*004 Rion
城下町は今朝も賑やかだった。
果物や野菜を売る中年の女性、アクセサリーヤ小物を売る若い男性。他にも骨董品や武具、珍しい物を扱う露店が所狭しと並んでいた。
私とライアはそれに目もくれずそそくさと歩く。
「今日は実演販売をするの?」
ライアは唐突に問いかけた。どうやら私が魔道書を持ち歩いていることを珍しく感じたらしい。
「そうね。インスタント魔術のチケット在庫が結構増えてきたから、今日で半分くらい捌けて欲しいと思っているのだけれど。羊皮紙も安くはないし」
肩に掛けた大きめの鞄に触れながら私はそう答えた。
インスタント魔術。主に羊皮紙などに魔力を込めて魔術の素質のない人間でも生活の助けとなる魔術を一時的に発動することが出来るようにする技術。内容は火を起こす、氷や水を生成する、傷を癒やす、解毒を行う等生活の要になるものが多い。これは魔術師ごとに専門や癖が違ったりするため、気に入られればリピーターの多い商売と言えるだろう。
私の専門は白魔術のインスタント化。その中でも傷を癒やす、解毒を行う、体調を整える、睡眠導入を行うなどを中心に取り扱っている。効果が軽めでリーズナブルな値段にするのもリピーターを増やすコツだったりする。ただし、やはり即効性のあるインスタント魔術は規制の意味も込めて作成にも購入にも税が発生するため少し値の張る商品と言えるだろう。だから私はこれ以外にも薬師として自家調合をした薬の販売も同時に行っている。値段はインスタント魔術の二割程度で抑えることができているため、売れ行きは割と好調だ。
「最近は<歯車式の絡繰(ギア・マシン)>が増えてインスタント魔術の需要が減ってるって聞いているけど、リオンは大丈夫なの?」
<歯車式の絡繰(ギア・マシン)>。最近普及し始めた、魔術を必要とせず作業の自動化、効率化を可能にした技術。業務用として作られていたものが安価で量産可能になり、今となっては通常の家庭にも様々な<歯車式の絡繰(ギア・マシン)>が備え付けられている。
「私が専門に扱っているのは即効性のある医療関連だから、直接的なダメージは無いかな。ただ、今まで火や風、製造関連、それから作業代行の使い魔召喚のインスタント魔術を専門に扱ってきた人達には大打撃だと思う。ほとんど<歯車式の絡繰(ギア・マシン)>で代用できるようになってしまったから」
なるほどー、とライアは頷いた。
「それで、ライアの方は問題ないのかしら?」
ライアは傭兵という不安定な職で食い繋いでいる。三日に一回ほど、狩りや護衛など人を殺める必要のない仕事を請負っているのだ。腕は確かなため、クライアントからは信用に足る仕事人として一目置かれているが、血の気の多い傭兵達からは人を殺せない屁垂れだと嫌われている。
それもあってか仕事を貰うために通っている傭兵雇用の仲介を担う酒場では、他の客から多少の迫害を受けてしまうそうだ。なんとも腹立たしい。
「こっちは大丈夫だよ、仕事もちゃんと貰えてるし。本当に当たりがキツいのは同業者くらいかな」
私の心配を察したらしく平気平気、と腰に手を当ててライアは言う。
「私だったら絶対怒りに任せて手を上げちゃうと思うのだけれど、ライアはどうしてなんとも思わないの?」
この問いは初めてする。きっと我慢しているだろうと思って今の今まで訊くのを躊躇っていたが、ようやく本人に確認が出来そうだ。
ライアはうーん、とほんの一瞬首を傾げて視線を僅かに泳がせてから、困ったような笑顔でこう答えた。
「だって、人を殺すのは、怖いよ?」
『あなたは私に答えを教えてくれなかった。あなたが口にすることは、いつだって答えの求め方だけだった。』
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