第22話 人間の終章
気が付くと俺は森の中で寝ていた。
なぜこんなところで寝ている? 俺は必死に記憶を巻き戻す。断片的ではあるが少しずつ少しずつ記憶は思い出されていく。
一番最初に思い出したのはあの夜の出来事。
そうか、と。納得できた。
体は軽く、頭の中はとてもすっきりとしていた。ここで何があったのか俺は知らない。
それでも俺はこの場所を知っているし、なぜ自分がここに来たのかもなんとなくわかった気がした。
覚えている。
覚えている。
そうか、あれはお前だったのか。
あんな姿になってまで俺に会いに来てくれたのか。
これは礼を言う程度では返せない恩ができたみたいだ。
食いたいものを食わせてあげよう。もっとおいしいものを食べさせてあげよう。俺にはそんなことぐらいしかできないけど、全力でそれをやってみせよう。
会いたい。
会って言いたい。
伝えたい。
伝えたいことがあるんだ。
聞いてくれるだろうか。
今度は長い時間傍にいれるだろう。
だから姿を見せてほしい。
今はどこに――。
ふと隣を見れば真っ白な狐が死んでいた。
…………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………なん、で?……………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………どうして………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………。
一体どれだけの時間が過ぎたのかはわからない。
とても、とても長いようで短い時間だった。
自分の目から脳へいく映像がきっとどこかで書き換えられているに違いないと必死で思うが、そんなわけはない。
これは――現実だ。
どうしようもなく、これは現実だ。
悪夢の方が何倍もマシだと思えるほどの現実だ。
現実でしかない現実だ。
別に何を考えてわけではない。
何も考えられなかった。
ゆっくりと手を伸ばす。
嘘だ。
これは嘘のはずだ。
怖い。
触れるのが怖い。
触れればわかってしまう。
わかりたくなどない。
それでも俺の手は迷うことなく真っ直ぐに伸びて行った。
触れ、引き寄せた。
俺はわけもわからずに無言で抱きしめた。
何度も。
何度も何度も頭を撫でた。
あの時のように、あの時のように何度も何度も狂ったかのように撫でた。
冷たかった。
ただただ冷たかった。
体温が伝わってこない。
あの温もりが感じられなかった。
真っ白な毛皮は赤く染まっていた。
その血が自分につく。
じわじわと血が俺に染み込んできているような気がした。
俺の中へと入ってきているような気がした。
気が付けば泣いていた。
溢れ出す湧水のように止まることなく無言で泣いた。
ただただ涙が溢れてきた。
自分の中に感じる。
嗚呼、一緒になったんだと感じることができる。
ただそれだけで十分なのかもしれない。
それから俺は戻らなかった。
帰らなかった。
少なくとも今までの生活はできないと感じたのだ。たしかに嘘を突き通せば今までの生活を送ろうと思えば送れるだろう。
しかしながら俺はそれを拒否した。
少なからず俺は人の道を外れた。
そのことに関して俺は後悔もなにもない。
感謝の言葉しかない。
自分を犠牲にしてまで俺を生かしてくれたのだ。
文句などあるはずがない。
今までの俺はたしかにここで死んだのだ。
死んだ。
俺は死んだ。
そして――生かされた。
心残りはおおいにある。
妻の顔がいつも脳裏をかすめる。
すまないとは思う。
それでも。
それでも俺は戻る気にはなれなかった。
当てなどない。これから先どうするかも何も考えてないし何も思い浮かばない。
それでも俺の足は前へと進んでいる。
どこに向かうのかはわからない。
それでも不思議と不安の欠片もない。
それは確信できているからだ。
俺の中に君はいる。
声が聞こえる。
俺の中で、声が聞こえる。
あなたの中に私はいる。
さぁ二人でどこに行こうか。
さぁ”みんな”でどこに行きましょうか。
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