第1話『魔法使いの剣』(5/5)
「さっ、ケリはついたぜ」
剣を軽く振り、切っ先を正面に向ける。
血に塗れた刀身から紅い珠が散ると、凍り付いた時が動き出したように若い賊が叫び声をあげた。
「ヒッ……!? ひぃぃぃぃぃっ!?」
「わああぁうあぁあぁぁうっ!?」
頬のこけた賊が腰を抜かして、手足をばたつかせる。 幼さを残した賊が眼に涙を浮かべて後ずさる。 髪を伸ばした賊が、五指をピンと伸ばして呆然とシュウを見る。 パニックに陥った少年たちは言葉にならない声を吐き出し続ける。
そして、ある賊がついに動いた。
惨劇の場から一刻も早く逃げだそうと、腰が回り、足が動く。
その瞬間を見逃さず、シュウは声を張り上げる。
「逃げんじゃねえッ!!」
一喝。 足先に杭を打ち込まれたように、賊の足が止まった。
これで仕上げだ。 完全なる勝利を得る。
「背中を見せた者は魔剣が追いかけて殺す。 死にたくねぇなら立ち止まりな!!」
背を向けかけていた男が、ゆっくり、ゆっくりと正面に向き直った。
骨の軋みが聞こえるようなカクついた動きで、その場にしゃがみ込む。
賊の誰もが自動的に男に倣ってしゃがみ込んだ。
腰を抜かしていた者さえも、居住まいを正す。
そうすることが生きる許しをもらう手段であるように。
「これ以上死体を増やす必要はない。 約束通り、俺の勝ちだ」
口を開けっぱなしにした賊が首をかくかくと振ると、また右に倣えで誰もがうなずきを繰り返した。
「俺が勝った以上、お前たちには俺の言うことを聞いてもらう」
賊の顔に涙が浮かんだ。 やはり死は避けられないのか。
そんな嘆きがありありと見える。
さて、これが安心させることになるか、はたまたより深い恐怖を刻むことになるか。 どちらでもいいことかもしれない。
シュウは落ちていた鞘を拾って剣をしまうと、破顔して言った。
「この男が死んだことによって、今日からは俺がお前たちのボスをやることになった。 これから先は、俺の為に働いてもらおう」
若者たちが、シュウを見る。 どう思っているのかシュウには分からない。 多分、奴ら自身さえ分かっていない。
そっと右手をかざした。
今、太陽はシュウの背にある。
「俺はあのハゲ親父とは違う。 お前たちはもう、何も考えず暴れ回るだけで生きてはいけなくなる。 慣れない仕事が辛い時があるかもしれんし、死にたくなるほど怖い仕事を任される時も来るだろう」
かざした右手を振り上げ、拳を固く握る。
そのまま握り拳を胸の前に下ろし、シュウは吠えた。
「だが! 折れずについてくればお前たちは必ず幸せになれる! 腹いっぱいにめしを食えるし、いい女を嫁に取れる! もう誰にもお前たちを馬鹿にすることは出来なくなるっ!! ……俺の子分になって良かったと、お前たちに思わせることを約束するぜ!!」
さあ、応えろ。
「……しら」
「なんだ! 聞こえねぇーなぁ!!」
「おかしらぁーッ!!」
「一生ついていきます、あんたがおかしらだぁーっ!!」
決着はついた。
若者たちが、シュウを仰いで吠え返す。
「俺はシュウだ! シュウ様と呼べいっ!」
シュウ様! おかしらぁ! 殺さないで、死にたくない!!
物覚えのいいやつ、悪いやつ、話が飲み込めていないやつ。
違った顔の男たちが、揃ってシュウを主と見定めた。
死すべき者を殺め、生かすべき者を心強い仲間に変える。
これこそが、思い描いた完全勝利だ。
シュウはしっぽを翻し、後ろを向いた。
たったそれだけのことで、歓声が背を押す。
視線の先に立つ二人の仲間に向かい、手を上げて笑いかけた。
クリクは生気の抜けた顔で佇んでいる。 さっきまでの賊と何ら変わりない呆然とした姿だ。 らしいといえば、実にらしい。
隣に立っているカイナは、腕を組んでシュウを睨んでいた。 その表情には何の驚きもない。 蜜柑色の前髪の奥で、真紅の眼が鋭く光っている。 上目遣いの眼差しは調子に乗るなと注意しているようで、どこかのんきな憤りに満ちていた。 魔剣を握ったシュウが勝つことなど、彼女にとっては至極当然だったのだろう。
カイナ。 長耳の鍛冶師。 青銅を終わらせた魔法使い。
この世に神々が実在するというのなら、その配剤を少しは認めてやってもいい。
(神よ。 俺はこいつと出会う為に今日まで負けまくってきたんだな。 そしてこいつは俺を知る為に、ここでずっと待っていた……)
偶然にして僥倖なるこの出会いを、決して無駄にはしない。
◆
――シュウ・ヴォクン・オミ。
千年の時を十年で駆け抜け、万人の夢を億の幸福で叶えることを願った男。
魔王の覇業は、この日より始まった。
(第1話『魔法使いの剣』了)
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