みな。くくく、母さんから聞いてるからよ。しばらくはここで暮らすんだろ?」
次の日。明日香は、クラスメイトの男子、檜山銀二と一緒に、学校へ向かっていた。
「よう、明日香」
「あ、銀二君。おはよ」
銀二は明日香が唯一話せる男子である。彼は銀色の髪に、切れ長の目をした、一見喧嘩速そうな外見をしているが、実際は、学校での不良と言う烙印とは裏腹に、心優しい、好漢である。そんな彼に、明日香も心を開いていた。
「ふふ、やあ明日香ちゃん」
明日香の肩に馴れ馴れしく触れる手があった。振り返ると、そこに立っていたのは、今年で3年生になる、吉田清十郎がいた。吉田清十郎は、町内でも有名な、100年以上続いている剣術道場、吉田流の第43代目当主、吉田源蔵の二男である。家督は長男である。吉田浩一が継ぐことになっているものの、実力だけならば清十郎も、十分、家督を継ぐ権利はある。彼は放埓な性格で、この年齢にして女遊びが酷く、誉れ高い吉田流の名を汚すことに一役買っていた。
「先輩、あんま、人の友達に気安く触んないで下さいよ」
銀二が蛇のような眼で、清十郎を睨み付けている。元より、清十郎もそんな脅しで引くような男では無い。彼は、自分の取り巻きである、屈強な男達を背後に引かせさせており、暴力で持って、学校を支配しようとしている。誰も彼に文句は言えない。教師でさえも。
「ちょっとさ、邪魔なんだけど」
一触即発の二人の間に、何者かが割って入った。見ると、華奢な身体に、栗色の髪の毛をした少女がいた。少女は女子用制服を着ており、サイズが合っていないのか、それとも慣れていないのか、制服を着こなせずにいた。ネクタイを握り締め、何だか苦しそうである。
「あの野郎、俺を女子として入学させやがって」
そこにいたのは紛れも無い双葉であるが、丞がふざけて、彼を女子生徒として学校に申請していたため、嫌々、女子用制服を着て、女子生徒として登校して来たのである。そんな不機嫌な朝から、これまた、気分を悪くさせるような、胸糞悪い光景を見たのだから、彼の性格からして、首を突っ込むのは至極当然のことだった。
「ほう、見掛けない顔だね。この学校に、明日香ちゃん以外で、僕がときめいた女性は、君だけだよ」
清十郎は言いながら、双葉の手を握って、その甲に唇を付けようとした。
「ちっ、気持ち悪いんだよ。それよりさ。あんた、随分と面白そうなの持ってんじゃん」
双葉は、清十郎の腰に刺さっている木刀を見ながらそう言った。
「あはは、別に僕は不良じゃないよ。こいつは護身用だな。これでも吉田流の跡取り息子だからね」
「へえ、強いんだ」
双葉は人を小馬鹿するかのように言うと、ふふっと不敵にほほ笑んだ。男の時は生意気で憎らしいこの表情も、女性の姿でされると、小悪魔的で、何とも妖艶に感じるのである。
「ああ、強いさ。だが、この剣は男を成敗するためにある。世の女性を泣かせる男をね。間違っても、君のような美しい女性に振るうことは無いさ」
「へえ、男だったら良いんだね。ちょっと待ってて」
双葉はその場から離れると、何故か体育館裏の方に走って行った。呆気にとられている一同をよそに、明日香もその後を追い掛けて行った。
「ふう、クソ、まずは着替えないとな」
双葉は体育館の裏にある、用具入れ倉庫の中に入ると、ポケットから猫じゃらしを取り出した。そして、それを鼻先に近付けた。
「うう、ひっ、は、は・・・・」
「あ、ここにいた」
「え、は、はくしょん」
双葉はそのままくしゃみをすると、髪の毛が栗色から黒色に変わり、体付きも男のものにチェンジした。
「へ?」
明日香は呆気にとられたまま、双葉の姿を見ている。さっきまで自分が見ていた、ショートボブの少女は、何故か昨日不良を成敗していた少年になっていた。しかも、少年は女子用の制服を着たままだ。しかし、それが女装癖のある変態に見えないのは、彼が元々中性的な容姿をしていたからに他ならない。
「嘘でしょ。い、今、変わった・・・・」
「ぐ、ぐぐ、見たな見やがったな」
双葉は無意識に木刀を振り上げると、証拠隠滅を図るために、明日香に襲い掛かった。
「ちょっと、待って、危ないってば」
「クソ、この姿を見られたからには、こうするしか」
「ま、待ってよ。あなたって、その変態さんなの?」
「うぐぐ」
双葉にとっては聞き捨てらない言葉を投げかけられ、彼のHPは0になる寸前だった。
「と、とにかう出て行け」
双葉に強引に追い出され、明日香は体育館倉庫の前に尻もちを付いた。双葉は素早く男子制服に着替えると、倉庫から出て、真っ先に清十郎の元へと向かっていった。
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